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43. 再びの海

海に並走していた電車がホームに滑り込み、そのドアが開くと短い車両から何人もの海水浴客が降り立ちます。

少し段差のある電車からホームにトンと降りて顔を上げると夏の暑さが一気に体に押し寄せて、途端に汗が噴き出してきました。

ホームの端にある改札口の方を見ると、隣の車両から降りた背の高い男の人がこちらを振り返ったところでした。


白いTシャツにハーフパンツ姿にサンダル。しなやかに鍛えられたバランスの良い姿は日の光の元でしっかりと立ち、こちらへと歩いてきます。


「……久しぶり」

「……お久しぶりです」


風祭さんと私は、見つめあうと2人共に微笑みました。


今日は7月の下旬。

風祭さんと私がお別れをしてから9ヶ月を経ての、再会の日です。


* * *


お別れを決めたあの海で、静かな浜辺を波音を聞きながら──と思って待ち合わせた海。


でも季節は7月。

ギラギラとした日差しと、どこまでも青い空と大きな白い雲。

穏やかな海は日差しを受けてキラキラとして。

海の家のお兄さん達の呼びかけを微笑みながら潜り抜け、スタイルの良い水着姿のお姉さん達の風祭さんへの熱い視線をドキドキしながら潜り抜け。

夏の海は刺激がいっぱいです。


久しぶりの海はしんみりした空気などどこにも感じさせず、「夏!」という鮮やかな景色と空気と共に私達を明るく迎えてくれました。


夏の海に圧倒されている私に気付いているのか気付いてないのか

「日差し強いな。具合が悪くなる前に言えよ?」

と私の体調を気に掛けてくれる風祭さんは優しいですね。


しばらく砂浜を歩くと、ようやく海水浴客の人が途絶えました。


「お元気でしたか?」

長いワンピースが風にふわりと舞うのを手で押さえながら尋ねました。

「元気だった。死ぬかと思うほど訓練したから、死にかけたけど」

軽い口調の元気な死にかけ報告に笑います。


「紗良は?」 

名前を呼ばれたことに胸がほわりとなりながら、私はこの9ヶ月のことを答えました。


「私は、体としては元気でした。ただ、あの、聞いていらっしゃるかもしれないんですが。実は魔道具を作れない状態がずっと続いていたのです。それで気持ちとしては落ち込んでいる日が多かったです」


離れる前には話せていなかったことに少しの後ろめたさを感じながら告げたのですが、風祭さんは口を少しムウッとするように動かしただけで、優しい目で先を促してくれます。

怒っては、いないかな?


「でも聞いていらっしゃると思いますが、先日、戦後の番のご遺族に話をうかがったんです。 

そこで色々なお話をさせていただいて、お母さんとお父さんに対するわだかまりを整理をしようと考えるようになりました」


風祭さんに、私が思ったことを聞いてもらいたい……。

首筋が温かくなってきます。


「あの。私はずっと魔道具を作りながらお母さんとお話をしていたんです。でもそれだとずっと過去のことにばかり目を向けてお母さんに縋りたくなるし、お父さんへの嫌いと言う気持ちもいつも再確認しまって。暗闇の中にいる気持ちになってしまっていたんです。でも私はそこから抜け出したくて」


ああ、なんだか口調が幼くなっている気がします。

少し子供の私に引き戻されてるかも。


でも風祭さんは馬鹿にするような目で見ていません。

ちゃんと聞いてくれてる。

だから頑張って説明します。


「だからこちらに帰ってから、改めて素材から探して魔道具に向き合いました。

その時に願ったのは、魔道具を使う人のために作りたいということだったんです。過去より未来を見たいと。そう思ったら、また魔道具を作れるようになりました」


これまでの説明としてはここまで。

でももう1つ言いたいことがあるのです。


私は少し躊躇うと、風祭さんの両手を取りました。

9ヶ月ぶりに触る手は、記憶の中よりもザラザラして掌の皮膚が厚いのがすぐに分かります。

きっと沢山訓練を積んだのですね……。


その手を取って、改めて目をみつめます。

風祭さんは手をゆだねたまま、私の言葉を待っていて。


「あの。番のご遺族の家への訪問中に、風祭さんが支えてくれた時がありましたよね?

きっと事情も分からなかったでしょうに、風祭さんの気持ちが紋に伝わって来た時がありました。

……あの時の私は、お母さんはもういないんだと理解して過去の真っ暗な暗闇に一人で残された気持ちになっていたんです。

周りも見えなくなってた。

本当に暗い……ものすごい暗闇でした。

周りが何も見えなくて、音も聞こえなくて……。

でも風祭さんがそこから光の方へ呼んで、救い出してくれた。

……本当にありがとうございます。今は、すごく、心が晴れやかです」


目を見て一生懸命話しました。

あの場にいなかった風祭さんに、私の言いたかったことはちゃんと通じたでしょうか?


