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60. 聴取 1

華岡誠は現在48歳。

戦闘魔術師になって30年になる。


たゆまぬ努力を続け、命を懸けてこの国の平和のために戦ってきたと思っている。

その自分が今置かれている屈辱的な状況を、華岡は到底理解できていない。


軟禁されてから恐らくは半月ほどとなるその日。

時計がないため不明だが恐らく午前。

華岡は閉じ込められて以来初めて、研修施設という名目の軟禁施設から出されることになった。


「華岡、出ろ」

迎えに来たのは自分の上司である弓削戦闘魔術師長と、同僚の第5・第7・第9部隊の部隊長達。

そして研究魔術師長。


なんだこのメンバーは?

そう思いながらも囲まれて無機質な廊下を歩いていく。


半月の間、不自由な環境でもトレーニングを欠かさなくて良かった。

面談以外することがなかったせいもあるが、出たらすぐに現場に出ることを思うと体をなまらせるわけにはいかないと、華岡は自主的に体を鍛え続けていた。

そのおかげでみっともない姿を見せることなくしっかりとした足取りで歩くことができる。


華岡は現場を中心に動く戦闘魔術師であるため魔術庁本庁は用事がある時しか訪れず、建物内部を詳しくは把握していない。

そのため今自分がどこを歩いているのか、全く見当がつかなかった。


「どこへ向かっているのですか?」

尋ねたけれど、華岡の問いに誰も答えない。


やがてエレベーターに乗せられる。

まるで観光地にあるような大人数が乗れるような大きなエレベーター。

高速で動いているのが分かるけれど、その時間が長く階数表示もないため自分が昇っているのか下がっているのか分からなくなるほどだ。

恐らくは、下へ降りている……?


深く、深く──。

ようやく降り立った広いエレベーターホールは、最小限の照明に抑えられて薄暗い。

隣にいる弓削達の顔もよく判別できないほどだ。


華岡はもう何日も日の光を浴びていないことを改めて思った。

とにかく早くこの建物から出て、日の光を浴びたい。

そして、妻と息子に会いたい──。


そう思いながら正面の無機質な扉の前に立った。

その扉が開いて……。



──眩しい…………!



そこがどんな場所かを把握する前に、華岡は思わずその眩しさに目をつぶり背ける。


瞼の裏の明るさに慣れてようやく目を開けると、そこには半球型の広い空間が広がっていた。広さで言うと野球のグラウンドよりも少し狭いといったところか。とにかく広い。

天井の高さは数十mもあろうかという、屋内でありながら広い空間。

目に見えるところに強い照明があるようには見えず、天井全体が発光し柔らかく空間全体を照らしていた。


その空間は円周の部分が2段ほど高くすり鉢状になっている。

正面には立派な机といすが並び、上段中央に魔術庁長官、その両脇に副長官2名が座っていた。その下の段には幹部達が。


その両脇から延びるような円周の段の上にはずらりと人が座っている。

その数……100名以上?

半分近くは自分もよく知る、日本全国に散らばった戦闘部隊の部隊長や副隊長達だ。

第6部隊は副隊長の田野上の他に分隊長達もいる。

他には組んだことがある治癒魔術師達や魔道具師達も。


華岡達はエレベーターホールから入ってきたため最下層の広い空間に立ち、その面々に見下ろされている形だ。

見ると同じ最下層の端に風祭彬と秋月紗良が長椅子に座っている。

2人の距離は近く、手をつないでいるようだ。


これだけの人数が集まっているのに、誰一人声も物音も立てていない。

響くのは自分達の足音だけ。


華岡を最下層の広い円の中央に置かれた椅子に座らせると、弓削戦闘魔術師長や部隊長3人はエレベーターホールに通じる扉の前に置かれた椅子に座った。

まるで華岡が退出するのを防ぐように。


──なんだ、ここは。これはどういう場だ?


華岡はこの状況を理解しなければと必死で考える。


──これは単に自分の抗議を聞く場ではないのではないか……?

