58. あなたのための魔道具
学園に戻った私達はまず学園長先生のもとに行き、数日間の工房の貸し切りを願い出ました。
他の生徒の利用に制限をかけてしまうことになりますが、もう終盤ではあるもののまだ夏休み中のため、無理を承知で頼み込んだのです。
学園長先生の返事はあっさりしたもので、
「許可する」
の一言でした。何も尋ねてこないのが学園長先生らしいとも思います。
「あれは聞いてるか、勘づいてるな」
「私もそう思います」
工房に向かうと、魔道具科の先生達が利用していた生徒を退出させてくれていたところでした。
もう始業式が間近のため里中くんや弥生ちゃんの他にも2~3名の生徒がいましたが、皆工房から出されています。
これはお詫びを言わないと……。
「あの、皆、作業をしていたのに中断させてごめんなさい……」
「迷惑をかけて申し訳ない。感謝する」
私達2人が頭を下げると皆何か尋ねたいような顔をしますが、先生達の視線がそれを封じます。
里中くんが、すれ違う時に
「なあ大丈夫か?何か俺にできることがあれば言えよ?」
と言ってくれたのに「ありがとう」と微笑んで返します。
里中くんは風祭さんの方をちらりと見た後は何も言わず去っていきました。
先生達も
「邪魔はしないけれど、どの科の教師も何かあればすぐに対応するから。その時は声をかけなさい」
と言って去っていきます。
改めて閉められた工房の扉を開け、窓を開けました。
部屋の中に、夏の木々の合間をぬった風が通り抜けていく……その清らかな風を、目をつぶり全身に感じて。
ロッカーから、先ほどまで作っていた1本の石の杖を出しました。
「ああ……」
感嘆したような声を上げて、風祭さんがまだ完成していないそれを手に取ります。
「ここまで仕上げてくれていたのか。……すごいな。山で感じたよりも、もっと強い力を感じるよ」
静かに眺める風祭さんに
「石が応えてくれました」
と言うと感慨深そうです。
「風祭さん。石に、杖に、今の風祭さんの状況をまず伝えましょう。華岡隊長を討つかもしれないということを。そうすることで、これからの仕上げの工程をより受け入れてもらいやすいと思います」
そう言うと風祭さんはしばらく考えて、杖を取り椅子に座りました。
そして「紗良」と私を呼びます。
「隣に座っててくれるか?」と。
そんな場合じゃないのに、私を呼んでくれたことが、頼りにしてくれたことが嬉しくて。
その隣に座ると、風祭さんは私の頭をそっと肩に乗せるように寄せました。
風祭さんは両手で杖を目の前に掲げて、じっと見つめています。
番の紋が熱くなったり、痛くなったり──。
風祭さんが心の中で、色々なことを杖に語りかけているのが分かります。
そして、それを受けた杖がキラキラと輝きだすのも。
「伝えられたと思う」
その声に、私は頷きました。
ここから杖を仕上げていかなければいけません。
「まず長さや持つ部分の太さという物理的な希望を確認させてください。それに沿って形を整えていきますが、その時に風祭さんの魔力も杖に馴染ませていきましょう」
全体の長さ、どこを持つのか、どう振るのか、重心はどのあたりに……。
そういうところを確認して、いよいよ磨きに入ります。
風祭さんにもエプロンをつけてもらい、ゴーグルをつけてもらって。
研磨機の前に座った私の後ろに立ってもらいました。
「まずは機械で磨きます。その都度仕上げを確認してもらいます。この段階では、私の番の紋に手をあてていてください。まだ魔力を送るまではしなくて良いと思います」
「了解」
風祭さんの指が私の左の首筋に乗せられて。
それだけで、魔力が湧きおこってくるのを感じます。
それが体の中をゆっくりとめぐり、体の隅々まで満ちるのを。
息を吸って、吐いて。
「始めます」
あなたのことを、この戦闘魔術師が求めているの。
この人はあなたの力を必要としている。
力を貸してほしい──。
