5. 誰も予想していなかった初陣
私の魔道具が現場で使われるかもしれないと先生から告げられたのは、第6部隊の訪問から1週間経った頃でした。
風祭隊員から正式に依頼があったそうです。
「俺のも持っていってほしいのに……」
「お前のは1年後まで戦闘員には持たせん。まずは性根を鍛え直せ」
里中くんのボヤきに担任の先生のお叱りが飛びます。
「でも、いつの間にか空間を塗り替える魔道具ってすごいと思うよ」
「おお秋月、褒めてくれるのか」
里中くんが照れています。
「でもちょっと目立たせようとしすぎたかもしれない。ちょっとだけどな」
「そうだね。来年はほどほどにしながら目立つと良いね」
そう言うと、「そうだよな」と笑っています。
「秋月の錫杖はもう預けてあるんだろう?」
戦闘魔術師達は、自分が使う魔道具をその部隊の収納庫に入れておきます。
そこに入れてある魔道具は自在に好きな場所に召喚できるのです。
私の錫杖は今は第6部隊の収納庫で、他のプロの魔道具師達が作った魔道具と並んでいるはず。
「風祭さんが現場で使えそうなら使ってくれるって。ドキドキする」
「見に行きてえよなぁ」
本当に。
現場を見に行かせてもらえないかと先生に恐る恐る尋ねたのですけれど、学生をそんな場所には出せないと即却下されてしまったのです。
学生の中でも特に私は魔道具科で、現場での行動を学んでいませんしね。
せめて防御だけでもできなければ、戦闘魔術師の足を引っ張る邪魔な存在でしかありません。
現場に同行する治癒魔術師達はその訓練を受けているはずです。
風祭さんが帰ってきたら書面ででも良いから少しでも感想を聞けたら良いなと、思っていました
そう、思っていただけなのに──。
ある日の魔道具作りの作業中、私は突如として瘴気を祓う現場に一人で転移してしまったのでした。
■ ■ ■
瘴気──人の怨念が極限まで圧縮され、穢れへと変化したもの。
魔術を扱える者の中でも戦闘に特化した者が、戦闘魔術師としてこれを祓う。
俺、風祭彬が所属する第6部隊は、首都東京の一部を担当していた。
東京は人が多い。
それは特に人の怨念が集まる場であるということだ。
単に瘴気が溜まっているだけの場なら祓うのも容易だが、人が瘴気にまみれ人格をなくす段階までいってしまった時は厄介である。
闇の中を動き回り、人を襲い喰らっていく。
そして周囲に瘴気をまき散らし、周辺の人間の恨みや怒り、妬みなどを増幅させる。
今対峙している者も、瘴気に乗っ取られたそれだった。
事業に失敗した若い経営者が自分の幼子を喰らおうとしたところを救ったものの、子供をかばった時に肩を裂かれる。
「いってぇな!」
これくらいは治癒魔術師に頼むずとも戦闘継続は可能だが、とは言えいくら魔術師だろうとケガをすれば痛いのだ。
戦闘を長引かせず、さっさと終わらせよう。
腕の中の幼子を第6部隊の本部に転送すると、瘴気に侵された、かつては人であり親だった者に向かい合う。
「お前にとっては今ここで死ぬのと、借金にまみれて我が子に怯えられながら生きるのと、どっちが楽なんだろうな」
そう言うが、自分がそれを判断して祓うことを中断するなどは許されない。
ひと息つくと、その哀れな生き物にもう一度目を向ける。
さあ、祓わなければ。
いつものように何も使わず詠唱でいくか。
そう思っていたけれど、そう言えば先日魔術学園から借り出した学生が作った魔道具があったなと思い出す。
錫杖と呼ぶにはかなりシンプルなそれは、それでも第6部隊の副隊長の魔力を受けても折れることなく尚光り輝いていた。
あの時、随分と動きやすかったなと思い出す。
元々自分は魔道具を使わず詠唱と印で戦うタイプなのだ。
それなのに、自分の体の一部かのように自然に魔力を扱えたこの魔道具には興味がある。
作り手はまだ作り始めて1年目の生徒であったというのに──記憶の中の、ひっそりとした華奢なその少女を思い浮かべたその時……。
胸元に、チリッとした痛みのような、熱のような気配を感じた──。
そして。
空間が歪み、密やかな光が生じる。
……なんだ?何が起こる?
