32. 魔術庁内部の不協和音
真冬の厳しい寒さがようやく和らごうかと思われた2月の末。
魔術庁大会議室で開かれている対策本部は一触即発の事態を迎えていた。
弓削戦闘魔術師長からの報告に、魔術庁幹部や事務方達の顔が厳しくなったのだ。
──風祭彬が、第6部隊を離れた。
離れる、ではない。
離れた。
事後報告だ。
「弓削くん。風祭が第6を離れたのはいつだ?」
「3週間くらい前でしょうか。」
「3週間も!?なぜ黙っていた!?」
「黙ってはおりません。少し前から訓練の報告は地方の部隊長の名で上がっているのはご覧になっているでしょう」
なんでもないことのように言う全戦闘魔術師のトップである男の言葉に、一部の者達は言葉を失う。
「風祭にはこの1年、第6だけではなく近隣の隊長や私が訓練を付けてきました。
そろそろ他の隊長や副隊長にも訓練を付けさせるというのは当たり前のことです。ですから今後は各地の部隊を回らせます。何の問題があるのでしょう?」
「それは……訓練については、問題ないだろうが……単発の派遣ではなく長期の滞在で移動させるとなると対策本部への報告が必要だろう」
「ですから、今報告しています」
確かにそうなのだが、対策本部としてはどうしても気にせずにはいられないものがあった。
「番の強化はどうなる。風祭が遠方に移動するようでは、ますます秋月紗良との交流が減るではないか」
番の出現が確認されてから、既に1年。
その間に番である風祭彬と秋月紗良が接触したのはわずか3回だ。
1回目は番確認から半年近く経ってから夕飯を食べたのみ。
2回目の戦闘中の接触で強大な力を見せつけた2人だったが、その後に接触したのは1回のみ。
その3回目となる去年の10月の接触以来、また2人は交流していないという。
もっと交流するように命じろと第6部隊隊長や学園長に言っても「了解した」のみ。
本人達の連絡先にその旨通達しても「善処します」という返事のみ。
これで風祭が東京を離れては、ますます縁遠くなるではないか。
弓削はそのことに直接は答えない。
だが戦闘魔術師長としての意見を口にした。
「昨年秋の戦闘現場に秋月紗良が転移し、番の能力強化が強大であることはお聞き及びかと思います。 あの段階の交流でもあれだけの効果が出ました。
ですが、やはりそれは風祭本人の戦闘魔術師としての能力があってこその強化であると思われるのです。
あれはまだ若い。
如月の片桐に比べて伸びしろがありすぎます。
私としては、まずそこを伸ばさなければ番の能力強化も天井にぶつかるだろうと思っています。
敵の出現がいつになるかわかりませんが、とにかくあれに経験を積ませてやってください」
そう言って、隣に座っていた第6部隊隊長の華岡と共に立ち上がり頭を下げる。
その姿勢と言い分を咎める余地はなく、並んだ面々は黙るしかなかった。
その沈黙を了承と取り、弓削はもう1つの報告をする。
それは番の仲を気に掛ける者達にとって吉報かもしれないし、苦いものになるかもしれないものを。
「風祭は各部隊を回らせますが、その合間に今は退官した元17部隊副隊長の秋月武明殿に外部指導という形で訓練をつけていただくよう手配してあります」
──秋月武明……!今度こそ場の空気が凍り付く。
「……なぜ、あれに?」
「いくつか理由がありますが。」
そう言って弓削は説明した。
まずは、自分が知る中で秋月武明ほど極限状態の戦いで接近戦に強い戦闘魔術師をこれまで知らないこと。風祭と同じ詠唱で戦うタイプだった片桐陽一が接近戦で相討ちになっている以上、接近戦への対策は必須である。
次に、秋月武明と片桐陽一は学園の同期生であり義理の兄弟であったことから、魔術庁も把握していないアドバイスができる可能性があること。
最後に、風祭の番である秋月紗良の伯父であること。秋月武明は妹の忘れ形見である秋月紗良を大切にしていると見受けられる。その姪が番として戦いに引きずり出される以上、同じ番である風祭の強化は秋月武明も願うところであろうから協力を期待できること。
「秋月武明の反応は?」
「私が連絡しましたが、『承知した』のひとことです」
「……華岡が連絡したのか?」
「はい。私の部下です。私から頼むのが筋だと思いましたので」
秋月武明と華岡の因縁を知る者はそこにどのようなやり取りがあったのか思いを馳せるが、それを口にはしない。
因縁を知るとはそれはつまり、10数年前に自分も片桐陽一と番の関係強化に一役買っていたということだからだ。
「今後は秋月武明の元で訓練を受けつつ、合間に各部隊を回らせる形にします」
「軸は秋月の元に置くということか」
「はい。秋月武明は秋月紗良の保護者ですから、そこで自然と交流も生まれるのではないでしょうか」
最後の番同士の交流というのは取って付けたようなものだが、それも付加されてしまうともう反論の余地はなかった。
そもそも戦闘魔術師の訓練方針の決定や配置権限は戦闘魔術師長にあり、幹部であろうと滅多に口出しはできない。
「それで宜しいのでは?番の2人は若い。
今度は死なせるようなことにならないよう、それぞれの能力を上げることが必要でしょう。
その間に他の魔術師達も訓練を積んで強くなるのならば、万々歳ではありませんか」
そう賛同したのは治癒魔術師長だ。
今回は前回の如月の戦いの時とは随分と流れが違う──藤原は、そう思った。
藤原は当時は今ほどは上にはいなかったけれど、将来の幹部候補として対策本部に名を連ねていた。
あの時は番強化だけに気を揉めばよく、そして本人達はその流れにうまく乗ってくれたから楽であったと記憶している。
多少の障害はあったが。
番2人が若いとこんなにも話が進まないとは……というのが関わる者皆が感じているところだろう。
しかもその番の仲を積極的に繋ごうとすることに、現場の魔術師達がやんわりと抵抗しているように感じるのだ。
さきほどの治癒魔術師長の言葉にも、遠まわしの当て擦りを感じた。
『前回は治癒魔術師が使い捨てにされましたからね』という無言の非難を。
──自分達だって、色々なことを飲み込んでいるのだ。
同じ組織に所属し国のために一丸となって取り組んでいるはずなのに、まるで若者を追い詰める敵のような扱いは本意ではない。
これ以上の対立が生まれないと良いがと、藤原は内心ため息をつくのだった。