研磨して、握ってもらって、振ってもらって、また研磨して。
「これからは手で磨きます。」
ここまで来た時にはもう窓の外は暗くなっていました。
もう深夜と呼べる時間帯に入ろうとしていたのです。
「紗良。今日はここまでにしよう。お前の負担が大きい」
風祭さんの提案に、私は困惑しました。もう長く作業してはいますけれど、集中力は全く途切れていなかったのです。
「……あの、風祭さんは疲れていますか?」
「いや俺は全然」
「じゃあ続けることは、だめですか?こういうのは流れも大事な気がして……」
「俺はいいんだけど。というか、早く作ってくれるのは本当にありがたいんだけど。でも無理をさせたくないんだよ」
風祭さんは少し困ったように笑いました。
「じゃあ、どちらかがもう無理!ってところまでやりましょう」
「そうするか……頼むから無理はするなよ?」
「はい!」
「最終の磨きは私の紋に魔力を流してもらおうと思います……どういう感じで流してもらうのが良いでしょうか……」
やすりで磨きたい。
でも、魔力を流されると体がなんというか……しっかり保てなくなるのです……。
風祭さんに体を支えてくださいっていうのは甘えすぎかな……チラッと見上げると、風祭さんは少し考えたあと両手を広げました。
……良いのかな?
「良いよ。やりやすいようにやろう」
やすりをかける作業台に合わせて、別の低い大きい作業台を引っ張ってきて。
そこに風祭さんが脚を広げて座って、その間に私が入らせてもらいます。
風祭さんが私の後ろから手を回し、ゆったりと私のおなかを抱えるようにしてその前で手を組んで。
私の首の紋におでこを寄せてきました。
そしておでこをすりすりとしたあと頬を寄せ、肩に顎を軽く乗せてきます。
……どうしよう、ドキッとしてしまった……。
私が風祭さんの紋におでこや頬をすりつけることは何度もあったのですが、風祭さんが甘えるような行動はしたのは初めてです。
……嬉しいな、と思ったのですけれど。
これから杖を仕上げなければいけないのです。
こんな考えはどこかにやらないと。
意識をリセットするために外に目をやると、工房の網戸に沢山の虫が群がっているのが見えました。
この工房は、圧倒的な山の暗闇に浮かぶ光の舟です。
暗闇からザワザワと、沢山のモノ達がここにすがりつこうとして。
でも昔ながらの蚊取り線香の煙がたゆたい、そして網戸で明確に境界が区切られて、それらのモノ達が入ってくることを許しません。
ここは障りあるものを祓う魔道具を作る場所。
禍から守られている場所なのです。
──よし、頑張ろう!
改めて気合を入れました。
「では、始めます。魔力は少しずつ流してもらえますか?」
「わかった。止めてほしい時は言えよ?」
「はい」
杖を濡らして、やすりを持って……。
「──っ」
私の体に流れ込んでくる風祭さんの魔力が、私の魔力と混ざります。
番の紋が熱くなる……。
細胞が作り変えられるような悦びに、力が抜けそう。
でも後ろから風祭さんが支えてくれるから、頑張ってその混ざった魔力を杖に込めていきます。
この杖が、風祭さんと馴染みますように。
この杖で、風祭さんが力を思う存分振るえますように。
そしてこの杖が、華岡隊長が良い方向へ向かってほしいという風祭さんの願いを隊長に伝えてくれますように……。
体を震わせて、心を震わせて。
番の紋はこれ以上ないほどに熱くなっていました。
そして、もうどれくらいの時間が経ったかも分からなくなった頃。
カチリという感覚と共に磨き終えた!と思ったその途端、杖がどんどんキラキラと光ってきて……。
「──あっ……!」
風祭さんが私の紋に歯を立てたのです──。
体中の細胞が、沸き立ちました。
朦朧としたけれど……今、ここで魔力を込めるのです。
魔力を、そして願いを。
どうか、華岡隊長を良い方向に。
祓われたその後にも穏やかに。安らかに。
どうか、そのことを願わせて──。
