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50. 明かされる違和感

第6部隊の訓練場。

「訓練止め!」という厳しい声で私は動きを止め、大きく息を吐きました。


今日は3人の隊員の方達から絶えず攻撃が繰り返されるのを風祭さんが応戦して、私は自分自身を防御しながらついて回るという訓練を受けています。


「秋月!何回死にかけた?」

華岡隊長の言葉に息を小さく飲み「2回です」と答えます。


「これが現場ならおおごとになっている」

「はい。申し訳ありません」


首筋の紋がチクりと痛くなります。

隣に立つ風祭さんを見ると、無表情に前を向いています。

でも、この痛みは私じゃなくて風祭さんの痛みですよね。

……怒ってる?

私に?それとも……。


「その2回とも私がカバーしました。そういう訓練ができたのも良かったと思っています」

「風祭。秋月を甘やかすのはお前の命取りになる」

ズキリときます。私の甘えが風祭さんの命取りに……。


風祭さんの腕が私の背を後ろから支えるように添えられました。

「秋月はよく頑張っています。今回は背後からの攻撃の9割以上を防げていました。その辺りも評価してやっていただければと思います」


いけない。このままだと風祭さんが隊長に反抗しているようになってしまいます。

「私の力不足と訓練不足のせいです。申し訳ありません。努力します」


頭を深々と下げたところで、事務の人が華岡隊長を「お客様です」と呼びに来ました。

「……魔道具作りに専念することも考えておけ」


去っていく華岡隊長の言葉が鋭く胸を貫いて、下げた頭を上げられません。

……だめ、涙が出そう。


日を追うごとに華岡隊長の私を見る目が厳しくなっていて、言葉が鋭くて、この頃私は訓練後のひと時が怖いのです。

でも頑張ると決めたから、頑張るの。

そう言い聞かせて訓練を受けているけれど、やっぱりズキリときます。

もし私がいることで、皆さんの時間を奪って迷惑をかけているなら……。


「秋月」

田野上副隊長の声が聞こえて、慌てて顔を上げて気を付けの姿勢を取ります。


「……華岡隊長の言葉は気にしなくて良い。俺も訓練を付けている隊員達も、君が甘えてるなどと思っていないし毎回成長を感じている。  

いずれ現場にも出せると思っている。だから、気にせずこれからもちゃんと訓練に来い。良いな?」

そう言う田野上副隊長の後ろでは、今日訓練を付けてくれた3人の隊員さんも頷いていました。


「……はい。これからもお願い致します」

声が震えないように頑張って、頭を下げました。


皆さんが訓練場から出ていき、風祭さんと私だけが残されました。

迷惑をかけていることへのお詫びと庇ってくれたお礼を言わなければと顔を上げようとして。


私は風祭さんの腕の中にいました。ふわりと、柔らかく。

決してきつくではないけれど、かつてのように触れないように背中の後ろで手を組まれる訳ではなく背中を抱えて。


つまり、抱きしめられていました。


「紗良。お前は本当によく頑張っている。胸を張って良い。皆ちゃんと分かっているから」


そう言って抱きしめながら抱えた頭を撫でてくれます。

その声が、腕が、優しくて。

私は風祭さんの背中に手を回して抱きついて、泣いてしまいました。


負けたくない。頑張りたい。

魔道具師として良いものを作りたいし、でも戦闘魔術科で習ってきたことだって活かしたい。


──この人の、隣にいたい……。


声を出さないように堪えて泣く私の頭を撫でながら、風祭さんが静かに、本当に小さな声で囁きました。


「華岡隊長が、少し変な気がするんだ。言ってることが魔術庁の方針と違う。弓削魔術師長や田野上副隊長は魔術庁の方針と変わりがないから、華岡隊長がずれてるんだと思う。

なんか……視野が狭いというか、思い込みが酷いように感じるんだよ。もっと可能性を見てくれる人のはずなのに」


……華岡隊長が、変……?