風祭さんは、私の言葉が終わるとゆっくりと頷きました。


「あの時、すごく久しぶりに紋が熱くなって痛くなって。

遺族の話を聞きに行っている日なのは知っていたから、とにかく祈ったんだ。

何が起きてるか分からないけど、頑張れ、俺がいるからって。

──祈って良かった。そんな暗闇に引きずり込まれずに済んで、本当に良かった」


……ああ、私はもしかしたらあの時、過去の暗闇だけではなく現実の暗闇に引きずり込まれかけていたのでしょうか。かつて祓いの現場で見た人達のような……。


「危なかったのですね……」

「もしかしたら、だけどな。でも紗良はちゃんと踏みとどまった。頑張ったな」


風祭さんは片方の手を外すと頭を撫でてくれて。

それが嬉しくて笑顔になってしまいます。

「良い笑顔だ」

風祭さんも笑ってくれました。


「じゃあ俺の報告だな」

両手をつないで向かい合ったまま風祭さんが言います。


風祭さんの9ヶ月の報告!

伯父さんの元で修行しつつ各地を回ったと聞いていますので、色々なことがあったでしょう。

聞き漏らすまいと目を見つめると

「いや、そんなにものすごいことは起きてないから期待するなよ」

と笑われてしまいました。


「……俺も、あの時は自分が弱くて弱くて、本当にそれに打ちのめされてて。 

その弱さの抜け出し方へのこだわりにがんじがらめになっててつらかったんだ。 

でも魔術師長やいろんな部隊長、それから伯父さんが……秋月さんがその時々の俺に足りないものを鍛えてくれて。色々なことを話してくれて。

そういうことが自分の中にちゃんと積み重なってるのをようやく自覚できるようになって。

やっぱり今も弱いけど、それならそれで、今できることを全力でやれば良いよなって思えるようになったよ」


穏やかに、晴れやかに報告してくれますけれど。

風祭さんの努力は伯父さんから少しずつ聞いていました。

拠点を動かしながら毎回新しいことへ体当たりせざるを得なかった風祭さんの場合は、精神的にも肉体的にも厳しいことが多かったでしょう。

それでもそれを乗り越えたんだ……。

風祭さんの憂いが晴れて本当に良かった……。


その努力を思い、嬉しさを噛みしめていると

「紗良、あのな」

静かに私の名が呼ばれました。


「俺は最初に自分が番だと言われた時、そんなものは必要ないと思ったんだ。 

俺自身の努力を積み重ねて上に登って行きたかったから。 

でも今は少し違う考え方を持っていて。今は自分の弱さを分かって努力は続ける上で、番と力を合わせればどういうことができるのかを試してみたいと思っている」


風祭さんはまっすぐに私を見ながら心の内を語ってくれます。


「いずれ現れる敵がどういうものなのか分からないけれど。

もし紗良が抵抗がなければ、番として俺と一緒に組んでその効果を試させてもらえないか?」


静かな、でも波の音にも負けないしっかりとした言葉でした。

私も答えます。


「私も番には抵抗がありました。でもいつまでも両親のことで立ち止まり続ける人生を私は望みません。目の前に現れる敵があるというのなら、私も魔道具師としてできることを探りたいです。 

そしてその魔道具を使ってくれるのが風祭さんなら、すごく嬉しい。

私の作った道具がどうお役に立てるのか、見せていただきたいです。

そして、この1年半の間に受けた戦闘魔術の訓練も祓いの場でどう役立つのか、試したいです。」


静かに、でもはっきりと伝えました。


「───っ」


風祭さんがいきなりしゃがみこんで大きく息を吐いたので、私はびっくりして「風祭さん!?」と慌てて声をかけました。


「良かった……。断られたら引き下がろうと思ってたんだ。無理強いはしたくないだろ。でもやっぱりできれば組みたいから、すげー緊張したんだよ」


しゃがんだまま顔を上げて嬉しそうに笑いかけてくる風祭さんはなんだか少し幼く見えます。

その笑顔が可愛くて、私は風祭さんのふわふわの髪に手を伸ばし、そっと小さく撫でました。


「ふふ。正直なことを言うと、魔道具を作れるようになったのはすごく最近です。ギリギリでした。……間に合って、良かった」

笑って言ったけれど、少し声が震えてしまいました。


震えた私の声を聞いて、風祭さんが私の頬を指の背でそっと撫でました。

そしてその手で、風祭さんの頭を撫でていた私の指をそっと握ります。

「タイミングって大事だよな」と言いながら立ち上がると、私達はまた歩き始めました。

指を絡めて、しっかりと手を繋ぎながら。


先ほどからずっと首筋の番の紋はあたたかくなっていて。

私達はまた巡り合ったのだと──今回は偶然ではなく、自分達で望み合ってまた隣に立ったのだという喜びが心を満たしていきます。


振り返れば2人で歩いた足跡がずっと続き、そして隣を見れば私の番がいる。

憂いがなくなり晴れやかな気持ちで見つめ合うことができる、ただ一人の大切な人が。


お互いに番として出会ってから1年半のこの夏。

私達は互いの番としての存在を受け入れて、強大な敵へ共に挑むことを改めて確かめ合ったのでした。

〔第3章 完〕

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