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34. 外部指導員 秋月武明

紗良の保護者である秋月武明──秋月さんの家は、東京から車で数時間ほど走ったところにある。

県庁所在地にもまた車で1時間はかかる山間の小さな町。

町の中心部こそ住宅が並ぶけれど、少し外れると田んぼと畑と山と川に囲まれた自然豊かな土地である。


自然の中に家々がぽつりぽつりと点在している、そんな広いけれど古い平屋が秋月さんの家だった。

元は秋月さんの両親が住んでいた実家だったが、若い頃にその両親は亡くなっているため、今は秋月夫妻が静かに暮らすだけだ。


その秋月さんの住まいから少し入ったところにある林の中を、俺はもう2時間ほど走り回っていた。


大小の木が不規則に生え大きい石が転がっている傾斜のある場所で、足元をとられそうになり一瞬目を逸らした途端。

「何をボーっとしている」

一瞬の隙をついて、秋月さんは容赦なく俺の肩に竹刀を叩き込んできた。

防具など何もつけていない身に筋肉隆々の男の一撃を食らえば相当な痛みを感じるはずだが、そこは結界で防いでギリギリ怪我を免れる。

だがすかさずここで反撃を行わなければ、鋭い檄が飛んでくることになる。


「竹刀に魔力を送り続けろ」

そう言われても、俺達が持っているのは車で少し行ったところのホームセンターから買ってきた、普通の竹刀だ。

魔道具ではない。

それに魔力を送り続けろと言われる。


魔力が通っているのかいないのか分からない……いや、絶対に通っていない竹刀で秋月さんの首元を突く。

もちろん、結界で跳ね返される。

当初は遠慮していたが「お前ふざけてんのか」とズタボロになるまで叩きのめされてからは、もう一切の遠慮をすることなどない。

俺はこの退官して10数年になるのに全く衰えを感じさせない化け物のような元戦闘魔術師と日々戦っていた。


「頭で考えるな!頭が理解する前に体が次に何をするか構えられるようにしろ!防ぐのか、流すのか、攻撃するのか!」


離れたところから放たれる一撃を流して足を踏み込んで──。


「今魔力のことまで考えられないだろ?その状態で体が動くようにしろ!」

いけるか!?でも弾かれる、じゃあ次は──。


「そうしたらいっぱいいっぱいでも動けるし、余裕がある時は魔力の調整をしながら戦える!」

次は少し引こうか?

いや、やっぱり……。


バシリと腕を竹刀で殴られる。

(いて)ぇ───!!!


「考えんなつってんだろ。お、でもそろそろ昼だな。帰ろう。今日の飯は何かな」


この人は切り替えが早い。先ほどまでの痛いほどの殺気をおさめて竹刀を片手に飄々と斜面を登って行く。そんな男の後ろを『バケモンかよ』と思いながら、疲労で重くなった体を奮い立たせて俺は後を追った。


