6. 学園で跳ぶ理由を考える
「秋月!」
学園に着いた時はもう午後7時を過ぎていました。
校舎に入ろうとした途端、私を呼ぶ声に足が止まります。
「里中くん?」
見ると、門の傍のベンチから立ち上がって駆け寄ってくる里中くんの姿がありました。
その勢いのまま私の両肩を掴まれます。
「お前、大丈夫だったのかよ!?」
そういえば跳ぶ直前は里中くんの隣に座っていたのでした。
いきなり隣から人が消えたらとても驚いたでしょう。
「びっくりさせてごめんね。なんか、遠くに跳んじゃったの」
「跳んだって、お前……」
「私にもよく分からないんだけど……」
どう説明したものか、うーんと考えていると、「秋月!」という声がまた聞こえます。
顔を上げると、先生達が中央棟から出てきました。
涙ぐんでる先生もいて、心配をかけていたのだと申し訳ない気持ちになってしまいました。
魔道具科の主任先生が、隊長さん達を中に促しながら
「秋月は取り敢えず中に入れ。里中はもう帰りなさい。何か聞きたいことがあれば、明日に」
そう言います。
里中くんは上を向いて大きく息を吐くと
「明日、話を聞かせて」
と言いました。
「うん。心配かけてごめんね。おやすみなさい」
そう言うと、片手を上げて去っていきました。
中央棟はもう照明が消えて人の気配がなく、10人近い人数で歩いているにも関わらず怖いです。
私は保健の先生の傍に少しだけ寄りました。
「夜になるとだいぶ雰囲気が変わるわよねえ」と優しく笑う先生は、伯母さんを思い出します。
「こちらへどうぞ」
先生が隊長達を案内したのは職員室の隣の会議室でした。
暗い廊下から入ったそこは照明が眩しくて、すぐには目がチカチカして部屋の様子が分かりません。
でも目が慣れてきますと、絨毯に重厚なカーテン、華美ではないけれどもしっかりとした作りのテーブルと椅子が並んでいて、外部からのお客様用の会議室であることがうかがえます。
「第6部隊の皆さんはどうぞそちらへおかけください。秋月はこっちだ」
「はい」
机を挟んだ奥に第6部隊の方々が3名。
そしてこちら学園側が、私と学園長先生と魔道具科の先生3名と保健の先生の6名。
おおごとになっています……。
* * *
「私が説明できるのは、祓いに使おうとして試作品の錫杖を召喚したら空間が開いて、光と共に秋月紗良が現れた、というそれだけです」
風祭さんの説明は簡潔です。
「秋月はどういう状況だったんだ?」
「私は魔道具の素材の選別をしていたら、周りの空間が歪むのに気付いて、目を開けたら……」
そこで言葉が出なくなってしまいました。
怖かった。
それを思い出して。
でもこちらを見つめる皆の視線を感じて、口を開きます。
こんな遅い時間に集まってくれているのですから、話を進めないといけません。
「目を開けたら祓いの現場に跳んでいました」
私としても、話せるのはそれだけなのです。
……でも一つだけ、黙っていることがありました。
素材を並べて考え込んでいたその時。
空間が歪むと気付くその前に、左の首筋が熱くなった気がするのです。
でも気のせいかもしれないことを、主観を排除すべき報告の場では言えません。
そっと首筋をおさえて目を風祭さんに向けると、風祭さんもこちらを見つめていました。
「それだけだと、なぜ秋月が跳んだのか分からないですね……」
魔道具科の先生の言葉に慌ててそちらを見ます。
「秋月」
学園長先生に呼びかけられて、背筋をシャンとします。
学園長先生は60代後半くらいのお歳。
魔術庁を退職して学園に下る前は、庁内の中枢の部署にいたと聞いています。
「学園としては、教育過程を終えていない、しかも魔道具科という戦闘の教育を受けていない君が祓いの場に跳んだことを極めて重大に受け止めている。今回のことを単なる偶然と捉えるのは危険すぎる」
偶然ではないのでしょうか……首筋を押さえます。
「現場としても、いつ未熟な学生が跳んでくるか分からないとなると祓いとは別の心配を常にしていなくてはいけなくなる。それは戦闘員の命に関わることだ」
それは、そうですよね……。
今回私は風祭さんに守られるばかりでした。
「よって、学園としては君が跳んだ要因について考えうる条件を付与して検証を行いたい。良いな?」
検証とはどういうものでしょうか。
分からないものの、私としてもいつ跳ぶか分からない生活を送るのは嫌です。
「はい。お願いします」
私が頭を下げると、学園長先生は第6部隊隊長にお顔を向けました。
「こちらとしては今回の要因が錫杖にあるのではと考えているが、他の要因ももちろん考えられる。
秋月の作る他の魔道具もそうなのか、または普段魔道具を使われない風祭隊員に要因があるのか。
それらを知るために他の者が作った魔道具を持っていただく等、できれば第6部隊のご協力をお願いしたい。いかがかな?」
なるほど、色々なパターンを試すのですね。
華岡隊長が口を開きます。
「うちとしても、いつ非戦闘員が跳んでくるか分からないのはマイナスでしかないので協力させてもらいましょう。ただ何回にも分ける余裕はないので、一気に済まさせていただきたい」
その言葉に、今日の私が現場としては本当にお荷物だったのだとうかがえます。
申し訳ない気持ちで下を向いていると私の名を呼ぶ声がしました。
顔を上げると、風祭さんがこちらを見ていました。
「隊長は君を責めているわけではない。私の負担もたいしたことはなかった。
必要以上に思い詰めないように」
あの時とは違う事務的な口調ではありましたが、下を向いてしまった私をフォローしてくれているのが分かります。
「はい」
「それでは、早速条件のパターンを洗い出しましょうか」
打ち合わせはその後1時間ほど続き、第6部隊の皆さんが再び車に乗り込んだ時には夜9時を過ぎていました。




