53. 職務停止 1
第6部隊、訓練場。
昨日 裏山で風祭さんと素材探しをした私達は、今日はここ第6部隊本部で苛烈な訓練を受けていました。
普段は第6部隊の方達からの攻撃を受けるのですが、今日は近隣の第5部隊・第7部隊・第9部隊の隊長・副隊長6名との実戦訓練なのです。
それを第6部隊の方々だけでなく、弓削戦闘魔術師長が見学しています。
これまでの番2人の合同訓練がどの程度の成果を上げているか、戦闘魔術師長に見ていただく訓練です。
隊長3名と副隊長3名からの攻撃を受け続けるのは、キツい……ものすごくキツいです!
風祭さんが隊長2名からの攻撃を受けて応戦している最中、私に対して隊長1人と副隊長3人からの攻撃が襲ってくるのです。
跳ね返して、結界を張りなおして、文字通り四方からくる攻撃を感知してまた跳ね返して。
魔力がどんどん削られていきます。
つらい……。
見ると風祭さんも苛烈な攻撃を受けて魔力が弱まっています。
隙を見て少し離れていた風祭さんの傍に駆け寄ると手を伸ばされました。
その手を掴むと強く抱きこまれて、その瞬間にお互いの魔力を一気に回復して。
またすぐに離されると、後ろで風祭さんが隊長を1人崩したのが見えました。
私についていた隊長と副隊長が一人ずつ風祭さんに移ります。
これで、私には副隊長が2人。
また同じように攻撃を跳ね返して、また風祭さんの傍に行って抱きかかえられて離されて、また攻撃を結界で防いで──。
最後の一人の部隊長になった時、私はもうガタガタでした。
きっと、風祭さんもそう。
私を襲う人は誰もいないので、風祭さんの、傍に……!
風祭さんが私を抱えるのと、隊長が大剣を構えるのがほぼ同時……これでは詠唱は間に合わない!
そして隊長レベルの敵では、番の効果があっても指を鳴らすなんてことで倒せるわけもない!
結界を張らなきゃ。
風祭さんを守らなきゃ。
抱きこまれて魔力を回復した私が2人を包む結界を張るのと、風祭さんが魔道具を召喚するのはほぼ同時でした。
この前、私が風祭さんの手の記憶を伝えた短剣を。
斬り込んできた部隊長の攻撃が私の結界で少しだけ弱まり、それを風祭さんは短剣で横にはじいて──激しい衝撃が起きました。
風祭さんに抱きこまれて衝撃に耐えた私が恐る恐る顔を上げると、そこには最後の部隊長が床に倒れています。
「訓練止め!」
この声は、弓削戦闘魔術師長でしょうか。
──終わった……!
崩れそうになる私を抱きしめて「よく頑張った」と風祭さんが褒めてくれました。
そして立っていられない私の腰を支えて、小さな声で囁きました。
「あともう少し頑張ってくれ。傍にいるから」
はい。
この後に起こるであろうことは、あらかじめ昨日聞いているから大丈夫です。
「風祭!秋月!」
風祭さんの胸に頭を預けて頷いた私に、訓練場に響き渡るほどの怒声がぶつけられました。
大人の男の人の怒鳴り声に体が硬直するけれど、風祭さんが安心させるように抱きしめてくれます。
大丈夫、この後に起こるだろうことは説明を受けているから。
大丈夫、風祭さんが傍にいてくれるから。
だから、私達を怒鳴った人に顔を向けます。
「今の戦い方はなんだ!」
そこには顔を歪めながら私達を怒鳴りつける、第6部隊の華岡隊長がいました。
■ ■ ■
『今の段階の番2人の戦闘の出来上がりを見たい。第6が相手だと慣れているだろうから、近隣から部隊長と副隊長を連れていく』
戦闘魔術師長の言葉に、第6部隊隊長の華岡は身が引き締まる思いがした。
各部隊を廻っていた風祭が戻ってから1ヶ月あまり。
その後の秋月との合同訓練は主に自分達が率いる第6部隊が任されていた。
その成果──。
風祭はよくやっている。大丈夫だ。
だがそこに秋月が加わるとなるとどうだろう。
まだ学生で、しかも魔道具科の生徒。攻撃は習わず防御に徹するのみ。
その戦い方に華岡は正直なところ疑問を持っている。
瘴気の攻撃対象となる者がただ周りをウロチョロするだけでは戦闘魔術師の邪魔である。
それであれば強力な魔道具を作り、戦場の外からのサポートで良いものを。
そうすればあの少女もかつてのことを思いおこすことも減り、その心がまた傷つくこともないだろうに。
そんな思いで今日の訓練を見ている華岡は、その2人の戦い方に愕然とした。
ただひたすら駆け回り攻撃からウロチョロと逃げる秋月。
魔力が減ってくるとその秋月を抱きかかえて補給して、攻撃を繰り出す風祭。
……風祭……倒れこむまで魔力の枯渇に耐えて手に入れた強さへの執念はどうした!?