「てるこー、帰ったぞー」

紗良の保護者として見ていた頃は厳しい印象しかなかった秋月さんだが、実は結構な愛妻家だ。

特にこの帰宅時の甘えたような声を聞くたびに内心『おぉう……』と思っているのが外に出ないよう苦労している。


「おかえりなさい、おつかれさま。ご飯できてるわよ」

にこやかに微笑んで迎えてくれた輝子さんに「ただいま戻りました」ときちんと礼をした。



弓削戦闘魔術師長の命令で、元第17部隊副隊長である秋月武明の元に移ったのは今年の2月のこと。

この古いけれども広い家の一室を間借りして秋月さんに訓練をつけてもらっている。

その合間に全国各地の各部隊に邪魔をして隊長や副隊長の胸を借り、その部隊の祓いの現場にも邪魔をさせてもらう。

そのフィードバックをまた秋月さんと行い、また次の部隊に行く。


ようやくその繰り返しに俺が、秋月さんが、そして各地の戦闘魔術師達が慣れてきた今。

季節は夏。7月になろうとしていた。



「紗良が」

食後のコーヒーを飲んでいる時にポツリと呟かれた名前に、ついピクリと反応してしまう。


「……紗良さんがどうしました?」

「紗良が近々、うちの県に来る」

「帰省と言うことですか?」


それならば、俺はその時にはこの家を空けた方が良いだろう。

去年10月以来、俺達は一切の連絡を絶っていた。

番という存在が自分に与える負の部分を消化しきれずに選んだ別離。

少なくとも俺はまだそのことを解決できていない。

今はまだ会う訳にはいかなかった。


「いやそうではなくて。学園長の命令で、過去の番の遺族に会うんだ」

「過去の番の、遺族?」

秋月さんから聞いた紗良への課題は、思いもよらないものだった。


「本人達が生きているならまだしも、遺族からの話、ですか。」

それが役に立つのだろうかと思いつつ……そもそも紗良がもうそんなにも長い間魔道具を作れていないということに衝撃を受けていた。

昨年の夏前からということは、俺達がまだ頻繁に連絡を取っていた頃も時期としては被っている。


──言えよ、そんな大事なこと……。


何も聞いていない……という、紗良を少しだけ責めたくなる気持ちを抑え込む。

俺だって訓練でつぶされまくっていた時のやり場のない不甲斐なさを話せなかった。

俺は年上だからと思って言っていなかったけれど、年下だろうと彼女は彼女なりの矜持があったということだ。


あれだけ毎日話して繋がりを深めていたと思っていたけれど、俺達は他愛もないことばかりを話していて、肝心なことは何も打ち明けられていなかったんだな。

今更自嘲しながら、その伯父がこの話を出した意図を待つ。


「遺族だから戦い方とかは聞けねえよな。でも二宮さんが会いに行けと命じるってことは、紗良にとって何らかの得るものがあるということなんだろう」

「……如月の戦いの時の幹部達にわだかまりはないんですか」


つい口から出てしまった言葉をしまった、と思い顔が引き攣る。

学園長が秋月さんの妹を追い詰めた奴らの中枢にいたと、俺は秋月さん本人から聞いたわけではない。

そもそも妹に関わることを学園での初対面の時を除いては、本人の口から一度も聞いたことがない。

俺が口にして良いような話ではない。


「すみません、あまりにも無神経でした。忘れてください」

「──いや、いいけどな……」

秋月さんは少し黙ったあと、静かに口を開いた。


「俺は、綾子を……ああ、綾子って妹のことな。綾子を追い詰めた奴らのことは今でも全く許していない。あいつはボロボロになるまで壊されたから」

第5部隊の久住隊長から聞いた話を思いだす。


「ただ、今回その綾子の遺した紗良が当事者になっちまってるだろ。 

俺は自分の中の憎しみは一旦蓋をして、とにかくなんとか紗良を守らなきゃいけない。  

そのためにまあ頑張って冷静になるとな。綾子を昔追い詰めた奴らが、紗良を今追い詰めようとしているかというとそんなことはなさそうでな。まあ番当事者だからなんだろうけど。如月の時より随分と個人を尊重してくれてるなと思うよ」


……そうか?俺も紗良も最前線へ引っ張り出されることを、勝手に確定事項にされてるぞ?


「いや、お前や紗良からすればそうは思えないかもしれないけどな、 

でも如月の時はとにかく何が何でも番わせろ!そして2人に任せよう!って感じだったからな。 

それを知ってる身からすると、今は会いたくないって希望が通ってるのは信じがたいことなのよ。だって、お前の遠征先の部屋に紗良が待ってるなんてこともないだろう?」


 昨年秋の戦いの場で、服の上からではあるけれど初めて番の紋に歯を立てた時を思い出す。

──今まで味わったことがないほどの悦びと震えが体を駆けめぐった。

あの陶酔は、女を抱いた時の比ではない。


夜、疲れ果てて帰った部屋に番が待っている──それを思うとゾッとする。

そんなことがあれば、紗良の華奢な体を腕の中に抱え込んでその首筋にかじりついてしまうだろう。

どんなに紗良が嫌だと泣いたとしても。

だって俺の体は、もうあの味を知ってしまっているのだ。  


「そういう話は絶対出てるはずなんだよ。如月がそれでうまくいってるんだから。 

でもそれが実行されていない、お前達の耳まで届いてすらいないってことは、お前らの上が話を止めてるんだ。華岡や弓削さんや他の部隊長、それに、ニ宮さんや教師達がな」


 隊長や魔術師長は分かる。 

訓練は死ぬかと思うほどきついけれどそれは俺を思ってのことだと分かるやり方だったから。 

でも学園長もそうなのか? あの人は確か俺が高等部に上がったタイミングで赴任してきたが、それまでの学園長に比べてあまりにも鋭くて一気に校内が凍り付いたんだぞ。下の者への細やかな配慮ができる上司であれば、あそこまで教師達は緊張しないだろう。 

だが紗良にも無理な話が強いられていないのならば、そういう一面も持っているのだろうか。


「二宮さんは、あの人は良くも悪くも職務を全うするために淡々と動く人なんだよ。 

如月の頃はあの人は当時の対策本部のほぼトップみたいな位置にいたんだ。 

だから国の利益を最優先にして番2人を深く結びつかせた。 

でも今は、あの人は学園長だ。生徒を導く立場だ。だから紗良を育てることに軸を置いてる。 

紗良を番としてだけ捉えて育てることを疎かにするのは、あの人の仕事のポリシーに反するんだよ。 

……聞いたわけじゃないから不確かだけどな。それならまあ、紗良の不調の解決策を提示してくれるなら試してみるのも悪くないだろ」


 まあ今の対策本部の方針の緩さには内心色々思ってんだろうけどなーと、吐き捨てるように秋月さんは言った。 


なるほど……。  

俺は秋月さんに改めて礼を言うと、話題を戻した。


「それで、戦闘魔術師と番った魔道具師の遺族がこの県に住んでいて、紗良さんが訪ねるんですね?」 

「そうらしい。付き添いで学園の教師達も来るらしいけど、せっかく近場だし俺も同席させてもらおうかと思ってる」 


なるほど。話が見えてきたぞ。 

「お前はどうする?」

うん。そう来るよな。


俺は自分の胸元──番の紋の上のシャツをグシャリと掴む。 

この頃はひと月の間に数えるほどしか熱を持ったり痛みを感じたりはしなくなった、番の証。


──でも思うことは、幾度も。 

元気だろうか。

ちゃんと笑えているだろうか。

泣いていないだろうか。


自分に向き合えているか?

……俺は向き合ってるつもりだし弱いのはもう充分自覚しているけど、その弱さを乗り越えたとはまだ思えていない。


「……俺は、やめておきます。今はまだ顔を合わせられないです。そして紗良さんがそういう状態なら、彼女も多分そう思ってる」

「そうか」

秋月さんはその一言だった。

多分俺の返事は予想していたんだろう。 


「すみません、でも本当は俺も聞いておいた方が良いんだろうとは分かってるんです。だから帰られたら詳しく教えていただけませんか」

「了解」

秋月さんは俺を見て、少し眉を寄せてその目じりを下げると、俺の肩にポンと手を置いた。

「番ってのは、本当に厄介だよな……さあ、午後の訓練やるか」

「はい。お願いします」


また、立ち上がる。

まだ乗り越えられず先の光が見えないのなら、貪欲に探すしかない。

今の俺には、ありがたいことにそれが許されている。

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