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47. 小さな違和感

合同訓練が始まってから1週間。

夏休み中の私は第6部隊本部に通い詰めています。


今日の午前中は、風祭さんと私が1~5mくらい離れて立つ戦闘の立ち回りの訓練です。

実際の戦闘の場面ではこれくらい離れるのだろうなと思われる、一番現実的な距離を想定した訓練ですね。


風祭さんの隣に立って攻撃を受けてそれを防御するというのを初めて行ったのですが……散々でした。


風祭さんは戦闘で動いていますので、その邪魔にならないようにしなければいけない。

でも私にも攻撃が来るから結界を張って、それを弾かないといけない。

それに集中していると風祭さんから離れすぎたり、ぶつかったりしてしまう。


だんだん自分の位置や動きが分からなくなってしまって「あっ」と思った時、目の前に第6部隊の隊員が放った魔力が迫っていました。

ここで結界を張りなおさないといけないというのは頭では分かるのです。


でも間に合わない……!


気付いた時には風祭さんに抱きこまれて、彼の結界に守られていました。


「──訓練ここまで!」

華岡隊長の声で、皆の動きが止まりました。


「秋月!風祭が今守らなければ、お前は瘴気にやられていたのは分かったか?」

「はい」

風祭さんの腕の中から離れて、気を付けの姿勢で華岡隊長の言葉を聞きます。


「現場では魔術師の余裕など構わず瘴気が襲ってくる。多方に注意を向けて対処ができないと命取りとなるぞ」

「はい。申し訳ありませんでした」


華岡隊長の口調は厳しいです。

でも甘やかされるために来たわけじゃありません。戦闘魔術師の祓いの現場に混ざるためここにいるんだから。

私は震える唇をキュッと噛みしめ、華岡隊長と相手をしてくれた隊員の皆様と、そして風祭さんに頭を深く下げました。

華岡隊長が去ったあと「最初は皆そんなもんだから気にすんな」と隊員の皆さんが優しく声をかけてくださるのがまた、情けなさを誘います。


後ろの風祭さんの顔を見るのが怖い……そう思って俯いていると、風祭さんは私の前に来ていた戦闘魔術科の先生に声をかけたのです。


「午後は私が学園にうかがって魔道具作りの予定ですけど、戻る前に秋月と飯を食ってから行っても良いですか?」

……お昼ご飯?戻って寮で食べるんじゃなくて、こっちで?