初めての現象に、新たな敵の襲来かと神経を張り詰めさせたその時。
「───え……?」
今思い浮かべた少女が、目の前に現れた。
■ ■ ■
──ここは、どこですか!?何、どういうこと!?
さっきまで学校の明るい工房で作業をしていたはずなのに!
体の周りの空気が歪むような感覚に辺りを見回したら、気付くと見覚えのない暗い建物の中に私は座り込んでいました。
見覚えがないだけではありません。
空気が、重い。
視界が、悪い。
急に自分を取り囲む何もかもが変化して、その上明らかに何か良くないものに身体を囲まれている気がして私はパニックに陥る寸前です。
キョロキョロして、座り込んだ場所で身をギュッと固めて。
どうしよう、何が起きているのでしょうか!?
「おい!」
何か聞こえます。
「おい!何があった!?」
叫んでいます。怖いです。
「おい!どうした、ケガをしてるのか!?」
もっと隠れないと!ギュウウウッと丸まります。
「おい!秋月紗良!大丈夫か!?」
私はいません!!!
………あれ?
私の名前を呼ばれましたか?
そっと顔を上げます。そっと。本当に少し。
……服が見えます。多分黒い服です。動いています。
もう少し顔を上げてみました。
あら。
私はこの顔を知っている気がします。
20歳くらいの男の人。
髪がフワフワです。
誰だったでしょう……怖い人ではなかったような……。
「おい!大丈夫か!?」
肩を両手で掴まれました。
誰だったでしょう。
顔をじっと見つめていると、その時、グエエエェ!!!と低い唸り声が聞こえました。
何!?何ですか!?
その声がした方に恐る恐る目をやると……何か、人に似た形のものがこちらにズルズルと向かってきます。
黒いモヤモヤとした霧のようなものを体から出していて、それが良くないものなのは一目瞭然でした。
今度こそ完全に恐怖でパニックです。
「大丈夫、大丈夫だ、落ち着け!」
こちらに来ます!どうしよう!?
その時、私の肩を掴んでいた人が私の首の後ろに手を回し、頭を胸に抱え込みました。
「分かった。見るな。これで見えない!な?」
確かに、見えません。
コクコクと頷きます。
「これで怖くないか?」
そう聞かれると怖いですけれど、でも私をしっかりと抱える腕の力が強くて、先程よりは随分と安心していることに気づきます。
だから、もう一度うなずきました。
「いい子だ」
その人は私の頭を抱えたまま、何かを呟きました。
それが聞こえた途端。
私の首筋が──この前の模擬戦の時と同じ場所が熱くなりました。
熱い……やけどでもしたのでしょうか……。
確かめたかったけれど、ちょうどこの人の手がそこにあるため触ることができません。
だから、かわりに目の前にあるその人の服をギュッと掴みます。
ふと気付くと、言葉が途絶えています。
心配になり上を見上げると、その人も私を見つめていました。
「なんだ、これは……」
その人は呟きながら、腕の中の私の頬にそっと触れました。
そして制服のブラウスの上から首筋に──先程から熱くなっているところにもう一度指を戻して。
「──っ……!」
首筋が更に熱を帯びたような気がして、息を飲んでしまいました。
その人は自分の胸の中央に手を当てて私を見ています。
「……錫杖を試そうと思ってたけど、今回は無しだ。今のこの状態で普段の戦い方がどうなるか試したい。」
……錫杖?その言葉に、唐突に気付きました。
「……風祭さん?」
そうです。このお顔は先日会った、第6本部の風祭隊員です。
「今ごろ気付いたのかよ」
「すみません……」
まあいいけどなと笑うと、風祭さんは私を左手に抱えたままあの得体のしれないもの……多分瘴気……?に体を向けます。
「秋月紗良。すぐに済ませる。俺から離れるな。」
そう言われて風祭さんにしがみついてコクコクとうなずきます。
絶対に離れません!