杖が眩しいほどに光りました。
気付くと後ろから風祭さんにきつく抱きしめられていました。
「紗良。ありがとう……」
風祭さんは静かに泣いていました。
「……杖、できました?」
ぼんやりと尋ねます。
「うん。これ以上ないくらいのものが」
「良かった……」
外を見ると空には朝焼けが。
夜の闇は静かに去り、うっすらと明るくなってきた夏の終わりの空。
うっすらと、でも確かに差すその朱はこの世のものとは思えないほどの美しさでした。
それをぼんやりと眺めながら、ゆっくりと振り返りました。
お互いに見つめあって。
私は腕を風祭さんの首に回し、風祭さんは私の背中と頭へ腕を回して。
私達はそっと唇を重ねました。
何度も、何度も。
お互いの存在を魂に刻み込むように。
* * *
「朝日が眩しい……」
爽やかな8月の朝。
工房を片付けて出てきた私達は、ヨレヨレでした。
このまま私は寮に、風祭さんもゲスト棟に行って仮眠をとることもできるのですけれど、そうすると多分しばらく起きられません。
2人ともそれくらい疲れ果てていました。
それでは学園長先生や先生方への報告が遅れます。
そのためシャワーだけ浴びて、もう一度集まりました。
ああ、朝日が眩しい……。
でも夏の終わりの朝、山を背景にした木陰のベンチは心地よいです。
寮の自販機で買ってきたパンとコーヒーを風祭さんにも渡して、私達は隣に座ってピタリとくっつき手を繋ぎ指を絡めながら、片手でパンををモソモソと食べました。
「うまいな」
「昨日の朝から何も食べてませんからね」
「今度ラーメン食いに行こうぜ」
「いいですね。風祭さん、塩味の美味しいラーメン屋さんって知ってます?私まだ美味しい塩ラーメンに出会ったことがなくて」
「ついこないだ入った店がうまかったよ」
「じゃあ、そこに!」
「おう」
杖ができた安心からか、穏やかに平和な会話を交わします。
──そんな中で、私は1つ確認したいことがありました。
「風祭さん。あの。戦後の番のご遺族からの話って伯父さんから聞いてます?」
「うん。聞いたよ」
「……戦いが終わった後のこと、聞きました?」
私の質問に、それまでボーっとしながらコーヒーのペットボトルを傾けていた風祭さんの動きが止まりました。
「……番の紋が、消えたって、聞いた」
区切るように言うと、こちらを向きました。
番解消のことも聞いていたのですね……。
「……はい。そうらしいです。強大な敵を倒すと、番はその役目を終えるみたいで。番の紋は消えてつながりも消えるらしいです」
それはきっと、私達にも同じことで。
「もし戦いが近いなら」
息を吸って、吐いて。
言葉が揺れないように。
「私達が番であるのも、あと少しかもしれません。
私、その終わりを風祭さんと離れたところで迎えたくありません。
戦いの時は、杖を預けるだけじゃなくて私も一緒に連れていってほしいです」
風祭さんはじっと私を見つめました。
「……危ないかもしれない」
「構いません。そのために頑張ってきました。一緒にいたいの」
私もしっかりと風祭さんの目を見つめて言いました。
風祭さんは少し困ったように笑うと私の頬を撫でて、そして服の上からそっと番の紋に口付けました。
「紗良が一緒に来てくれるなら、俺はきっと頑張れる。一緒に、戦ってくれるか?」
「……はい!」
嬉しくて、涙が出そう。
──昨日、私達が魔道具を作っていたその最中に魔術庁で会議が開かれたはずです。
華岡隊長が強大な敵の可能性があると、正式に認識され共有される会議が。
もし本当に彼がそうであるならば、戦いは近いかもしれません。
私達が番である時間も、あと少ししかないかもしれない。
それでも、頑張って前に進もう。
そして、この紋が消えるまでのあとわずかな時間を大切にしよう。
指を絡めおでことおでこをくっつけて、そして互いの番の紋に熱を感じながら、私達は静かに決意をしたのでした。