華岡は指先が冷えていくのを感じていた。



「久しぶりだな、華岡」


魔術庁長官から言葉をかけられ華岡は頭を下げる。


「この半月あまりの研修について、抗議したいと聞いている」

「はい。この半月の扱いは研修と呼べるものではありません。

なんら理由の説明もなく不当に閉じ込められていると感じています。その理由の説明を求めると共に、早急な解放を願います」


その華岡の言葉に、長官は「なるほどな」と淡々と答えた。


「今日この場で起きること、発言は全て公式文書に残されることになる。そのような場であると認識するように」


長官の言葉に華岡は「はい」と答える。

そのような場の方が、責任あるやり取りができるはずだ。


「今回のこと、お前自身は心当たりがないか?」

「全くありません。不当な拘束と思っております」


「──1つ尋ねたい。強大な敵の出現の可能性にあたり、魔術庁としては番達の関係を深め魔力を強化させることにより、強大な敵に向かうという方針である。 

そしてお前の部下の風祭と、学生である秋月が番だ。 

そのことについてどう考えている? 

第6部隊隊長としての意見と、個人としての意見を尋ねたい」


2つの立場での回答……?

その質問に違和感を感じながらも、華岡は口を開く。


「第6部隊隊長としての意見ですが。

古くから強大な敵が生まれる度に、この国は番が禍を討ち倒してきました。 

番達が互いに魔力を強化し敵に向かうのは、当然の使命と考えています。 

番とは大変な使命ではあるが名誉なことであろうと考えるので、上司としては決戦の時に備え厳しく鍛えねばと思います。 

学生の秋月は預かる形になりますが、同じく能力を鍛えてやらねばと考えます」


「秋月の能力を鍛えるというのは?魔道具師の能力はお前には鍛えるのは専門外であろうから、現場での風祭への魔力強化を指導するということか?」


そう問われ、華岡は一瞬言葉に詰まる。


──秋月紗良による風祭への魔力強化を、自分は指導しただろうか。


訓練に立ち会うことは、した。

だが具体的な指導をしたか……いや、自分の部下である田野上や他の隊員達が指導している。それは自分の方針ということになるだろう。 


「はい」

「なるほど。それが部隊長としての考えだな?お前は、その考えに沿って指導してきたというわけか」

「はい。もちろんです」


質疑の場は、華岡と長官以外の声や物音は何も聞こえない。

空間の造りのせいか、あるいは音声拡張の魔道具でも設置されているのか、普通の声量で話していてもその声は隅々まで響き渡っていた。


「では個人としての意見を尋ねよう。お前個人として、番が魔力強化により強大な敵に向かうこと、そしてそれが風祭と秋月であることをどう思っている?」


「なぜそこを分けて尋ねられるのか分からないのですが……」

華岡はそこで言葉を止めた。


個人としての意見……?

部隊長としてではなく、個人の意見……。

正直なことを言うのならば……。


「風祭と秋月の2人には、番として組むことを望まないか?」


静かな空間に響いた長官の言葉に息を飲む。


「番2人の合同訓練に対するお前の姿勢に、複数の第6部隊隊員達から疑義が呈されている。

そして実際にその場を見た戦闘魔術師長からも同様の報告を受けている」


第6の部下達や戦闘魔術師長から?

身近な仲間達からそのような声が出ているなど思いもせず、華岡は怒りで身を震わせる。

そんなことはある筈もないのに……!


「こと秋月に対して、現場での戦闘を断念させようとしているように見えると。 

ひたすら厳しい言葉を浴びせるのみで指導と呼べるものは行っていないと聞いているが、それは事実か?」


……そう問われると、すぐに否定はできない。


「風祭個人を鍛えている時は庁の方針と違いなかったと聞いている。

それが秋月との合同訓練に入った途端に、方針とは違う方向に早急に導こうとしていると。番2人が戦うのが気に入らないのか?」


──違う。

そうではなくて……俺は……俺が引っ掛かっているのは……。



「それとも──秋月紗良が番であることが気に入らないのか?」



……ああ、明確に言葉にされてしまった。

こんな大勢の前で……。


華岡は目をつぶり、なんとか息をする。

心臓が飛び出るのではないかというくらい音を立てている。

手足の先がしびれるようだ。


ようやく目を開けた時、つい視線を動かしてしまった。

そこに見つけるのは、緊張した面持ちでこちらを見つめている少女の姿。

背筋を伸ばし膝の上で拳を握りしめているその肩を、風祭が抱いている。


その姿に、幼い子供の姿が重なる。

子供……秋月紗良の小さい頃か……それとも、息子の光輝なのか……?


その子供の姿を追いながら、華岡はずっと心に秘めてきたことを口にした。


「なぜ秋月紗良に番として戦えと命じることができるのか、私には理解できません。魔術庁は間違っていると思います」


決して大きくはないその声は、だが空間中に響き渡り。

それまで物音1つなかった空間に、複数の人物の息を飲む音が初めて生じた。

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