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48. その葉に寄せるは誰の指

8月の夏休み。

里中広翔は実家へと帰省もせずに学園の魔道具科の工房で自主製作に励んでいた。


今年の夏休みは強大な敵とやらに向けての特別カリキュラムのせいで、教師達が休みも取らずに毎日出勤している。

学園で学べるのはあと半年しかない今、自主製作の品をじっくりと見てもらえる良い機会だ。そのため今年は帰省を見送っていた。


他の同級生も盆明けには戻ると言っていたけれど、初っ端から居残っているのは里中ともう一人くらいだ。

とは言え、そのもう一人は来たり来なかったりなのだけれど。

午後になってもいないということは、今日は来ないのか……そう思った時。


「里中くん?」

澄んだ声と共に、そのもう一人──秋月紗良が工房に入ってきた。


「毎日偉いね」

ふわりと笑いながらロッカーへと向かうこの少女に

「秋月は午後からか」

そう問いかけると、眉がシュンと下がって「そうだね」と困ったように微笑んだ。


秋月はロッカーから短剣を取り出す。

自分の言葉のせいで1年に渡り魔道具を作れなくなっていたこの女の子は、つい先日スランプから抜け出し今は精力的に魔道具を作り続けていた。


「この頃はその短剣に集中してるな」

「うん。頼まれたから」

「頼まれた?学生なのに?」

「……うん」


自分達はまだ卒業していないため、正式な魔道具師ではない。

だから依頼なんて普通はされないのに。

秋月の返事は曖昧で、その辺りをあまり訊いてほしくなさそうだ。


「見せて」

加工台の前に座った秋月の横に立ち、短剣を見せてもらう。


やっぱり、変わった……。


スランプ前の秋月の作る魔道具は本人の個性を徹底的に排除して作られた、魔力を素直に通すことに特化した魔道具だった。

それが先月から再び作り始めた魔道具は、秋月の気配を隠さない魔道具になっていた。


「秋月の気配を感じる」

「うん。使い手の力をうまく引き出せるように材料にお願いしながら作ったの」


嬉しそうに微笑む少女の顔は晴れやかで、里中は良かったと思う。

秋月が魔道具を作れなかった1年間。

そのきっかけを作ってしまったことが申し訳なくて、でもどうすればもう一度作れるようにしてやれるのかも分からなくて。

この1年は里中にとっても苦しみの日々だった。


でも秋月はまた魔道具を作れるようになった。

自分が知らないうちに、知らないきっかけで、知らない変化を遂げて──。


変化と言えば、魔道具のことだけではない。

魔道具を再び作れるようになると同時に、この1ヶ月の間に秋月は日に日に綺麗になってきていた。

元々可愛らしい顔立ちをしていたけれど、幼さが抜けきれない印象の「女の子」だった。

それが、この1ヶ月の間に幼さを脱ぎ捨てて大人の女性へと、花開くように美しくなっていく。

伏せた目の長いまつげも、細い指先も、やわらかく耳に届く軽やかな声も。

決して華やかな美しさではないけれど、気付いた者はもう目が離せなくなる清冽な美しさを纏って、しなやかに里中の横をすり抜けていこうとする。


そのすり抜けて向かう先はどこなのだろう。

それはもしかして、皆が番だと噂をしている、あの第6部隊の──。


「この接合の部分がね──」

短剣の説明をしてくれている秋月のサラサラな髪に、外から舞い込んだ小さな葉が付いているのに気づく。


小さな葉。

今ならそれを取るために、その髪に触ることを許されるだろうか……。


里中は、静かに秋月の髪に手を伸ばした。


■ ■ ■


午前中に第6部隊で合同で訓練をして午後は学園で魔道具を作る。

紗良が夏休み中だからこそ可能な、なかなかに慌ただしいスケジュールだ。


そう思いながら学園に転移すると、そのまま同じ中央棟の職員室に挨拶をする。

教師達はちょうど会議の最中だった。

終わったらすぐに行くので進めておいてくれという伝言を受けて、俺は中央棟を出て魔道具科の工房に向かった。


工房へと歩く道すがら、チラチラと視線を感じる。

夏休み中にも関わらず、高等部の生徒達で自主的に学園に残り訓練や研究を続けている者がいるのだ。強大な敵の出現に向けての自主鍛錬だそうだ。


昨年の秋。

学園から保護者への説明会が紛糾したと聞いた。

結局それを収めたのは教師でも冷静な一部の親でもなく、その現場を見た生徒達だったという。

興奮して暴走する親達の子供が目の前に飛び出て、泣きながらもうやめてくれと訴えたのだ。

自分は覚悟を決めているのだから、と。自分達がこれまで頑張ってきたことを否定しないでくれ、と。

その訴えに親は黙らざるを得なかったと聞いている。


その後学園は強大な敵の出現に向けて厳しいカリキュラムを組んでいる。

その上でようやく与えられた夏休みにも自主的に残っている生徒は、どの科の生徒も魔術師としての志が高い。


そんな生徒達に、俺が学園に出入りする姿を今後は頻繁に目撃されるのだろう。

今まで推測に過ぎなかった番の正体はほぼ確定となり、じきに魔術師だけでなく魔術使い全体に伝わるのは間違いない。

挨拶してくる生徒達に頷いて返事をすると、気を抜けないなと思いながら空を見上げた。



魔道具科の工房の第一加工室の扉や窓は、夏でも開放されている。

山の中で麓より涼しい風が吹くとはいえ冷房が欲しい気温ではあるけれど、様々な素材を切断したり削ったりする関係で換気が必須なのだ。


その開いている入口から中をのぞくと、今日は生徒は2人しかいなかった。

1人は、紗良。

そして紗良が座るその椅子の横に立ち、その背もたれに片手を置きながら紗良の手元の魔道具を見ながら話を聞いている男子生徒。


あれは見覚えがある……確か初めて紗良に会った日に酒の魔道具を作ってきて教師に叱られていた男子生徒だ。

里中、と言ったか。優秀だと思ったけれどこいつも夏休みにも来てるのか。


俯き何かを話している紗良の髪に、外から飛んできたらしい小さな葉が引っかかった。

里中がそれをじっと見て、そっと指を伸ばす。


紗良の髪に、里中の指が触れる──。


触るな。それは、俺の……!


「秋月」


低く穏やかに発した声に里中の指が止まり、紗良が振り返った。


「風祭さん!」

紗良がふわりと微笑んで席を立つと、躊躇うことなくこちらへとパタパタと走ってくる。

「連絡をくれたら迎えに行ったのに」

と見上げて微笑む頭にポンと手を置いて、髪についた葉をそっと取る。


……あー。俺、何やってんだかな。高校生の同級生との交流を邪魔するってなんだよ。


紗良と俺の間はあの海での再会以来、また距離を縮めお互いを大切に思いあっているのは分かっているけれど。

共に戦う番としての立場を脇に置いた時、どういう関係なのかと問われると言葉に詰まるのだ。


夏休みの今はほぼ毎日会っているため、そこを突き詰める必要がない。

そのことを考えなくても、関係が深まっていく。


それでも他の男が紗良の髪に触れようとする、それを止めたくなってしまう俺はどういう関係を求めているのか。


──答えは見えている気がするけれど、その答えを手繰り寄せるのはいつで、何がきっかけになるのだろう。


そう簡単には答えは出ないのが分かっているため、俺は思考を切り替える。


「こんにちは」と小さく挨拶してくる里中に「頑張ってるな」と年長者らしい微笑みを向け、大人らしい振る舞いを装った。


……ほんと、俺、何やってんだかな。

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