40. 秋月武明の告白
田舎の夏の夜空は暗く、そして明るい。
天の川ってここに来るまで言葉でしか知らなかったなと思いながら、見事な夜空を見上げた。
東京に拠点を戻すことが決まり秋月さんの家に置かせてもらっていた少量の荷物をまとめると、改めて秋月さんから先日の番の遺族からの話を聞かせてもらっていた。
昔の番達のこと、そしてあの日急激に熱と痛みを持った紋の事情を聞いて。
当時の話もさることながら、遺族との対話が紗良には大きな意味を持ったようだと考え込む。
──母はもういないのだと、そのいない母に未来の選択を委ねるななどと告げることは……例え紗良が魔道具を作りながら母親と対話していると知ったとしても、俺にも秋月さんにも、学園の教師達にもできなかっただろう。
そこに危うさを感じたとしても、紗良を大切に思う者にはできるものではない。
綿貫氏は紗良に何も関わりがなかったからこそ、突きつけることができたのだ。
ありがたい、と思うべきなのか。
あの時の紋の痛みを思うと複雑ではあるけれど。
紗良はどういう答えを出すのだろう。
──東京に帰ったら、話すことが沢山あるな……。
俺は深く息を吐き、夜空を見上げた。
* * *
ひと息つくと、今はお互いに思いついたことをたまに話す、緩い酒の場になっていた。
輝子さんは「私は先に寝るわねー」と先ほど切り上げていったので、秋月さんと2人きりだ。
「この枝豆うまいですね」
「そうだろう。輝子の枝豆は絶品なんだ」
この人もやっぱり愛妻家だ。
先日の弓削戦闘魔術師長や重森隊長の話を思い出して笑ってしまう。
「秋月さん、ありがとうございました」
「早いだろ、明日帰る前に言えよ」
「いや、今言ったっていいでしょ」
最初に会ったときはこんなに和やかに話せるとは思っていなかったなと思い返す。紗良を守るためだろうが、鋭さを隠しもしていなかったからな。
またビールを口に運んで虫の音を楽しんでいたその時。
「風祭」
呼び掛けられたものの、次の言葉が続かないので待つ。
「あのな、前に如月の時の上の奴らを恨んでないですかって言ったろ?」
「……はい。あの時は不躾なことを聞いてしまって……」
「いや、それは良いんだ……あの時な。俺はお前に全てを答えた訳じゃなかったんだ」
俺はだらしなく投げ出していた足を引き寄せた。
「そんなかしこまらんでもいいよ。軽く聞け、軽く。酔った勢いで言うことだから」
そう言うと、秋月さんはこちらを見ずに夜空を見上げたまま口を開いた。
「俺はな。綾子を追い詰めた奴らを本当に嫌いで恨んでて憎んでるけど。
でも俺も本当はそいつらを責められないんだ。俺も、綾子を助けなかったから」
「……助けなかった、ですか?でも……」
「あの頃俺は四国で第17部隊の副隊長をやってたんだけど、忙しくてな。とにかく疲れ果ててた。
そんな時、何回か綾子から電話が来てたんだ。10回は越えてなかったと思うけど、少なくとも1~2回とかじゃない。とにかく何回か着信があった。
でも俺は疲れてて、勤務が終わった後に気付いても折り返さなかった。
何回目かの時に『忙しくて出れないから、なんかあるならメッセージで寄越せ』ってメールだけ送って。それで放置してた」
秋月さんは酒を口に運ぶとしばらく黙った。
俺は先を促さない。
「一度だけ夜寝てる最中に着信があった。真夜中だ。
電話がずっと鳴ってるのに気づいて目を覚ましたんだけど、俺、無視したんだよ。疲れてて、眠りたくて。
電話じゃなくメールにしろって書いただろって、心の中で綾子に文句を言いながら、電話を無視した。
……真夜中に入れ代わり立ち代わり中央の奴や魔術師達が綾子の家におしかけて、周囲にも騒音を立てながら嫌がらせをしてるなんて知らなかった。
綾子はあの頃、もうボロボロになってて状況を文字に整理して俺に送るなんてことができる状態じゃなかった。
でも助けてほしくて、何とか通話ボタンを押してたんだ。──俺は、それを無視した」
「番の片割れが片桐らしい、綾子に圧力がかかっているって噂があるぞって関西の部隊にいた同期から連絡が来て。
そんなことがあるわけないだろうと疑いながら電話をかけたら、綾子はもう受け答えも満足にできなくなってた。その時に、まずいことが起きてるって初めてわかったんだ。
無理矢理休みを取って駆け付けた時、綾子は仕事にも行けなくなってて、でも押し掛けてきた同僚に取り囲まれて責め立てられてた。
お前が離婚しないせいで番の仲を邪魔をしていて、国が滅びるんだって。
綾子はもう離婚届けに満足に文字が書けるような状態じゃなくて、ずっと体の震えが止まらなくなってたのにな。……もう手遅れだったんだ」
「もっと早く、気付いていれば。俺が電話を無視しなければ。離婚だろうがなんだろうがさっさとさせてでも、片桐や魔術庁から引き離していれば。
綾子は心を壊すまではいかなかった。
……そんな俺は、本当はあいつらを責める資格なんてないんだ」
そこまで言うと、秋月さんはグイっと酒を煽った。
そんなことはない……とは俺が軽々しく言って良い言葉ではない。
魔術庁がやったことと、この人のやらなかったことが同じほどの罪であるわけはない。
それでも、この人はずっと自分を責め続けている。
きっと、命が終わるその瞬間まで自分を許さず生きていくのだ。
妹が最期の時を過ごし、空に還ったこの地で。
──どうかこの人に吹く風が、少しでも優しくありますように……。
俺は明日ここを去るけれど、願わずにはいられない。
妹の忘れ形見のためだけじゃなく、きっと俺自身のためにも力を貸してくれた人。
『自分の一番弱いところを見せようと思える、甘えられる相手がいるってのは大事なんだよ』
重森隊長の言葉が蘇る。
……大丈夫だ。この人の傍には輝子さんがいる。
「──秋月さん、飲みましょう」
「ああ」
田舎の夏の夜空に星の川は溢れるように流れ、時は少しずつ過ぎていく。
虫の音を聞きながら、俺達はぬるくなったビールを傾けた。




