表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その鍵を預けて  作者: ターチャン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/16

番外編:あきら様視点

 最初に見た時から、たぶん気に入っていた。


 春の雨の日だった。


 不動産屋の後ろから、少し緊張した顔でアパートへ入ってきた男の子。


 細い肩。


 真面目そうな目。


 どこか頼りなくて、でも素直そうで。


 あきらは、玄関の奥からその姿を見ながら思った。


 ――かわいい。


 たぶん、自分の好みだった。


 顔も。


 雰囲気も。


 そして何より。


 “押せば引いてしまいそうな柔らかさ”があった。


 もちろん、その時点で何か具体的に考えていたわけではない。


 でも。


 もしこの子が自分のそばへ置けたら。


 ちゃんと自分を頼るようになったら。


 きっと可愛いだろうな、と。


 そんなことは考えていた。


    *


 朝人は、最初からわかりやすかった。


 視線。


 話し方。


 距離感。


 自分に好意を持っていることを、隠しきれていない。


 でもそれが嫌じゃなかった。


 むしろ、かわいかった。


 だから、少し試してみた。


 管理人室へ呼ぶ。


 紅茶を出す。


 他愛ない話をする。


 そうすると朝人はすぐ嬉しそうな顔をする。


 期待してしまう。


 褒められると、すぐ顔が赤くなる。


 そして何より。


 “拒絶されるのが苦手”


 なのがよくわかった。


 だから、たぶん大丈夫だと思った。


    *


 あの日。


 眠った朝人へ銀色の装具をつけながら、あきらは少しだけ迷っていた。


 本当に、この子で大丈夫だろうか。


 怒るかもしれない。


 逃げるかもしれない。


 警察へ行く可能性だって、もちろんある。


 でも。


 大丈夫。


 そんな気がしていた。


 朝人は、自分で思っているよりずっと“従順”だ。


 そして。


 苦しい時、優しくされると依存してしまうタイプ。


 たぶん。


 ちゃんと手順を間違えなければ、この子は自分からわたしを頼るようになる。


 そう思った。


    *


 翌朝。


 案の定、朝人は混乱していた。


 怯えた顔。


 戸惑った声。


 かわいそうなくらい必死に外そうとしている。


 でも、完全には怒れない。


 それも予想通りだった。


「少しだけ慣れてみない?」


 そう聞いた時。


 朝人は迷っていた。


 怖がっている。


 でも同時に、自分との繋がりを失いたくないと思っている。


 その顔が、全部わかりやすかった。


「……少しだけ、なら」


 小さな返事。


 その瞬間。


 あきらは心の中で小さく笑った。


 ――やった。


 この子は、ちゃんとわたしを頼ってくれる。


 もちろん顔には出さない。


 ただ優しく笑って、


「うん。いい子」


 とだけ返した。


 すると朝人は、少し安心したみたいに息を吐いた。


 かわいい。


 本当に。


    *


 そこからは、思っていた以上に順調だった。


 朝人は苦しさに弱い。


 でも。


 優しくされると、もっと弱い。


 解放してあげると、すぐ安心した顔になる。


 撫でると嬉しそうに目を閉じる。


『いい子』


 そう言うだけで、顔が熱くなる。


 だから、少しずつ覚えさせた。


 我慢したら褒める。


 耐えたら楽にしてあげる。


 苦しい時は、自分のところへ来るように。


 そうしているうちに。


 朝人は本当に毎日管理人室へ来るようになった。


 苦しくなるたび、自分を頼るようになった。


 あきらは、それが嬉しかった。


 ちゃんと自分を求めてくれている。


 ちゃんと依存してきている。


 その変化が、たまらなく愛しかった。


 今では朝人は、もう自然に自分へ従う。


 気づけば、管理人室で使う細かな雑貨や紅茶まで、朝人がアルバイト代で買ってくるようになっていた。


 しかも本人は、それを少し誇らしそうにしている。


 かわいい。


 本当に。


    *


 特に忘れられないのは、鍵を返された夜だった。


『……預かっててください』


 あの瞬間。


 あきらは胸の奥が熱くなるのを感じていた。


 この子は、自分で決めるより、自分へ委ねることを選んだ。


 苦しいはずなのに。


 自由になれるはずなのに。


 それでも、自分へ預けた。


 その事実が、どうしようもなく嬉しかった。


「じゃあ朝人君はこれから私のものね」


 そう言った時。


 朝人が泣きそうなくらい嬉しそうな顔をしたのを、あきらは今でも覚えている。


 ああ。


 この子は、本当に自分のものになったんだ。


 そう思った。


    *


 今では朝人は、もう自然に自分へ従う。


 苦しい朝。


 眠れない夜。


 限界近くまで溜まった熱。


 全部抱えたまま、それでも管理人室へ来る。


「……あきら様」


 少し甘えるような声。


 撫でると安心した顔をする。


 そして。


『今日は我慢』


 と言われても、ちゃんと頷く。


 かわいい。


 本当に。


 あきらは静かに微笑む。


 雨音の向こうで、今日もまた朝人が管理人室へ向かってくる足音が聞こえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