62. 強大な敵の出現
ピイイィーーーーー …………
ああ、だめ……!
瘴気の警告音がこんなに……!
集まった全ての魔術師達が固唾を飲んで華岡隊長と長官の会話を見守る中、瘴気を計測する研究魔術師が鳴らす警告音が先ほどから頻繁に響き渡っています。
今日9月9日。
華岡隊長の聴取が行われる会場には全国の部隊から隊長と副隊長が、第6本部は分隊長以上が集まっています。
戦闘魔術師以外にも研究魔術師達、治癒魔術師達、魔道具師達が多数、もちろん魔術庁本庁からも相当数の事務官達が。
華岡隊長がこの会場に到着するその前に、魔術庁長官からこの聴取の方針が皆に告げられていました。
『華岡は未だ強大な敵に化してはいない。
踏みとどまらせられるなら、今の段階で出現を抑え込みたい。
そのために何を考えているのか、出現を止める術はないか探ることになる。
ただし抑え切れないと判断すれば、即座に討伐の方向に切り替える。
その場合は、この場にいる全員で封じ込めることになることを覚悟しておくように』
各自には携帯用の転移の魔道装置が持たされ、命の危険がある場合は個人の判断でこの場からの脱出を許可するとも言われました。
その上で改めて私と風祭さんの2人に向けて言葉がありました。
『これまでの記録から、強大な敵への最後の祓いは番でなければできないと思われる。
我々もできるだけのことはするが、最後は番2人に託さざるを得ない。
国のため、最善を尽くしてもらいたい』
そう、言われ。
私達は静かに頷いたのです。
差し出された転移の魔道装置を私達2人は受け取りませんでした。
そして華岡隊長が呼ばれた、今。
穏やかに尋ねる長官の言葉とは裏腹に、瘴気の計測値の上昇を告げる警告音がひっきりなしに鳴っています。
何よりも……私と風祭さんの番の紋が先ほどから熱を持ち、服の上からでも分かるほどに光り始めているのです。
それは戦後の番のご遺族の綿貫さんから聞いた、決戦当日の様子と同じでした。
「……留まってくれ……」
華岡隊長をみつめる風祭さんが呻くように呟きました。
先ほどからの長官とのやり取りを聞いて、私は、そして風祭さんは互いの手を握ったまま息を詰めています。
如月の番2人に全てを負わせて死なせてしまったことへの憤り、お母さんと私への罪悪感、そして風祭さんを失うかもしれないという焦燥──。
如月の戦いの当事者ではなかった──少なくとも中心にいたわけではなかった戦闘魔術師がここまで思いをひきずっているとは思っていなかったため、私は戸惑っていました。
「秋月……秋月は許さないだろう……許すわけがない……そうしたら風祭はひとりだ……ひとりで……また……」
途切れ途切れに言葉を発しながらこちらを見た華岡隊長の顔が、ぐにゃりと歪んで……悲鳴を上げそうになった私の肩を風祭さんが強く抱きしめます。
人の顔がこんなにも歪むことがあるなんて……!
「秋月……許さなくて良い……俺達が、許されるなんて……そんなことあっては…………だが、そうしたら、風祭は…………」
ピイイィー …… ピイイィー …… ピイイィー ……
どうしよう、どう答えたら良いの。
私は、もういいのです。
もうお母さんとお父さんのことには区切りをつけたから。
当時の周りの人達や魔術庁を許すとか許さないではなくて、もう10数年悩んだのだからもうこれ以上は良いのです。
過去よりも未来を見るの。
でも今それを華岡隊長に言って、通じるのでしょうか……。
過去に囚われてしまっている人にそれを言っても大丈夫なの……?
華岡隊長の目はこちらを見ているけれど、目が合っていない気がするのです。
目に、光がない。
こちらを見ているのに見ていない。
そんな状態で下手なことを言って、その真意を汲み取ってもらえるのか……。
「風祭……、大丈夫だ……俺が、行くから…………片桐…………今度こそ…………」
華岡隊長の風祭さんへの思いが、友であるお父さんを救えなかった後悔が伝わってきて。
幼い日々の風景の一部だったこの人もまた、あの戦いの当事者だったのだと初めて思い知りました。
私と同じ年月、この人もまた誰にも言えず苦しんで……。
紋が熱くなり、そして痛みを感じます。
これは風祭さんの胸の痛みなのか、私の胸の痛みなのか……。
「華岡、落ち着くんだ。秋月紗良と武明氏には謝罪する。風祭も一人にしない。
皆で立ち向かおう。お前も一緒にだ。仲間なのだからな。だから落ち着くんだ」
長官の、場違いなほどに優しく穏やかな声。
でも華岡隊長を見つめる目が徐々に厳しくなってきているのが分かります。
ピイイィー …… ピイイィー …… ピイイィー ……
その時。
華岡隊長が立ち上がったのです。
動きが……動きが、人のそれじゃ、ない──カタカタと変な動きで──。
「風祭…………秋月…………」
ピイイィーーーーー …………
カタカタと動きながら、私達の方に手を伸ばしてきて──。
番の紋が、痛い──!