「もう少し観察する。そして田野上副隊長に相談する。多分、田野上さんも気付いてる。とにかくお前が傷つく必要は絶対に、ないから。……今はこれしか言ってやれなくて、ごめんな」

風祭さんは息をつめるように囁くと、私を抱きしめる腕を強くして髪をそっと撫でてくれます。


きっと今、とても大事なことを話してくれている。

番の紋からは私のものだけではなく、風祭さんの痛みが伝わってきていました。

華岡隊長への違和感が風祭さんの心を曇らせているのでしょう。


私は風祭さんの胸元にスリ、と顔を押し付けました。

トクントクンという鼓動を聞きながら頬を摺り寄せる私の首筋を、そっと風祭さんの指が撫でます。


互いの紋に触れ合う──それで何が解決できるわけでもありません。

でも心地良くて、すごく安心できて。


また頑張ろうと思うことができました。

そしてそれはきっと、風祭さんも。


「──泣いちゃった」

どう切り上げたら良いか分からず、少し顔を上げてへニャリと笑った私の眉間を

「相変わらずよく泣くよな」

と笑いながら、風祭さんが指でグリグリとしてきます。


「行こうか」

風祭さんはもう1度私を抱きしめると、優しく微笑んでくれました。


■ ■ ■


届け物をしてくれた妻と息子を迎えた華岡は

「パパのおしごとばをみたい!」

という息子のキラキラした目に負けて第6部隊本部を案内していた。


パッと見た限りではなんのデザイン性も感じない低層の四角い建物がいくつか敷地内にあるだけの職場。

だが大人には変哲がないものでも、まだ幼稚園児の息子には父の職場というだけでとても興奮するものらしい。 


「こんにちは!」

「こんにちは。ご挨拶ができて偉いなあ」

すれ違う人毎に元気に挨拶をしながら、キョロキョロと見回す息子。

その姿を妻と共に笑顔で見守る華岡は完全に父親であり夫の顔だ。

普段職場で見せている顔とは違う上司の姿を微笑ましく思いながら、第6部隊の職員達はその家族を迎えていた。


「あっちは?」

「あっちは訓練をするところだ」

「みたい!」


事務棟と訓練棟をつなぐ渡り廊下は、大きいガラスが入れられて外を眺められるようになっている。

建物が外部からの視線を遮断する造りになっているため、ここから見える景色や浴びる日の光は貴重で、隊員達の心をいつも穏やかにしてくれる。


そんな少し特別な場所を親子で渡っていたため、気が緩んでいたのか──。

前方から絶対に会いたくないと思っていた相手が来ていることに華岡は気付くのが遅れた。


渡り廊下の向かいから、制服に着替えた秋月紗良が風祭と共に歩いてきたのだ。

訓練が終わってからもう1時間近く経っているため、学園に戻っていると思い込んでいた。


華岡が息子を手元に呼び寄せようか迷ううちに、息子が2人に話しかけてしまった。

「こんにちは!」

「こんにちは」

秋月紗良も風祭も、笑顔で息子に返事を返している。


「ご家族ですか?」と微笑んだ風祭が華岡の妻に丁重に挨拶をする脇で、秋月紗良は話しかけてくる光輝と笑いながら何か会話をしている。


華岡は、その秋月紗良の姿をまっすぐに見ることができなかった。


会いたくなかった。

会わせたくなかった。

……見られたくなかった。自分達の幸せな姿を。


その理由をひと言で言うなら、後ろめたさだ。

目の前の少女の家庭を壊す一翼を自分は担った。

この少女の母親を自分は追い詰めた。

少女の健やかな日常の土台を自分は壊した。


それなのに自分は穏やかで幸せな家庭を築き、妻を子供を守っている。

こんなに何度も顔を合わせながら、あの頃のことを謝ることもせずに。


こんな卑怯な姿を見せたくなどなかった──。

秋月紗良に。

そして、家族や部下にも。


挨拶が終わったのだろう。

2人が自分にも礼をしてすれ違っていく。


振り返ると、風祭が秋月紗良の手をそっと握るところだった。

日の入る明るい渡り廊下を手をつなぎ、何か穏やかに話しながら歩いていく。


「あの女の子、秋月さんとおっしゃるのね。あなたのお友達のご親族?」

「──ああ。秋月の姪だ。」


華岡は10数年前のことを妻に話していない。

権力に屈し友人の妹とその娘を追い詰めたという事実を、どうしても打ち明けられなかった。

だから妻にとっては秋月紗良は「この頃夫が連絡を取っていない友人の親族」にすぎない。


──それで良い。妻に自分の後悔を負わせるつもりはない。そして、何よりも妻に軽蔑されたくない……。


「パパ!くんれんのばしょはあっち?」

「ああ、そのまままっすぐだ」

「くらいよー」

「誰もいない時は電気を消してるんだ。待ってろ、すぐに行くから」


見上げてくる妻に「行こうか」と言って、華岡は動き出した。


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