38. 番の遺族 2
「私の祖母、綿貫トキは明治の生まれでね。
幼い頃から不思議な力を持っているということで、お国に貢献をしていたんだよ」
微かに揺れるロッキングチェアーに身をゆだねて、綿貫さんはゆっくりと話し始めました。
■ ■ ■
──当時は今のように穏やかな世相ではなく国が厳しい局面に面していた時代だったから、魔術師達は出番が多かったらしい。
でも祖母は魔道具師だったからね。
基本的には家で家族を支えながら、その合間に依頼されれば魔道具を作っていた。
祖母が40の頃に夫である祖父は亡くなっていて、太平洋戦争に入ってからは息子達は出征してしまって男手がなかったしね。
祖母が一族の女子供を支えてまとめていたんだ。
ようやく大戦が終わり、日本は新しい価値観で国が再出発することになったけどね。
でも、人の気持ちと言うのはそう簡単には割り切れないものだよ。
戦争で受けた傷がなくなるわけではない。
日本各地で悲しみや怒りや恨みが渦巻いて、魔術師達は本当に忙しかったみたいだ。
ただ祖母は終戦の段階で60を超えていたからね。
魔道具の依頼も減っていたし、本人はそろそろ現役は退くつもりだったんだ。
でもそんなある日、祖母の足の甲に変な白いアザが浮かんだり消えたりすることがあった。
当時10歳くらいの子供だった私は、歳を取るとそういうこともあるのかって面白いなと呑気に思っていたよ。
そうしたら、あれは昭和22年だったか23年だったか……一人の青年が訪ねてきてね。
「こちらにこういう紋が体に浮かび上がっている人はいませんか」
と腕を見せてきた。
それが祖母のアザと同じ模様だったんだ。
──その青年が、祖母の番の島崎国男さん。
島崎さんは22歳、祖母は65歳の時だよ。
島崎さんは魔術使いとしての資質は子供の頃から把握していて、出征先では魔術使いを集めた部隊に組み込まれてそこで訓練を積んでいたらしい。
終戦を迎え復員して、改めて新しいお国の元で魔術師として働き始めたところに番の紋が現れたらしいんだ。
同じ県内だったこともあって、引き合うものを感じてこの家にたどり着いたと。
私は魔術使いではなかったからよく知らないけれど、43歳差の番というのはかなり珍しいらしくてね。
2人とも向かい合って紋を見せ合ったものの、黙り込んでいたよ。
ただ少しずつ喋りだすと、悪い雰囲気ではなかった。
ああ、男女のような甘い雰囲気とかではないよ。
分かりやすく言えば「仲の良い祖母と孫」という感じだ。
見た通りこの家は広いし島崎さんは独り身で身よりもなかったので、この家に滞在することになってね。復員した私の親父や叔父なども交えて、同じ一族のように大人数で生活を共にした。
祖母は納屋の片隅で魔道具を作っては「国男、これをお試し」って島崎さんに渡してね。
島崎さんは「トキさん、ここをこうしてよ」って改善点を言ったりして。
私達はその周りで一緒に棒を振り回したりして、楽しかったね。
そうこうしているうちに、悪い気がこの県にも満ちてね。
島崎さんと祖母に出陣の命令が下った。
ただもう祖母は歳だったから。
2人で話し合って、祖母はここに残って島崎さんだけ戦いに向かったんだ。
祖母はこれぞという一品の魔道具を作り上げて、それを島崎さんに持たせてね。
島崎さんの出発の日は、2人とも抱き合って泣いていたよ。
すぐそばで見ていて2人が同じ家で暮らして心の結びつきを育んでいたのはよく分かっていた。
2人はとても信頼しあって支えあいたいと思っていたから、祖母は自分がついていけないのがつらかっただろうね。
離れるまさにその時、お互いの紋に口付けていたその姿を今でも思い出されるよ。
恋愛感情ではなかったと思う。
ただ祖母にとっては、もしかしたらあの段階では亡くなった祖父以上に大切な存在になっていたかもしれない。
島崎さんが旅立ってからは、祖母は毎日仏壇に祈っていた。
「お父さん、国男をお守りください」ってね。
ああ、お父さんって亡くなった祖母の夫である祖父のことだよ。
魔術師の無事を仏壇に祈るのも変な話だけどね。
ある日、数時間に渡り祖母の足の甲の紋が強く輝く日があって。
祖母は何も言わずにその紋に手をあてて祈り続けていた。
……島崎さんが命をかけて戦っているんだと私達にも分かって、皆で祖母の隣で祈ったよ。
そしてね。
「あ……」と祖母が空を見て小さく呟いて、足の甲を見たんだ。
そうしたら紋が激しく光って、スウッと消えた。
「終わった……」と祖母が言って涙を流してね。
島崎さんと祖母の戦いは終わったのだと、皆が分かったよ。
数日後、ボロボロになった島崎さんが帰ってきた。
「トキさん、俺頑張ったよ!」って満面の笑顔を浮かべてね。
祖母は泣きながら島崎さんを抱きしめて「よく頑張った、よく頑張った」って背中をさすってた。
倒さねばならない敵を倒したから、2人の戦いはそれで終わり。
それはつまり、番の関係の終わりでもあった。
その後はいくらお互いの足の甲や腕に触れても2度と紋は現れなかったし、その紋を通して伝わるはずの相手の気配ももう感じることはなかったようだ。
そうやって公には関係が切れたわけだけれど、その後も島崎さんと祖母や私達との関係は良好に続いてね。
島崎さんがお嫁さんをもらってお子さんが生まれた時は、祖母も私達も盛大にお祝いをしたよ。
祖母が亡くなる時には、島崎さんは親父や叔父と共に枕もとで手を握って、泣きながら旅立ちを見送ってくれた。
20年ほど前に島崎さんが亡くなる時には、私や他のいとこ達も駆け付けた。
今も島崎さんのお子さんやお孫さん方とは交流があるよ。
番ではなくなっても、育んだものは消えなかった。
これが、魔道具師と戦闘魔術師の番が築いた関係のあらましだよ──。