風祭さんはまた何かを呟きながら、右手で印を結んでいきます。
あ、魔力が──。
以前と同じように、私のすぐそばにある彼の身体の中の、魔力の動きが見えます。
私の魔道具を使っていなくても分かるのね……。
そう思いながら見ていると、印を結ぶ右手とは別に、彼の胸の中央辺りにも魔力の渦があるのが分かります。
胸の辺りから魔力が湧き出て、右手に流しながら全身にも行き渡らせている感じです。
その胸の中央の魔力の渦はとても美しくて、私はその辺りについスリ、と額を擦り付けてしまいました。
なんだか安心するし、そして気持ち良い──。
ほっぺも擦り付けます。
その時、頭上の風祭さんが少し笑った気配がして、私を抱える腕が強くなりました。
「お前、分かってないだろ」
なんのことでしょう?
「うん。ほんと、なんだろうなこれ……まあ、あとでな」
そう言うと、印を結んだその指をパチンと鳴らしました。
パチン。
それだけ。
それだけで、人のような形をした何かは苦悶の叫び声を上げて、倒れ込みビクビクとした後、その身体からザアアァッと瘴気を霧散させました。
途端に視界が開けて、息をするのが楽になった気がします。
瘴気が祓われたのだと分かりました。
後にのこったのは……
「人間……」
「瘴気に侵された人間を見るのは初めてか?」
コクリと頷きました。
魔道具を作っているのにお恥ずかしいですが、そうなのです。
座学で習い知識としては知っていましたが、あんなに人としての形を失うとは……。
「心の弱みにつけこまれると、急激にああなる。」
「そう、ですか……この人はこの後どうするのですか?」
「こういう祓われた後のヤツを回収するところがある。そこに俺がこいつを転移させる。
あとはそのまま気付いて体調を戻すまではケアしてやって、あやふやな記憶を不思議に思いながら日常に戻るという形だな。」
人のような何かへの変化が急激なら、周囲はこの人の身に異変が起きているとは気付かなかったかもしれないけれど。
でも、物語のように記憶を操作したりなどがなされる訳ではないのですね。
瘴気が出ていったあとに残された男の人は、随分と疲れた顔で倒れています。
「それほどまでに心が弱っていて、これから後、穏やかに日常に戻れるのでしょうか……」
「それはまあ、こいつ次第だな」
無意識なのでしょう。
腕の中の私の肩を強く掴んで、風祭さんは呟きました。
なんとなく、無理だろうなと言っているように聞こえました。
穏やかな日常に戻れないかもしれないの……?
倒れている人の、その疲れた顔をもう一度眺めると胸がキュッとなりました。
「あの、風祭さん……私、あの人のそばに行っても良いですか……?」
「ああ、もう大丈夫だろう」
「あの、でも、あの。怖いので……一緒に来てもらえませんか……」
「はいはい」
私は風祭さんの手を引っ張ってその倒れている人のそばに行きます。
大丈夫だよね?
もう襲ってこないよね?
風祭さんの腕をガッチリ掴みながらその男の人のそばに寄ってみたけれど、大丈夫そうです。
それで安心して、制服のジャケットのポケットを探りました。
確かここに……ありました。
「それは何?」
「石です。今日の朝、お散歩していたら見つけて、護符になりそうだなと思ったのです。」
護符に使えるような石は、そうゴロゴロは落ちていません。
見つけたら集めるようにしています。
それを、これもまたジャケットのポケットから出した懐紙に包みます。
この懐紙は綺麗な薄ピンク色でこの前一目惚れして買ったお気に入りなのですが、スペシャルサービスで1枚あげることにします。
懐紙で包んだ石を、倒れている男の人の胸ポケットに入れてあげます。
「良い方向に、向かいますように」
その胸ポケットの上から導きの言葉をかけると、布越しに石が微かに光ったのが分かりました。
「ありがとうございました」
風祭さんを見ると、無表情に私を見て、
「もう良いの?」
静かに問われます。
「はい」
返事をすると小さく息を吐き、声が切り替わりました。
「初陣でケガがなくて良かったな」
「初陣……?」
私は何もしていません。
「ただ守っていただいただけなので、初陣ではないと思います」
そう言うと、
「いやまあ、多分お前も戦ってたと思うんだけど。……まあちょっと、色々確認してからだな。」
と風祭さんは呟きました。
よく意味が分かりません。
それにしても、先ほどから思っていたのですが、風祭さんは学園で話した時より随分と言葉遣いがフランクです。
あの時は偉い人が沢山いたので口調には気を遣っていたのでしょうね。
「さて。一旦第6部隊の本部に報告に戻らないといけない。
まさか学生が跳んでくるなんてイレギュラーすぎる。学校に送るのはその後になるけれど良い?」
そう言われて、私はうなずきました。
「じゃあ、おいで」
おいで?
