56. 強大な敵の可能性
8月も終盤のある日の午後、魔術庁の大会議室では極秘の会議が開かれていた。
長官をはじめとする事務次官、局長といった本庁幹部達。
戦闘魔術師長、治癒魔術師長、魔道具師長、研究魔術師長という魔術師の四長達。
厳選されたメンバーが集まる中、研究魔術師長が静かに説明を行っている。
『強大な敵の出現を事前に察知するため、研究魔術師は全国の瘴気の探索を密に行ってきました。
如月の際は瘴気を探知する魔道具が一斉に計測不能となる予兆があり、その後魔道具が消滅したため、今回もそれを警戒しています』
『番誕生以降しばらくは何事もありませんでしたが、今年の夏になって、ある地点の瘴気が急激に増えては元に戻るという事象が起きました。
その後、また別の地点で同じような事象が度々起きています』
『数値として振り切れるまではいかないけれど、戦闘魔術師が向かっていないのにそれが急速に収まる。 これがたびたび起きるのは何らかの事態を示すと捉えています』
『問題は、その場所です。
瘴気の値が最初に上昇したのは、この魔術庁。
そして場所を変え1ヶ月ほど前から度々観測されているのは、第6部隊本部』
ここまで研究魔術師長が説明した段階で、幹部達や治癒魔術師長や魔道具師長の顔が強張った。
……魔術庁?……第6部隊本部?
弓削戦闘魔術師長の顔を見るが、そこには何の感情の揺らぎも見て取れない。
既に何かしらの話がついているようだ。
研究魔術師長が話を続ける。
『最初に異常な数値を記録してから、我々はこの魔術庁内の人の動きと会話の分析を行ってきました。
該当日に庁内にいた者の会話の記録を全て洗った。
そのどれが該当しているかを分析している最中に第6部隊にも反応が出始めたため、分析対象は限られていきました』
『その結果、最初に庁内で数値が急激に増えた時の会話がほぼ特定できました。これです』
会議室前面の大型スクリーンに、庁内各所に設置されている防犯カメラの記録映像が映し出された。
映っているのは、藤原と──。
「華岡……」
藤原の呟きが響いた。
『──二宮さんが?そうしたら教師陣だけでは秋月を守れるか分かりません。それに、また番だけで送り込まれるかもしれない』
『──風祭の努力とか未成年の秋月の立場なんて、容赦なくねじ伏せられる』
『──お前ら現場の奴らはずるいんだよ。中央の奴らから不憫な若者を守るって姿勢を取ってるけど、如月の時の罪滅ぼしにあいつらを使ってるだけだろ。自分はそんなつもりじゃなかったって逃げる場所がある奴は良いよな』
『──少しはお前も動けよ。もしかしたら今この瞬間に敵が出現したらどうなるかって考えてな』
映し出された会話。
「これが……?」
藤原は過去の自分の感情的な会話が公になるとは思っていなかったため内心憤りを覚えるが、この会話の内容自体は魔術庁に属する者として間違ったことを言っているとは思わない。
この会話に何か問題があったのか?
『この会話の最中と直後の時間、観測魔道具の瘴気の数値が急速に上がりました。
それから後、この1ヶ月あまりは第6部隊本部の瘴気の値が、振り切れるまではいかなくても頻繁に上昇しています』
『以上のことから──』
研究魔術師長は一度言葉を切った。
そして弓削戦闘魔術師長へ一度視線を向けた後、再び口を開く。
『第6部隊隊長の華岡誠は強大な瘴気を纏う可能性があると、私としては申し上げる』
誰かの息を飲む音が会議室に響いた。
「……第6で観測魔道具が反応するからといって、華岡だと断定したのは何故だ?
他にも隊員や事務員は多くいるだろうし、そもそもは近隣の一般人の瘴気を拾っている可能性もある」
事務官からのその質問は、魔術庁に属する者がそうであってほしくないという希望を隠しきれない質問であった。
しかしその願いは華岡の上司である弓削戦闘魔術師長によってへし折られる。
「私自身の目から見て、華岡の様子がおかしいと思っています。
先ほど第6で瘴気が観測されるようになったのがこの1ヶ月ほどと研究魔術師長から報告がありましたが、それは番2人の合同訓練が決まった時期と重なります」
「その合同訓練に対して華岡の難癖がひどく、また他の隊員への許容範囲を超えた指導について、副隊長やその下の分隊長からの陳情が上がっておりました。
番の現場での共闘の可能性をつぶそうとし、番を離そうと圧力をかけているように感じられると。
またそのためかは分かりませんが、風祭が単独で戦いそれを他の隊員がサポートすることを想定した訓練に偏っていると」
「私自身が華岡の指導の様子を見て、今の華岡は魔術庁の方針に従う意思なしとみなし、先日より隊長職を停止させています」
戦闘魔術師長の淡々とした報告に、誰からともなく唸り声が漏れる。
「……今、華岡は?」
「研修という名目でこちらに寝泊まりさせています。あくまでも職員の一人としてなので拘束などはせず、面談などで考え方を探っています」
そして、ここで誰もが気になっていたことへの質問が出された。
「長官──、これは、華岡が『強大な敵』となる可能性があると見なされている……ということで宜しいのでしょうか……?」
沈黙が落ちる。
その沈黙が長かったのか短かったのか、その場にいる誰もが分からなかった。
しかし、それは短い返答で破られる。
「そう、捉えている」
その場の全員が息をつめ、そして、長く息を吐いた。
* * *
一体自分はなぜここに閉じ込められているのか──華岡は魔術庁の研修のための宿泊室の硬いベッドの上で考えていた。
机とベッドと風呂とトイレと洗面設備。
この部屋だけで生活は成り立つけれど、テレビどころか時計もなく通信手段は全て取り上げられている。
弓削戦闘魔術師長や人事の者達は「宿泊研修」と取り繕うけれど、この状態を軟禁と言わず何と呼ぶのだろうか。
最初の頃は体内時計で時間を数えていたが、それも曖昧だ。
弁当の数から推測すると、恐らくは第6部隊本部からこの部屋に移されてから1週間ほどが経過していると思われる。
時折訪れる人事課の職員にこの軟禁の理由を尋ねてもはぐらかされて、何が目的なのか分からない。
日中は任務に関すること、戦闘魔術師としての役割、魔術庁に対する考え方などを問われる面談を受け続けている。
なんだ、この学園を出たばかりの新人のような扱いは……!
華岡は苛立っていた。
『お前は今、物事を客観的に見ることができていない。それでは一部隊を任せられない』
第6部隊の訓練場で弓削戦闘魔術師長に言われた言葉を、華岡は何度も反芻している。
部下のこれまでの努力と今後の成長を思い、学生の今後を憂い暗い過去に思いを寄せることはこのような扱いを受けるほどのことなのか?
そんなことはないだろう。
如月の戦いから10年近く経った。
にも関わらず、魔術庁は再び強大な敵のことばかり見て個人を犠牲にしようとしている。
何の反省も見せないままに。
このままでは若い2人をまた死の最前線に立たせてしまう。
なぜ、皆それを良しとするのか。
なぜ、如月の戦いを反省しないのか。
華岡は苛立ちを抑えられない。
なんとか自分だけでもあの2人に寄り添ってやらなくては……。
そして、幼い秋月紗良の泣き顔を思い出すと同時に息子の光輝と妻の顔が浮かぶ。
もう1週間も無断で家に帰っていない。
妻や息子がどれほど心配しているだろう。
とにかく早くここから出て2人に連絡を取って安心させてやりたい。
華岡は弓削戦闘魔術師長と人事に正式な抗議を申し入れることを決めた。




