7. 検証前日
祓いの現場へ跳んでしまった翌朝、学園へ登校すると皆に囲まれました。
寮は完全な個室タイプのため、昨日帰りが遅かった私は女の子達とも全く顔を合わせていなかったのです。
「紗良、心配したんだよ〜!」
弥生ちゃんと亜子ちゃんが抱きついてきました。
「心配をかけてごめんね」
私も謝ります。
「ヒロトなんか叫んでたもんな」
「隣からいきなり人が消えたら叫ぶだろ」
「里中くんも、ごめんね」
本当に、皆に心配をかけてしまいました。
「何があったの?」
尋ねられて、私は説明することになりました。
跳んだ先が祓いの現場だったこと。
改めていくつかの状況を作って検証すること。
その検証は次のパターンで行うこと。
・私が作った錫杖を風祭さん以外の隊員に持ってもらう
・私の作った他の魔道具を風祭さん以外の隊員に持ってもらう
・風祭さんには私以外の誰かが作った魔道具を持ってもらう
・跳んだ先が特殊な場所だった可能性があるので、先日の現場の検証を研究魔術科の先生が行う
魔道具を「使う」ではなく「持つ」なのは、昨日の風祭さんはただ手に召喚しただけの状態だったからです。
「じゃあ明日は別室で作業しながら待機なんだね?」
「そうみたい」
先延ばしにしたくないということで、早速明日には検証です。
もしもまた跳んでしまう時でも状況を先生方が把握するため、明日の午後は別室で見守られながら魔道具を作るのです。
「祓いの現場なんて怖そう……跳ばないと良いね……」
ええ、本当に。
* * *
昼休み、私は学校の裏山に出ました。
木々を吹き抜ける冬の風は肌を刺すように冷たいけれど清々しく、葉を落とした枝々の合間を陽が降り注ぎ。
ところどころから流れ出る水は、この先の川の源流となるべく流れていきます。
この自然の中に、微かに光る石があるのです。
そういう石は魔道具の素材になるため、それを求めて私はほぼ毎日この裏山を訪れていました。
今日は流れる水が落ちる場所へ。
ここは石が砕かれて、他より小さい石が溜まっています。
今日もそこには光る石がいくつかありました。
一見するとただの灰色の石、苔むした石、土のついた石。
どの石も、磨けば輝き石が持つ力を発揮してくれるでしょう。
指先がしびれるほどの冷たい水から石を拾い上げます。
「いただきますね。いつもありがとうございます」
『自然への感謝を忘れずにね』
──いつものように、お母さんの声が聞こえます。
私が11歳の時に空に還ってしまったお母さん。
記憶の中のお母さんはいつも悲しい顔をして、そしていつからかずっとベッドの上にいました。
水が流れ落ちる音を聞きながら、空を見上げます。
そこには優しい光が降り注いでいて。
お母さん、と心の中で呼びかけます。
──お母さん、お母さん……会いたいです。
誰もいない冬の山の中。
それでも厳しい寒さの中に暖かい日差しを感じて、しばらく目をつぶると、私は午後の授業を受けるために学園へと戻るのでした。
* * *
午後の授業を受けたあと、魔道具科の工房へ向かいます。
工房や戦闘魔術科の訓練場、研究魔術科の研究室等は、午後6時半までは自由に使って良いことになっているのです。
「よう」
里中くんがいました。
里中くんは明るく目立つ男の子で、もともと持っている魔力が強いことから天賦の才で抜きん出た魔道具を作ると思われがちです。
でも、実は彼は静かに努力もしているのです。
彼は中等部の基礎課程の頃から高等部によく顔を出していました。
魔道具科だけでなく戦闘魔術科や治癒魔術科の、見学可能な訓練を張り付いて見つめて。
そして今はほぼ毎日放課後に自主製作をしています。
頑張り屋さんなのです。
「今日も頑張ってるね」
「授業だけじゃ足りないから。秋月は今日は作らねぇの?」
石の研磨台の前に座った私に訊かれたので頷きます。
「明日、誰かのところに跳んじゃうかもしれないから、迷惑をかけるお詫びにその人に石をあげようと思って」
川から拾った石を見せました。
この石を削って薄く加工して、健康を祈る護符を作るつもりです。
本当は協力してくれる第6部隊の隊員さん全員に差し上げたいけれど、私はまだまだ未熟な学生なので、そんな大々的にはできません。
なので明日私がお世話になる方と、この前迷惑を掛けてしまった風祭さんのお二方用に作るつもりです。
里中くんが見つめる中、小さい石を慎重に削り磨いていきます。
今回は魔道具ではなく護符なので、使う人の魔力よりも石の力を引き出すのがポイントになります。
磨く指に多くの魔力を集めて、石の力を探って……。
この石が、これを持つ人自身の体の力を整えてくれますように──。
これを持つ人がケガや病を得ませんように──。
どうか健やかでありますように──。
念じながら削り磨いていくと、カチリ、と私の中で音がしました。
石から感じる力と私の考えていた姿と指先の魔力がカチリと嵌まる音。
これが聞こえたらそこで作業は終わりです。
2センチ四方で厚さが8ミリほどの、滑らかな四角い石の板。
キラキラする灰色のものと、ベージュに金が入った2種類のものを作りました。
──お母さん、良い感じに磨けたよ。戦闘員さん達、喜んでくれるかな……。
心の中でお母さんに語りかけます。
満足して眺めていると
「秋月の魔道具作りは独特だよな」
と里中くんが言いました。
「そう?」
「うん。自分の気配を完全に消してる。素材を活かしてるというか」
私はできるだけ自分の個性を消すように意識していますからね。
「これをうまく伸ばしたいんだ」と言うと「そうだな」と返されました。
でも皆それぞれ個性を持っていますから、それを活かした魔道具作りをしていけば良いのだろうと思いますが。
そこで話が終わったかと思っていたのですが、里中くんはその言葉の後も私の隣を離れません。
あともう一つの石を削り磨き上げる間も、ずっとその作業を見つめられてしまいました。
「もう帰るね」
少し居心地が悪くなりと声をかけると「あのさ」と言われました。
「明日、俺の魔道具を持っておくか?」
「ん?明日は第6部隊と打ち合わせた条件で検証するから、私は誰の魔道具も持てないよ?」
「そうか……」
里中くんはまたしばらく黙り込みます。
「なあ。気をつけろよ?何があるか分かんないんだし。現場に迷惑をかけても良いんだから、わがままを言ってでも、自分を最優先に考えろよ?」
迷惑をかけて良いって言葉に驚きましたが、私を心配してくれているのは分かります。
だから、これは素直にお礼を言うべきですね。
「ありがとう」
微笑むと、バツが悪そうな顔をして「じゃあな」と里中くんはまた自分の作業に戻っていきました。
そして迎えた検証の日──先生達が危惧した通り、私は跳んだのです。
再び、あの人のもとへ。




