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36. お前の望む生き方は

夏の九州は暑い。

いや、今どきは日本中どこでも暑いのだろうけれど。

それにしても日差しが強いとこんなにも肌を刺し痛く感じるとは思わなかった。


全国の部隊を回り始めて5ヶ月が過ぎた。

梅雨が明けた途端に一気に真夏へと振り切った今、俺は6か所目となるここ南九州の第20部隊の現場に邪魔をさせてもらっている。


「風祭、そいつを20の本部に送れ」


第20部隊の重森隊長の言葉に、俺は内心では顔をしかめながら「はい」と答える。 

先ほど祓った……祓わされた()()は、明らかに未成年の少年だった。

まだ若い。重森隊長からは中学生だと聞いている。

家庭環境が悪く家に帰っていなかったと。

……なぜそういうことを自分に聞かせるのか。


各部隊と秋月さんの家の行き来を繰り返し、その都度課される課題も深まりつつあるけれど。

どの現場でも必ず俺に命じられることがあった。


──祓ったあとの対象を本部に送る。


それがどの部隊の現場でも俺に課されること。

自分が祓ったものでもなくただ見学していた対象ですら俺に送るよう命じられる。

ここまで何度もしつこく送らされると、この「対象を送る」という行為を課すようにと特記されているのだと自分でも気づいてしまう。


正気を取り戻した対象に向き合う。ただそれだけなのだが。 

その時、対象に意識が会った場合は必ず目が合う。

それが苦手なのだ。


そこにあるのは祓われたことによる開放感でも安堵でも感謝でもない。

人の心を取り戻すことでまた現実に引き戻されたという絶望だ。 

自分が祓ったことで、狂うほどの現実にまた引き戻してしまうことに戦闘魔術師になって5年目になるのに未だに慣れない。


「風祭、早くやれ」

「はい」  


重森隊長の横には、今日は弓削戦闘魔術師長もいる。

秋月さんとの訓練の成果が実践でどれほど身についているかを確認するために、東京から来ているのだ。その魔術師長からも促される。 

こちらを涙目で見つめる少年に片手をかざしたその時、頭の中にまた澄んだ声が聞こえる。


『良い方向に、向かいますように』


……紗良、俺はやっぱりその言葉をこの少年にかけてやれない。 

心の中でその声の紡ぎ手に語り掛けながら手をサッと横に払うと、少年はその場から消えた。


* * *


「重森。風祭をこの一週間見てどうだった?」


深い息を吐いた俺の耳に魔術師長の声が聞こえて、慌ててそちらを向いて居住まいを正す。


「俺が今回見たいと思っていたのは、1つは踏ん張り。もう1つは魔道具の使いこなしです」

重森隊長は俺をチラリと見ると淡々としゃべりだした。


「踏ん張りに関しては、初期に魔術師長や華岡くんの報告書を読んだ時は大丈夫かと懸念しましたが。だいぶ耐えられるようになっているんじゃないですか?

もちろん本人だけでは限りがありますから、番の助力は必要でしょうけど。 

でも個人として上げられる耐久レベルは隊長クラスまで持って来れていると思います」


……6か所目の部隊で初めて及第点を告げられたぞ。

いや確かに、この頃へばって倒れこむことはなくなっているけれども。


「風祭、浮かれるな。重森、続きを」

……浮かれてませんよ。ちょっと指がピクッとしただけじゃないですか。


「次ですが……まず、秋月くんの訓練が効いてるのかな、臨機応変にどの場面でどの戦い方法を選ぶかという判断が的確にできていると思います。その判断は大事ですからね。

そして見たかった魔道具ですが。剣だとかの使い方はかなりうまいなと思いました。

魔道具を持って接近戦になってもうまく動けるんじゃないかな。 

ただもともと印と詠唱型だからか、魔道具に切り替えた時の魔力の放出がスムーズじゃないんですよね。あの切り替えは、今後もっとスムーズにできるようにならないと。まあ相性が良い魔道具に会えばもっとうまくいくかもしれないけど。例えば番が作った魔道具とかね」


戦い方を臨機応変に選べというのは秋月さんに繰り返し言われていることだ。

少しは現場でもできるようになっているのか。 


そして、魔道具に切り替えた瞬間の流れ……そう、そこが気になっているところなのだ。

自分の意識の問題もあるのだろうが、体を廻る魔力の対流が無駄な動きをするのだ。

手に持った魔道具を体が確認して、そこに魔力を流すというのに時間がかかる。

それを正そうとするとそちらに意識が向いてしまい、敵に対しておろそかになり隙が生じる。

訓練の場なら良いだろうが、その隙は実戦では命取りとなるだろう。

 

魔力量と魔道具の使いこなしの2つ、どちらにしても重森隊長が言いたいことは……。


「俺としては、風祭はそろそろ番と組んだ訓練をするタイミングを迎えていると思います」

重森隊長は淡々と言った。


「1つ前の第2部隊の須田からもそういう報告を受けている」

弓削戦闘魔術師長は重森隊長の言葉を受けて、俺に向きあった。


「俺も今日の祓いを見せてもらって概ね同じ意見だ。 もちろん全ての面で片桐陽一と同じレベルに達しているとは絶対に言えないが、未熟という域はもう脱している。そろそろ、秋月との合同訓練に入るべき時に来ているだろう」


重森隊長と魔術師長の言葉を聞いて、魔道具と魔力の流れについて考えていた思考が止まる。


番と……紗良と、組む。

昨年の秋の頃の俺が抱えた心の弱さに、俺はなんらかの答えを出したか?

