45. いつの間に
第6部隊の訓練場。
毎日通い過ごしなれたはずのそこに、俺は自分が入隊した直後以来の緊張感を持って立っている。
離れたところで、ジャージ姿の女の子が走り、構え、踏ん張り……目まぐるしく動いていた。
紗良がどの程度の防御態勢を取れるのかを確認するために、先ほどから2人の隊員から攻撃を受けているのだ。
まずは俺からの影響をできるだけ受けない状態を知りたいため、 俺は数十m離れたところからその紗良の動きを観察している。
防御の結界をどれほどの範囲でどれほど持続して張れるのか。
どのような時にそれが揺らぐのか。
揺らいだあとの立て直しにどれほど時間が必要なのか。
俺の少し後ろには華岡隊長や田野上副隊長、そして学園の戦闘魔術科の教師が並び、同じように観察している。
「思っていたよりちゃんと防御できているではないですか」
田野上副隊長が教師に話しかける声が聞こえてきた。
その通りで、想像していたよりも紗良の結界は安定していた。
ただし相手が視界から見えなくなると不安になるのか結界が揺らぐ。
そして背後など見えない敵からの攻撃への結界の強化が遅くなる。
……観察のためだと自分に言い聞かせるけれど、紗良が危うくなる度に傍に駆け付けたくなる衝動を抑え込むのに苦労する。
一度隊員の姿が後ろに回り結界が揺らいだところを背後から攻撃され、ギリギリまで結界が修復できない時があった。
危ない……!
胸の番の紋が熱くなる。
咄嗟に俺は動きかけたけれど、紗良はギリギリのところで結界を張ることができた。
またすぐに次の攻撃に備えるけれど、紗良が揺れた瞳でチラリとこちらを見る。
……俺の知らせが紗良に伝わって、それで防御できたんだな。
単に喜怒哀楽が伝わるだけではなく、実戦の場での警鐘としても使えるのか。
やはりこういうことは、訓練を積まなければ分からない。
これから気付くことが沢山あるのだろう。
胸の紋に手を当てると、紗良の雰囲気が柔らかくなるのが見て取れた。
大丈夫だ、俺がいるんだから──。
紗良はまた訓練に集中する。
俺もまた、はやる気持ちを抑えて観察に戻った。
──その時、後方で言い争いが起きていることに気付く。
「そんな簡単なものではなかっただろう、あの頃のことは」
「もちろん簡単に考えてはいません。だからあの子は苦しんだ。それでも」
なんだ?華岡隊長と教師が言い争いをしている?
俺が振り返った時、田野上副隊長が「訓練止め!」とよく通る声で訓練を止めた。
副隊長と目があったけれど、視線で紗良の方へ行けと促される。
……俺には口を出すなということだろう。
紗良はその場でへたりそうになりながらなんとか隊員達に礼を言っており
「なかなかよく防御できてたぞ」
と褒められていた。
「課題点はあとで先生の前で言うから、次までに復習な」
と言いながら休憩に入る先輩隊員に、俺からも礼を言って見送る。
「おつかれさん」
座り込んでしまった紗良の頭にポンと手をやりその前にしゃがむと、紗良は眉をへにゃりと下げて笑った。
「色々ダメダメでしたけど、頑張りました」
初めての体験をすると落ち込みすぎたり有頂天になったりする奴らも多いが、省みながらも「頑張った」と言えるのは良いことだ。
「うん。頑張ってた」
「あの、助けてくださいましたよね……」
「紋が熱くなったか?」
「はい、知らせがありました」
眉が更にきゅっとなりながら下がっていく。
自力で対処できなかったことを情けなく思っているんだろう。
「いいんだよ。そういう時に知らせ合えるって分かったんだ。それだけ安全が保たれる。俺は逆に安心したよ」
「安心ですか?」
「俺が守れる可能性が広がるだろ。補い合えば良いんだよ。一緒に組むって決めたんだから。相棒なんだろ」
「相棒……!」
紗良は呟くと、眉がピッと寄せられ口がキュッと締められた。
耳が赤くなっている。そして俺の番の紋がポカポカと熱くなる。
……これは嬉しがって照れてるな。
「……笑わないでください」
「うん、ごめんな」
大きい目で睨んで責めてくるその顔がなんだか可愛くて、声を出して笑いそうになるのをこらえると手を差し出した。
「立てるか?なんか飲もう」
紗良はその手を取りシュタッと膝でジャンプして、床に足をついて立ち上がる。
若いな。元気でよろしい。
チラリと後ろを見ると、ちょうど教師がこちらへ向かってくるところだった。
随分と厳しい気配を纏っている。
──これは、華岡隊長とあの後もやりあってるな。
先ほど聞こえた内容だと紗良のことか?