風祭さんを見ると、うっすらと涙を浮かべながらまっすぐに華岡隊長を見つめています。
決して目を逸らさず、覚悟を決めたように。
「かぜまつり…………あきづき…………」
どうしよう、どうしよう……!
まだ、間に合うなら。
何か声をあげて、それでこちら側に帰ってきてくれるなら。
でも何を言えば……?
ピイイィーーーーー …………
「……もう……!」
計測器を見張る研究魔術師の小さな悲鳴が聞こえたその時──。
「甘えるな」
低い声が響きました。
この声は──。
顔を上げると、そこには学園長先生がいました。
正面の机には座っていないけれど、机に限りなく近い場所。
そこに二宮学園長が座り、冷静な顔で華岡隊長を見下ろしていたのです。
学園長先生の声に華岡隊長はギギギ……という動きで、人体としてありえないほどの角度で首を回しました。
ああ……もう人としての姿を失いつつある……。
「如月の戦いの後悔を、なぜ秋月と風祭に負わせる。お前の後悔はお前の中で処理しろ。
秋月に許すなと強いるな。秋月にはこれから自分で選ぶ未来がある。
風祭が孤独だと断じるな。風祭には今は支える者達がいる。
如月と今は、別の事案だ。
お前の過去の後悔は、お前だけが負うべきことだ」
ピイイィーーーーー!
「……急速に、上昇……!」
響く研究魔術師の声。
「もしお前以外に負わねばならないとしたら、俺も含めた当時の関係者だ。
如月の後の反省が足りないとしたら、それは俺達だけで処理すべきこと。
それを秋月と風祭に投影して、こいつらの未来を決めつけるな」
「おまえが、いうな……!おまえが……!
かたぎりを、みすてて……ころして!
のうのうと……!」
ピイイィーーーーー!!!
「もう、これ以上は……!」
研究魔術師の鋭い声が発せられます。
長官の右手が上がりました。
「総員、戦闘態勢!」
それまでの穏やかさを捨てた長官の号令と共にザッ……!と全員が席を立ち、そして瘴気を計測していた研究魔術師の悲鳴が──!
「──振り切れます!!!!」
その瞬間、空間が別世界になったかのように暗転しました。
白く輝いていたはずのその空間は一気に闇に満ち。
空気は重く、息をするのが苦しいほどの肌を粟立たせる禍々しい気配がたちこめます。
そして、中央にいた華岡隊長の姿がザアアアアァッと渦巻く暗い瘴気に包まれました。
──強大な敵の、出現……!
暗く重い瘴気にまみれた強い風が、中央から渦巻くように私達に向かってきます。
肌を粟立たせる異質な風が。
闇は深く、先ほどまで見渡せていた空間はその奥行も測れず、中心の瘴気への距離が掴めません。
息をする度に重い、まとわりつくような禍々しいものが体内に入り込んでくるのを感じます。
その穢れを、抱えてくれる風祭さんが、そして首筋の番の紋が浄化してくれるおかげで私はその場に立つことができています。
これは私達2人以外にはかなり苦しいはず……!
見渡すと視界に入る魔術師達はやはり皆苦しそうです。
それでも皆なんとか体勢を保っているのは、さすがだと思います。
「──っ!」
禍々しい突風に襲われよろけそうになったところを、風祭さんが支えてくれました。
「紗良」
「はい」
ひとこと、名前を呼ばれただけ。
それでも風祭さんの決意が伝わってきました。
華岡隊長は強大な敵になってしまった。
もうこうなったら、祓うしかないのです。
討って、祓って。
こちら側へ戻ってこさせて、そして──。
場に立ち込める瘴気の巨大な渦が空間を回り始めます。これが大きくなったらまずい……。
でもその瞬間に再び長官の号令が下りました。
「拘束、発動!」
長官の号令と共に、円形に並んだ魔術師達から様々な形で魔力が放たれました。
ある者は魔道具を手に、ある者は手を振り下ろして。
──中央で渦巻く、華岡隊長であったはずの瘴気の巨大な塊に。
息をするさえやっとの重い暗闇の中。
100人以上の魔術師達から放たれる魔力は場違いなほどに白く輝きながら、その巨大な瘴気の渦を一気に貫きました。