「構いませんよ。ここら辺はお店が色々ありますからね。美味しいお店を教えていただきなさい。 

でもジャージのままでは……制服は持ってきている?持ってきているなら問題ないわね。お財布は?そう。なら大丈夫ね」

そう言うと、

「じゃあ私は学園に先に戻っていますね」と言って先生はスタスタと去っていきました。


恐る恐る振り返ったら、風祭さんは

「オムライスと魚定食とがっつり肉。どれが良い?」

と優しく微笑んでくれました。


* * *


「おいしい……!」

「うまいだろ」

「硬い卵でしっかり包んであるオムライスは初めて食べました」

「この頃はふわふわな店が多いからな。でも中のチキンライスが、この硬い卵とすげー合うんだよ」

「ソースがチキンライスの邪魔をしないのも良いですね」

「だろ?」


第6部隊本部は、山の手線の比較的落ち着いた駅から徒歩10分。

大きなおうちが並ぶ閑静な住宅街の一角に、架空の会社の研究施設という看板を掲げています。

その周囲には住宅街であるにも関わらず、美味しいレストランやお食事処が点在しているようでした。


今日連れてきてもらったところはご夫婦で経営しているこじんまりとしたお店です。

落ち着いた空間の中、小さなサラダと野菜スープと大きなオムライスが私達を迎えてくれました。


狭い店内で2人がけの小さいテーブル。

風祭さんの長い脚が時折私の脚にぶつかってはまた離れていきます。

無音で流れているテレビの話題に触れたり、「サービスだよ」と追加でいただいたきれいな緑色のお花の形のゼリーの話をしたり。

穏やかなお昼の時間は私の心を癒してくれました。


「紗良」

ゼリーをスプーンでつついて弾力を楽しんでいた私に声がかかりました。

目を上げると、風祭さんが食後のコーヒーを口に運びながらこちらを見ています。


「お前はちゃんとやれてる。隊員から言われた課題も必ず次までに善処できている。今日のこともきっと学びになる。だから、落ち込まなくて良いよ」


穏やかに、優しく。

それは番というより魔術師の先輩としてのアドバイスでした。


胸がいっぱいになり、手を膝の上に置いてこくんと頷きます。

「ご期待に沿えるよう、頑張ります」

私も、魔術師候補生として返事をしました。


その返事を聞くと、風祭さんは相好を崩して「またヘニャッってるぞ」と笑いました。

咄嗟に眉を抑えます。

自分でコントロールできないのですが、気がゆるんだり困ったりすると眉頭がキュッとなりながら眉尻が下がるらしいのです。目も垂れているらしいです。色々と恥ずかしい。


笑う風祭さんのゼリーの上に「お礼です」と赤いサクランボを載せてあげました。

サクランボ、好きですけれど。感謝の気持ちです。


「おー、ありがとな」

風祭さんは茎を抜いたサクランボを嬉しそうに口に入れると、自分のゼリーの上に元々載っていたサクランボを私のゼリーの上に置いてくれました。

お返しをありがたくいただきます。


お店を出ると、8月のコンクリートの照り返しと熱気が押し寄せてきて「うぅ……」と呻き声が出てしまいました。

「あっついよなあ」

風祭さんはそう言いながら、私が自分の影になるようにお日様側を歩いてくれています。

「ありがとうございます」

お礼を言うと、

「こういう時、背が高いってのは便利なもんだ」

と穏やかに笑っていました。


手を繋ぎたいな……。

でも今は番の紋が痛んでいる訳でもなく、そうなると番として手を繋ぐ理由は私達にはなくて。

自分から手を伸ばすことは躊躇われました。


あの海で再会してから少しの時が経ち、私達は毎晩電話をして、私が不安になった時などに風祭さんが手を握ってくれることはあるけれど。


私達は番ではあるけれど、恋人ではないのです。

ただ単純に手を繋ぎたいと、もっと傍に寄りたいと思った時にその違いを思い知ります。


……切ないなあ。


そう思うけれど。

仕方ないと自分に納得させます。

この頃また沢山会えるようになって浮かれていたけれど、番としての効果を確認するために会っているのだもの。

だから、今この人の傍にいられるこの1日1日を大切にしよう……そう自分に言い聞かせるように思いました。


同僚よりは確かに近く、恋人よりは少し遠い距離を保ちながら、私達は本部へとゆっくりと帰っていきました。


■ ■ ■


「じゃあ学園でお待ちしてますね」


ジャージの袋を抱えた紗良が笑顔で手を振りながら転移の魔道装置で消えるのを、軽く手を上げて見送る。

今日はこのあと学園で魔道具の打ち合わせだが、午後一番で連絡を入れなければいけない案件を済ませてから学園に跳ぶことになっている。


転移室から事務室への廊下を歩いていたら、華岡隊長が立っていた。

立ち止まり礼をしてから前を通り過ぎようとすると、「風祭」と話しかけられる。


「今の秋月の状態では、戦闘の場ではお前の足を引っ張ることになる。魔道具を預かることになるだろうから、魔道具の打ち合わせは念入りにしておけ」


……俺は、自分はあまり上に逆らう方ではないと思っている。

内心では色々思っていても、その内容や口にするリスクを慎重に考えた上で飲み込むことも多い。


だが今の華岡隊長の意見は早急すぎないか?


確かに先ほどの訓練では紗良は繰り返される攻撃に終わりの方は対処できなかった。

だからこそ先輩達はそれを課題として提示し、学園の教師もまた復習させてくれるのではないか。

あいつはこれからまだまだ伸びる。そのための合同訓練だ。

少し前に学園の教師と揉めていたのはこれか?


「……まだ始めたばかりですので、あらゆる可能性を捨てずに訓練します。魔道具の打ち合わせもきちんとしてきます」

これなら角は立たないだろう。


「お前自身は成長できている。お前の努力がお前を支えてくれるだろう。自信を持て」

自信を持っていないわけではないのだが。

そして今、俺が気になっているのは自信を持つとか持たないとかではない。

番として組んだ時のあらゆる可能性を知りたいのだ。

そういう段階だと思って良いんだよな?


「自分一人に任せられるのが不安なら未熟な学生ではなく戦闘に慣れた魔術師が応援に入れば良い。魔道具を預かって魔力の強化ができるのなら、他の戦闘員のサポートで足りるだろう。俺も、他のやつらも喜んで力を貸す」


いや、確かに最初の頃は番だから最前線に放り込まれると聞いて反発を覚えたけれども。

今はまず番としてできることを探りたいと思っているのだ。


──状況に対する認識が、俺と華岡隊長の間でずれていると感じるのは気のせいか?


「打ち合わせに行ってきます」

疑問に思いながら礼をして廊下を曲がったところに、田野上副隊長がいた。

目を細めて俺を見つめている。

今の会話はきっと聞こえていただろう。

この違和感を確認してみようか……。


迷ったけれど、田野上さんは俺の目をじっと見つめたまま

「おう、風祭。打ち合わせしっかりやって来い」

と何でもないような口調で穏やかに話しかけてきた。

そして顎をクイッとして行けと合図される。

何かを考えているような目をして。


「行ってきます」

「先生方によろしくな」


この違和感を今後も抱くようであれば、いつか副隊長に相談してみよう。

そう思いながら俺は事務室に向かった。

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