言い合いをするほどにまずい出来だとは思わなかったけれど。
「風祭さん?」
動かない俺を不思議そうに紗良が見上げてくる。
「いや、なんか飲もう。それから先輩達の講評を聞こうな」
「はい。冷たいお茶がありますかねえ」
笑う紗良に返事をしながら、俺は後方の気配を探っていた。
■ ■ ■
「思っていたよりちゃんと防御できているではないですか」
副隊長の田野上は、感心したように学園の戦闘魔術科の教師に話しかけた。
第6部隊の2人の隊員達から絶え間なく与えられる攻撃を、秋月紗良はそれなりに上手に結界を張りながら躱し跳ね返していた。
たまに焦るとピョンピョン跳ねたり妙な手の動きが出たりしているが、とにかく瘴気を浴びなければそれで良いのだ。
風祭が戦う時にその横で自分の身を守ることさえできていれば、風祭は戦いに専念できる。
「私もここまでできるようになるとは思っていなかったのです。最初は猫にも震えていましたしね。
でも魔道具を作れなかった時期に、こちらの学びを重点的にできたのが良かったのだと思います。走り込みなども毎日させて持久力もつけさせています」
「ここまで仕上げていただいていれば、現場にも連れていけるんじゃないかな」
もう一人の当事者の風祭はどう見ているのかと目をやると、秋月がどういう動きで攻撃を防ぎ跳ね返しているかを目を逸らさずに確認している。
静かに立って見ているものの、秋月の防御がギリギリになる度に体が動きかけている。
内心はハラハラしているのだろう。
番の2人は、風祭が地方へ発つ前は数回しか接触していないと周囲は認識していた。
しかし今日久しぶりに2人の様子を見ているとその距離が想像していた以上に既に近くなっているように見えて、田野上は内心で面食らっていた。
秋月がふとした時に風祭を目で追い、姿を認めると纏う緊張を和らげる。
風祭は視線で秋月を捉えていない時でも、秋月の気配に常に気を配っている。
先ほどの話し合いで何かが秋月を不安にさせたようだが、その時は机の下で手を繋いでいたようだ。
合同訓練初日のわずかな数時間という時間でさえ、2人が既に互いに心をゆるし合い大切に思い合っていることは周囲に隠しようがなかった。
いつの間にこんなに仲良くなっていたんだ……?
疑問に思うけれども、しかし今は会わなくても連絡を取り合う手段はいくらでもある。
もしかしたら周囲からは見えないところでこの1年半の間に仲を深めていたのかもしれない。
それは魔術庁として喜ばしいことであり、田野上は今後2人を組ませる訓練でどのような効果が出るのか楽しみにしていた。
「秋月を現場まで引っ張らなくても良いだろう」
教師との会話を終えたと認識して番2人の仲について考えていた田野上の耳に飛び込んできた声があった。隊長の華岡だ。
「……どういう戦い方の可能性があるのか、これから検証ですね」
先ほどそういう話になったはずだ。
田野上は華岡に再度確認する。
「俺はそもそも秋月紗良を巻き込むこと自体もどうかと思っている。でも魔道具の提供で済むというのなら、まあ……」
「隊長……?」
「風祭は自力で力をつけてきているしな。魔道具からの強化が得られるなら、もし足りない部分があったとしても俺達でフォローもできるだろう」
番を組ませて敵に対処させるというのは、魔術庁として揺るがない方針である。
それに巻き込むと言うが、魔術学園に入学している段階で秋月紗良は魔術庁に所属する身であり外部の者ではない。
時間はかかったが番2人が前向きに力を合わせ可能性を探ろうとしている今になって、それに制限をかけるようなことを番の直属の上司である部隊長が口にするべきではない。
ましてや他の所属の者がいる前で。
田野上はどうしたのだろうと華岡を見た。
「……秋月はこの1年半、戦闘魔術科でも頑張ってきました。
そして戦後の番のご遺族の話を聞いてからは、溜め込んでいたものを放出するかのように魔道具も意欲的に作っています。
これからのあの子の色々な可能性を見守っていただければと思います」
教師からも過度な制約をするなとやんわりと牽制が入る。
「だが秋月に番を担わせるのは酷だろう」
「秋月は秋月なりに気持ちの整理を付けて前を向いています」
「そんな簡単なものではなかっただろう、あの頃のことは」
「もちろん、簡単に考えてはいません。だからあの子は苦しんだ。それでも」
「お二人とも。訓練が終わりますよ」
華岡と教師の言い争いの声が大きくなり始めようとするのを田野上が制すると、そのまま秋月と隊員達の訓練に「訓練止め!」の号令をかけた。
風祭が怪訝そうな顔でこちらを見ていたが、訓練を終えた秋月の方へ向かえと合図を送る。
「秋月はよく動けていました。学園の先生方へ改めてお礼をお伝えください」
黙り込んでいる華岡の代わりに田野上から教師へ声をかけると、教師は秋月の方を向いたまま「かしこまりました」と口にした。
「訓練が終わったようなので、相手をしてくださった隊員の講評をうかがわないといけませんね」
そう言って秋月の元に向かう教師の後ろ姿からは、華岡への苛立ちが感じられた。
学園の教師達は努力する者へ手を伸ばすことを厭わない。
急に畑違いな戦闘魔術を学べと言われて当惑していたであろう秋月のことも、この1年半、厳しくそして温かく支え続けてきただろう。
前向きになっている彼女を否定するということは機が熟すまで大切に指導してきた教師達の思いも否定するということだ。
そんなことが分からない人でもあるまいに──田野上は上司の意図がわからず戸惑いを覚えていた。