多少耐久力がつき現場で動けるようになったとはいえ、また極限状態になった時に自分がどう動くか……。

また紗良の番の紋に手を伸ばさないという自信が、俺には……。


「風祭」


弓削戦闘魔術師長の声に顔を上げる。


「お前は、俺や重森や華岡や他の部隊長達が自分の強さに自信を持っていると思うか?」


急にトップクラスの力に関する質問をされても、下っ端の俺が迂闊に答えられるはずもない。

無言で見つめ返すと、ため息をつかれた。


「お前が何をうだうだ悩んでるのか知らんけどな。

自分が弱い、まだ足りないなんて思いは、俺も部隊長達も引退のその瞬間まで抱え続けるんだ。それを完全に克服する時はきっと永遠に来ない。それでも、祓うんだ。それが戦闘魔術師という仕事だ。

これからも祓わなければいけないのなら、いつまでも足元を見つめて自分を貶める穴を掘り続けるのはやめろ。

足りないものを数えることで下に留まり続けて、安心を得ようとするな。

そういう生き方をしたいわけではないんだろう?」


生き方。

その言葉に、背筋が伸びる。


戦闘魔術師という生き方しか道がないと知った学生の頃、俺は何を思った……?


「お前は弱さを自覚しながらも立ち続け、努力し続けることができる奴だ。それを自分でも認めて、いい加減、自分の弱さをなぞることに拘ることはやめるんだ。

今 自分が手にしているものの中から何を伸ばすかということにそろそろ意識を切り替えろ」


今自分が手にしているものの中から何を伸ばすか──。


学生のあの頃。

目の前に提示されたたった1本の道に立つことを受け入れたあの時。

俺はそれでも前を向いて、自分ができることを探して胸を張って生きていこうと決めたじゃないか。


胸のシャツを握りしめる。番の紋の辺りを。


今ここに手ごわい敵が現れたとして……。

番の紋に紗良と2人で干渉し合って、力が増強されて敵を倒したとして。

俺はそれが自分の力ではないと思うだろうか。

番によって与えられた恩恵によって倒したのだと。


……恩恵だとは思うだろう。

でもその恩恵を受けるのは、努力して築いてきた俺自身の生き方の結実だ。


魔力の欠乏にのたうちまわりながら続けた訓練。

秋月さんの元で山野の中で体に叩き込まれた戦い方。

各部隊長から見せてもらった現場や与えられた言葉達。


少しずつ自分のものとして積み上げられている。

俺の中に確かな自信として受け取ることができている。


──それは決して恥じるものでも、許せないものでも、ないよな……。


俺は、まだ弱い。

これからもきっと弱さに膝をつくことはあるだろうけれど。

それを補うために紗良の番の紋に手を伸ばしたとしても、更にそこから自分の力を積み上げるためにきっと前を向ける。

今の、俺ならば。 


胸のシャツを掴む。

自分の心にわだかまっていたものが静かに、でも確実に吹き払われていくのを感じた──。  


「東京に、戻ります」


俺は弓削戦闘魔術師長を見つめて静かに言った。

「そうしろ」 

俺の言葉に魔術師長と重森隊長が頷いて。


求めるものを探し続けた日々に1つの決着を迎えたことを、俺は静かに受け入れたのだった。


* * *


「飲みに行くか」という魔術師長の言葉に嬉しくなっていると、

「言い忘れてた」

と振り返られた。


「お前、祓いに対する気持ちの処理。あれも課題だからな。いちいち傷つくな。うっとうしい」


うっとうしいよな。分かってはいるんだよ。


「あれこそ秋月紗良に会って甘えてみろ。訓練で解決できないような精神的なものって女で解決することも多いぞ」


……紗良を女として見るかどうかは微妙なところなのだが。

あの海の別れのキスが、俺達の中でどういう意味を持つのか全く確認ができていない。

ただ少なくとも「女で解決」なんて道具のような扱いをするつもりは、俺には絶対にないぞ。


「弓削さん、言葉が足りませんよ」

重森隊長がため息をつきながら言った。


「弓削さんは秋月紗良を抱けって言ってるんじゃないよ。

思ってることを話して弱みを晒してみろって言ってるんだ。

俺達だって、戦いばかりの毎日は心が削られるんだよ。それをかみさんや恋人に支えられる。

全部を話せない時もあるだろう。でもその時も、できるだけ誠実に向き合うんだ。目をまっすぐ見るだけでも良いんだよ。

それで明確な答えが出ることもあるし、出ない時もある。でもそれだけで、俺達の中の一番柔らかい部分が救われるんだ。

そして相手も信頼されてることが分かれば、心を寄せてくれる。

自分の一番弱いところを見せようと思える、甘えられる相手がいるってのは大事なんだよ」


そう言えば、華岡隊長も奥さんと息子さんを大切にしていると聞いている。

この目の前のいつも泰然とした魔術師長もそうなのだろうか。


「……魔術師長もですか?」

全戦闘魔術師の長はふん、と横を向いたけれど。

「弓削さんも奥さんをとても大事にされているよ。上の立場の者だけじゃない。長年現場に出てる魔術師達は皆、自分のそういう存在をとても大事にしている」

と部下に暴露されていた。


紗良に自分の一番弱いところを見せる……。


俺達は肝心なことを何も話せていなかったことを思い出す。

俺が自分の弱さに行き詰まってたことも、あいつが魔道具を作れなくなってたことも。


今の俺なら、話せるだろうか。

弱くても、それならそれでまた努力すれば良いことだと思えるようになったと。

そして祓うという行為にやり場のない思いを抱いてしまうことも。 


この離れたいくつかの季節の中で、お互いに何を思ったか、話してみようか。

俺達はまた共に在れるのか──また向かい合ってみようか。紗良。


俺はうだるような暑さの中、青い空と白い雲を見上げて手をかざした。

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