61. 聴取 2
「なぜ秋月紗良に番として戦えと命じることができるのか、私には理解できません。魔術庁は間違っていると思います」
部隊長を務める男が正面から突き付けた言葉に、それまでは全く気配を感じさせなかった会場の相当数の者達が息を飲んだ。
魔術庁は下位の者が上位の判断や命令に異議を唱えることを認めない。
祓いのような身の安全を賭ける仕事を課す以上、命令に反することを許せば魔術師の命に係わってくる。
そしてその上層部の判断は国民の命を左右するためだ。
強大な敵は国家の存亡に関わるともいえる国難。
それなのに、これほどの人数の前でこのような発言をするとは信じがたいことだった。
だが長官はそれに憤ることなく冷静に言葉を返す。
「続けて。話を聞こう」
「では、言わせていただきます」
そう言って、華岡は一度大きく深呼吸した。
──これを言ったら自分の立場は危うくなる。
そう分かっていても、もう抱えるには苦しくなっていた思いを吐き出すことを決意して。
「如月の戦いで、私達は番に全てを託し──はっきり言えば丸投げし、強大な敵を討伐させました。
長きに渡って積もり続けた強大な瘴気に、片桐陽一と片桐裕美子……戸田裕美子はたった2人のみで立ち向かわなければならなかった。そして、片桐と戸田は命を落とした。
あの時、全国にどれほどの魔術師がいたでしょうか。
現役でも数百人、魔術師を退いた魔術使いまで入れれば1000人は超えていたでしょう。
それなのに、誰一人討伐の現場に応援に行くことはなかった。ただの1人も。
自分達は戦いを魔道具で、安全な場所からリアルタイムで眺めていたのに。
あまりにも冷たい仕打ちだと私は思っています」
怒りを抑え話す華岡の声に、どこから鳴っているのか ピイイィー…… という高い音が重なった。
華岡は構わず話し続ける。
「そして、2人を結びつかせるために片桐の家庭を積極的に壊した。
結果的に片桐が選んだ道ではありましたが、そのルートは魔術庁に敷かれほぼ強制的に選ばされたと私は思っています。
その結果、片桐の妻の綾子さんは心を壊し衰弱して亡くなっている。そして幼い子供は父と母を失いました」
「強大な敵は葬ることができたでしょう。国を守るという責務を魔術庁は果たしました。
きっと、後世からは当然のことをしたまでと評価をされるのでしょう」
「でも、人の道として魔術庁が正しかったかというと私はそうは思えません。
それにも関わらず、父と母を奪っておきながらその子に今度はお前が番として前線に立てと強制することは……私はあまりにも厚顔無恥で唾棄すべきことだと思っています」
──重い、気持ちの吐露。
そして十数年間、魔術省が蓋をしてきた事実の告発。
それを耳にして、集まった者達は誰一人物音を立てない。
だが ピイイィー…… という音がまたもや響く。
華岡は秋月紗良に目をやった。
少女は震える肩を風祭に抱かれて、こちらをじっと見ている。
──こんな形で、この気持ちを聞かせるつもりなどなかったのに。
それでも風祭が少女の傍にいることに安堵して、華岡は改めて正面を見上げた。
自分の言葉に抑圧がかかり黙らされるかと思ったが、長官は「なるほどな」と淡々と呟いている。
「では問うが、強大な敵の出現が予測される今の状況で、華岡ならば何が最適と考える?
番である秋月紗良を外せば、お前の部下の風祭はその強化を受けられない。
番なしで強大な敵を討てると思うか?」
「魔道具を預けさせれば良いでしょう」
そういうことを考えるのが上層部の仕事ではないか、と口にするのはさすがに控えた。
その代わりずっと抱え続けてきたことをまた吐き出す。
「魔道具を預けさせるだけにせよ、秋月紗良の力を借りる以上は魔術庁は彼女に如月の際の非道な行いをきちんと謝罪すべきです」
魔術庁は秋月紗良に、秋月武明に、一度も謝罪していない。
片桐陽一と戸田裕美子への弔いも、如月の戦いが終わった後のひっそりとした追悼の式典のみ。
秋月綾子の墓参りになど1度も行っていないだろう。
そんな何の反省もしていない組織に、あの傷つけられた少女を、そしてひたむきに努力する部下を利用されてたまるか……。
ピイイィー …… という音がまたもや響く。
先ほどから鳴っているこの音はなんだろう……。
「当時は国のために必要なことだと思っての判断だったが、今振り返るとそういう意見もあるな」
ピイイィー ………… 音が鳴る。
国のために必要なことだと思っての判断、か。
本当に、予想通りの答えしか返ってこないな。
華岡は片頬を上げて笑った。
何も変わらない。
自分でもどうしようもないものに選ばれてしまった2人だけに押し付けて死地に向かわせ、弱い者を踏みにじって。
国のためにはそれが正義だと言う。
何も、変わらない。
ピイイィー ……
それにしても、先ほどから頻繁に鳴っているこれは何の音だ……?
見渡すと周りを取り囲む者の一人が何かの機器を横に置きながら、頻繁にPCをいじっている。
あれは研究魔術師か?
あいつがこの変な音を出しているのか?
ピイイィー …………
「謝罪をすれば良いのだな?」
落ち着いた長官の声に華岡は眉をしかめる。
謝罪をしたからといって、秋月紗良や秋月武明の気持ちがおさまることはないだろう。
「謝って……謝って謝って、礼を尽くして……」
それに、風祭……。
秋月紗良が魔道具を貸してくれたとしても、一人で祓いの場に行かせるなど認める訳にはいかない。
そんな孤独な真似はさせない。
一人で死なせるようなことは絶対にさせない。
あの時、応援に行こうとした自分を止める上司の言葉に従わなければ……片桐は……友…は……
ピイイィー …… ピイイィー ……
「風祭のそばにも今度こそ……1人でなど……」
「華岡、聞きなさい。私達は必要であれば秋月紗良や秋月武明氏に謝罪をしたいと思っている。それに番も皆で支えるつもりだ。風祭を1人で戦わせなどしない」
何が必要であればだ……必要に決まってる……
遅いんだよ……もうあの子は今の戦いに組み込まれてしまっている……
ピイイィー …… ピイイィー …… ピイイィー ……
ああ、音がうるさい……
「華岡、聞くんだ」
「秋月……秋月は許さないだろう……許すわけがない……そうしたら風祭はひとりだ……ひとりで……また……」
ピイイィーーーーー ……
……音、、、、が…………




