29. この日の転移が暴くもの2
厳しい現場だった。
最初は第6部隊の中堅の先輩2名が送られた商業施設。
応援要請が入り、本部にいた全ての隊員と田野上副隊長が急遽出ていき、更に訓練を続けていた華岡隊長と俺にまで追加の救援要請が入った。
本部を空にするほどの要請なんてそうあるものではない。
しかも、最後は応援ではなく救援要請。
たどり着いた時は複数人が治癒魔術師達に治癒されており、田野上副隊長がなんとか1人でもたせている状態だった。
「田野上!」
華岡隊長が割って入るけれど、商業施設の広い吹き抜け空間を瘴気が縦横無尽に駆け抜ける。
これ、本体が動いている訳じゃないな?
瘴気に侵された奴はと見ると、広場の中央でビクビクとのた打ちながら動き回っている奴がいる。
とにかく、駆け抜ける瘴気の速さと鋭さがすごい。
結界にぶつかる度にどんどんこちらの魔力が削られていき、先に来ていた戦闘魔術師や治癒魔術師達が自分の結界を維持することはもう困難になりかけていた。
倒れかけている者達を包み込む広い結界を張りながら隊長と副隊長に加勢するけれど、3人とも防衛に魔力を持っていかれる──3人共に朝からの訓練で魔力がかなり減っていたのだ。
「しまったな、こんなことになるとは」
華岡隊長の呟きが聞こえるけれど、とにかく今この場にいる全員の魔力が足りない。
襲ってくる瘴気を防ぎ、動けない戦闘員や治癒魔術師の分の結界も補助し続けて……。
おい、防ぐだけで、それで戦闘と言えるか?
俺は詠唱が得意なんだ、あれの傍に行かなくても祓えるはずだろうが……。
そう思うけれど、魔力が足りない。足りないのだ。
「田野上さん……!」
副隊長が弾かれ無防備になったのを咄嗟にまた俺の結界で守る。
……体が悲鳴を上げる。魔力が足りない!
──そんな時。
胸の番の紋が急速に熱くなりつつあることに気付いた。
それを意識した途端、思い浮かんだことに俺はゾッとする。
『秋月が……番がここいれば……すぐに魔力が回復して、こんな敵なんてすぐに倒せる』
──だめだ、考えるな……考えるな。
番の力など借りていたら、力はつかない。
そんなものに頼らずに済むよう、頑張ってきたんじゃないか………!
「キャアアァァ!!」
後方の治癒魔術師に襲いかかろうとした瘴気を防ぐ。
今この場で動ける魔術師が俺と華岡隊長の2人しかいない……!
その時。先ほどから熱くなっていた番の紋に凄まじい痛みを感じ、火傷するかというほどの熱さを感じた。
これは………!
「……だめだ、だめだ、紗良……!今は来るな……今は、跳んで来ないでくれ……!」
今来られたら、俺はその紋にきっと手を伸ばしてしまう……!
──俺の叫びも虚しく空間は歪み、少女は俺の腕の中に跳んできた。
腕の中の少女は泣いていた。何か、あったのだろう──。
俺の顔を見上げるでもなく、背中に手を回しギュッと抱きつくと、すぐに番の紋があるところに頬を擦り寄せる。
ああ、ダメだ──。
俺は自分の胸元に甘えるように頬を寄せるその体を少し離すと身をかがめ、その首筋に顔を寄せた。
まだ夏の制服。
薄い布地の上から口付け。
そして──歯を立てた。
「………………あっ……!」
少女の口から吐息のような小さな声が漏れた、その瞬間。
俺の胸元から膨大な魔力が生まれ、身体中に満たされた──。
「風祭……!」
華岡隊長の警告の声に、手をひと振りする。
……見るまでもなく、瘴気を一気に払ったのを感じた。
駆け回るものだけでなく、本体自身の瘴気も。
「これが、番の能力強化……」
沈黙のあとに誰かの呟きが聞こえたけれど、俺は抱えていた秋月の体を緩め、見つめた。
──ほら、こうなる……分かりきっていたから、跳んで来てほしくなかった……。
目の前の彼女は、硬い表情で俺を見つめている。
彼女にも何か転移しなければならない事情があったのだろう。
酷く硬い……俺に対する拒絶の意志が顔に表れている。
でも今の俺は、どうした?と訊いてやれない。
俺からも、同じような感情が溢れ出てしまっているだろうから。
番から与えられる魔力が強大だろうことは、これまでの数回の接触で分かっていた。
でも意識して紋に働きかけると、勢いよく湧く魔力、それが全身を廻ることによる細胞の目覚め、そして強化された魔力への歓喜は想像していた以上だ。
……このままでは俺は、番の能力強化に甘えて自分の力で成長することを放棄するようになるだろう。
そのことをはっきりと予感する。
俺の体はもう、その味を知ってしまったので。
──でも俺の心は、絶対にそれを受け入れられない。
子供の頃、お前には魔力がありこのままでは体調を崩すからと、突然に今まで全く知らなかった世界に一人で放り込まれた。
親兄弟と離れ、それまでの価値観を根本から覆されて、必死に自己を再構築して。
離れて暮らす間に家族は自分抜きで知らない形に出来上がっていき、たまの帰省でも話す内容を分かってもらえない。
そして必死に学んで卒業しても、少なくとも10年は魔術師として働くことがもうほぼ決定となっていて。
……諦めざるを得なかったものが、確かにあったのだ。
当然のようにあると思っていたごく平凡な人生や、まだ自分の限界も知らず憧れていた夢を描く自由が。
それでも魔術師として生きることから逃れられないのなら、ふてくされて生きたくはなかった。
それならそれで、できる限りのことをして後悔のない人生を送りたい。
──そう思い、ずっと努力してきた。
でも目の前の少女は、俺の番は、そんな努力など意味のないことのようにいとも簡単に俺の限界を凌駕させていく。
……そんな俺の今までの葛藤や努力を嘲笑うかのようなこと、決して受け入れることはできない。
今のままそれを繰り返せば、俺はきっとこの目の前の少女を自分にとって邪魔な者だと思うようになる。
疎ましいと、煩わしいと、俺には要らないものだと。
こんなにも求めているのに、そう思うようになるのが分かってしまう……。
番の効果を実戦ではっきりと刻み込まれた、その日。
それは、番という存在への拒絶を確信させる日となった。