首を傾げる私の視界が急に開けます。
風祭さんが私を縦に抱え上げたのだと分かりました。
小さい子供が大人に抱えられるような感じです。
「わああぁっ」
つい喜びの声を上げると、笑いながら
「しっかり掴まっておけよ」
そう言って、空間を跳びました。
■ ■ ■
第6部隊本部。
この日の午後も、本部は管内の各地点で祓いにあたっていた隊員達が徐々に戻ってきて明るい活気に満ちていた。
大きいケガ人が出たとの報告は受けていないため、迎える後方部隊も落ち着いたものである。
「風祭、戻りました。」
若い隊員の声に「おつかれさん」と振り返った副隊長の田野上は、その隊員に連れられたイレギュラーな存在にしばし目を凝らした。
その少女は少し躊躇った後に
「魔術学園 魔道具科高等部1年の秋月紗良です」
と名乗る。
「……風祭。なんで学生を連れて戻ってきた?」
その問いに若い隊員が淡々と答える。
「現場に突然現れました。空間を開いて跳んで来たんです」
本部の空気が一気に緊迫したものに変わる。
学生が跳んできた……!?
それも、現場に来ることを想定していない魔道具科の学生が。
「待て。どういうことだ。風祭、説明しろ」
田野上の厳しい言葉に、学生がビクリと肩を震わせる。
その小さく華奢な少女に風祭が何か話しかけている。
強張った顔が少し緩んだようなので、何か安心させる言葉をかけたのだろう。
「事実だけ述べますと、戦闘中に空間が開き秋月が突如現れました。ですが戦闘に支障はなく、俺も秋月も無事です。
そして秋月が跳んできた経緯ですが、正直なところ俺もこの子も事情はよく分かっていません。」
「……秋月、君はその時どこにいたんだ?」
「学園で魔道具を作っていました」
これは、学園は大変な騒ぎになっているはずだ……。
「……取り敢えず、学園に早急に知らせを。何が関係しているか分からないのでとにかく学園に送り、そこで状況を整理する」
不安そうな顔でそっと見上げた少女に、風祭が安心させるように微笑んだ。
■ ■ ■
第6部隊の本部から山奥の学園には少し距離があったため、私は今、車で移動しています。
メンバーは隊長と副隊長と風祭さんと私の4人。副隊長さんが運転してくれています。
第6部隊本部に戻った時のように学園の転移の魔道装置に跳ぶのかと思ったのですが、跳ぶというのはそれなりに魔力や体力を消費するそうで、祓いの後などはそう何度もやるものではないそうです。
風祭さんは今日は祓いをしている上に先ほど私を抱えて跳んでいるので、学園へは車で移動になりました。
「学園はもう少し都会寄りにありゃ良いのにな。」
華岡隊長の低い声が響きます。
麓まで下りるとそれなりに栄えてるんですけど、とにかく学園が山奥にありすぎるんですよね。
「週末に遊びに行っても移動で半日とられて、クッソめんどくさかったです」
これは風祭さんでしょうか、口が少々お悪いです。
「まあ離れてみると懐かしくなるけどね」
副隊長はお優しい……。
ああ、眠いです。でも下っ端の私が寝てしまってはいけない気がします……。
「秋月紗良、眠いのか?」
風祭さんでしょうか。眠くないですよ……。
ガツンッ
ガラスに頭をぶつけました。
ああ、恥ずかしい……。
「いいから、寝ろ。着いたらおこしてやるから」
はい……。
お言葉に甘えて窓に身体を預けた私の頭をポンとされた後、その指先が、ほんの少しだけ私の首筋を制服の上から触ったのを感じました。
ずっと触るのではなくて、指先だけ、本当に少しだけ何か確認するように。
熱い……眠りに引き込まれながら首筋に熱さを感じましたが、その指はすぐに離れていったのでした。