……秋月……5年余りの学園で学んだことは、ただ走り回り男に抱え込まれることか!?
風祭が隊長と副隊長の6人をたたき伏せた段階で、隣に立つ弓削戦闘魔術師長から訓練を止める言葉が出た。
その途端。
「風祭!秋月!今の戦い方はなんだ!」
華岡は叫ばずにはいられなかった。
副隊長の田野上が制止の目を向ける。
今日は戦闘魔術師の頂点である弓削が見に来ている訓練。
それを弓削の言葉を待たずに感情的な声を張り上げることは、弓削に対して無礼であることは華岡も分かっている。
だが、怒りを抑えることができなかった。
「風祭!お前、自分が今まで積み上げてきたものを全く無視した戦い方になっている自覚はあるのか!? 非戦闘員の女を抱え込んで力をもらって戦うってなんだ!?お前はそれでも戦闘魔術師か!?」
風祭は黙って聞いているが、その瞳に動揺は浮かばない。
華岡はそのことに怒りを覚えながら、秋月紗良を見た。
戦闘はいつ起こるか分からないということで今日は制服姿の少女は、風祭の腕の中に抱きかかえられてこちらを見ている。
そう、抱きかかえられている。
華岡は、この少女が抱きかかえられている姿を以前も見たことがあった。
深夜の住宅街。暗闇の中、母親と共に玄関から出てきたこの子にクラクションを浴びせ、強いライトを照り付けた。
あの時華岡が目にした少女は母親に肩を抱かれていたけれど、今は男に抱きこまれている。
自分の番に。片桐陽一の隣から離れなかった、如月の番の治癒魔術師のように。
「秋月!お前は魔道具師だろう!逃げ回り男に抱かれてそれで敵を倒しているつもりか!
お前は体を使って男を堕落させている自覚はあるのか!?如月の、お前の親父の番と同じことをしているんだぞ!?」
秋月紗良は体をビクリとさせ、口を震わせた。
風祭の腕の中で。
「隊長……!それは秋月に対する侮辱が過ぎます……!」
その風祭から鋭い声が発せられる。怒りを孕んだ非難の声だ。
その腕は少女を離すことなくきつく抱きかかえたままだ。
「2人共そんな姿を魔術師長や部隊長達に晒しながら勝って、本当に恥ずかしくないのか!?」
そう叫んだ途端。
「華岡、そこまでだ」
低い声と共に強い魔力が場を一気に制し、その場の全ての者の自由が奪われる。
──弓削戦闘魔術師長だった。
その弓削が手をサッと払うと、華岡の周囲の者に動きが見られた。
風祭が秋月紗良の顔を覗きこみ何か尋ねて、頭を撫でながらまた肩を抱きよせている。
華岡は、まだ体が動かせなかった。華岡だけが。
なぜ自分だけ拘束を解いてもらえないのか──その思いが通じたのか再び弓削が手をざっと動かし華岡の拘束が解かれる。
弓削が華岡の目を見た。
「華岡。今この時からお前の第6部隊の隊長としての職務を一時的に停止し、副隊長の田野上を代理で就かせる。これは戦闘魔術師長からの正式な命令だ」
静かな声と冷たい目で見つめながらの発言。
──職務、停止?俺が?
「何故ですか!?」
「お前は今、物事を客観的に見ることができていない。言い掛かりをつけて下の者の人格を感情的に冒涜するなど、指導とは呼ばん。それでは一部隊を任せられない」
「客観的に見た上での先ほどの意見です!」
「お前の考えは魔術庁で聞かせてもらう。このまま一緒に来い。部隊長達も共に来るように。
田野上には追って連絡する。部隊内に動揺のないよう通常通りの任務を続けろ。
他部隊の者は、このことは他言無用」
その淡々とした指示に華岡は奥歯を噛みしめる。
部下の成長を思い、学生の進路を正そうとしたこの身にこれほどの侮辱を与えられる覚えなどない。
華岡は激しい怒りに身を震わせながら、3人の部隊長達に囲まれて訓練場を後にした。




