27. 保護者説明会
それは9月の終わり頃。
まだ暑い日もありますが、山の上の学園にはもう秋の気配が訪れている時でした。
私は石を削る機械の前で石を持ったまま、今日も動けずにいました。
『どうか誰も自分に気付かないでくれって、邪魔をするなって願いながら作ってるように見える』
『目的のズレがもしあるなら、いつかお前の魔道具づくりに影響するんじゃないか』
……夏休み前に里中くんに言われたことが私の中にずっと残り、それ以降魔道具を作れなくなっているのです。
手は、動きます。
石だって削れます。
でもその石に、素材に、魔力が通らなくなってしまいました。
いくら集中しても、もう遠慮なく全力で魔力を込めて取り組んでも魔力が通る道具が作れないのです。
それは魔道具ではありません。
ただの素材を組み合わせた道具です。
あの言葉を聞いた時は、まさかこのようなことになるとは思いもしませんでした……。
もうずっと里中くんに言われた言葉を思い返しています。
私は使い手である戦闘魔術師の魔力を引き出すためではなく、自分の世界を守ることを願いながら魔道具を作っているのでしょうか……。
なぜ私が魔道具科に進むことを選んだかを考えると否定できないのです。
……亡くなったお母さんと繋がっているような気持ちになれるから、です。
だから魔道具は作りたいけれど、それは決して瘴気を祓う戦闘魔術師の助けになりたいとか誰かを救うためにとかではなかったのです……。
そんなことはないだろうと、少しは瘴気を祓うためという気持ちがあっただろうと思いたかったけれど、でも比率としてどちらの方が大きかったかと問われると……。
そう考えると私の作る魔道具はひどく利己的な気がして、ずっと言われてきた自己主張の道具を作るなという教えに反していると思うのです。
たとえ私自身の魔力の個性を込めなかったとしても。
そう思ったとたん、私は魔道具を作ることができなくなってしまいました。
……お母さん、どうしよう……私、魔道具を作れなくなっちゃった…………。
そんな私の周りを今日も里中くんがウロウロしています。
「そんなつもりじゃなかった」
「俺の言ったことなんて気にするな」
「先生に相談してみよう。きっと俺の言葉を否定してくれる」
ことあるごとに私に話しかけてきます。
里中くんのせいではありません……。
これはきっと、私自身の問題なのです……。
自分のことのように思い詰めてしまっている里中くんには申し訳なく思いますが、それでも私は今日も固まったままなのでした。
お母さん、お母さん、どうしよう……すがるように、語り掛けながら。
でもお母さんは、何も言葉を返してくれないのでした。
* * *
「ねえ、すごくいっぱい来てる」
誰かの声がしました。
外を見るとグラウンドに沢山の大人達が集まっています。
『今後のことについて学園で保護者に説明会を開くと知らせがきたぞ』
数日前に伯父さんから聞いていた説明会が始まるのでしょう。
そのためか教室には先生はいませんし、見ればグラウンドに出ている生徒もいました。
「……俺達も行ってみるか?」
誰かのその一言で、私達もグラウンドに向かいました。
「紗良」
皆と同じところに向かおうとした途端、伯父さんの声がしました。
「伯父さん?」
「……出てきたのか。お前はこっちで聞け」
伯父さんは私を引っ張り、仮設テントのようなところに案内しました。
中に入ると先生方がいます。
魔術庁の藤原さんや他数名の学園外の人達の姿も見えます。
「秋月、来たのか」
魔道具科の主任先生が困ったような声で言いました。
「あの集団の中で聞くよりいいでしょう。ここに置いてやってください」
伯父さんの声に
「……まあ、そうですね」
と先生が答えます。
「秋月。保護者達は今、冷静さを欠いています。強い言葉を聞いても気にせずにいなさい。そのまま受け取らなくて良いですからね」
戦闘魔術科の先生も声をかけてくれました。
『それでは、これより始めます』
一段高くなっているところに学園長先生が立つと、司会の先生の音声でその場が始まりました。
このテントは学園長先生の背中を斜め後ろから眺め、保護者の顔や動きが見える場所に設置されています。
最初に学園長先生が先日の魔法庁長官の発表した内容をそのまま伝えました。
先日の通達は「全魔術師へ」だったため、魔術省の管理下にはない魔術使いや魔力がない保護者達は知らないはずの内容だからだそうです。
逆に現役の魔術師である保護者には周知の内容です。
『この通達ののち、沢山の問い合わせを保護者からいただきました。
急な通達で不安になられた保護者も多いでしょう。
そのために、その不安をとりのぞくべく今日はこの場を設けました』
学園長先生の低い大きな声が響きます。
穏やかに始まったと思ったのですが……。
そこから、学園長先生は口調をガラリと変えてきました。
『保護者からの質問や要望を聞く前に、あらかじめ寄せられたいくつかの質問について回答させていただく。
これは学園だけで検討したものではなく魔術庁と打ち合わせたうえでの回答となるので、そのように聞くように』
……学園長先生の上からの視線を感じさせるとても高圧的な牽制がいきなり発せられました……。
『まず1つ。在学中に強大な敵が出現した場合、生徒の出陣はあるのか。
これに関しては100%ないと断言はできないが、まあほぼないと思っていただいて構わない。
全国には多数の現役魔術師がいる。学生を戦わせるのはそれらが全員機能しなくなった場合のみだ。
前の如月の戦いの際にもそんな事態にはならなかった。』
その声に保護者達がホッとしたような声を上げたのが聞こえてきます。
『では、次。これは高等部の戦闘魔術科と治癒魔術科の保護者から多数寄せられた声』
学園長先生の説明は続きます。
『その2つの科の保護者からは、今から専攻を研究魔術科か魔道具科に変更させてくれという要望が多く寄せられた。
これは可能だ。しかし、その場合は1年生から改めての学びなおしとなる。
そして適性を考慮しての転科ではなく自己都合の変更であるため、遡る年数分の学費は自己負担してもらう。
ちなみに1学年につき3億3千万円だ。今の3年生が来年度から1年に入るなら9億9千万円、今の2年生なら6億6千万円、1年生なら3億3千万円だ』
お、億……!?どよめきが保護者から起こりました。
私はこの前の春に転科を勧められたけれど、あれは学園から言われたからお金の説明がなかったの?
もし払えと言われたら、こんな金額、絶対に無理です。
『次に』
学園長先生はどよめきなど気にせず言葉を続けます。
『学園をやめさせたいという要望。これも可能だ。しかし入学したにも関わらず自己都合による退学ということで、違約金10億円を払ってもらう』
10億……!?保護者からは叫び声のようなものが聞こえます。
これはもう自己都合による転科も自主退学も、事実上は認めていないも同然です。
『すべて、入学前に個別に説明して承諾する旨のサインと押印をもらっている』
冷静で威圧的なその声に一瞬保護者達は黙りますが、その後は怒声がほうぼうから上がります。
「まさかこんなことになるとは思わなかった!」
「命に係わることなのだから、契約書は無効だろう」
「せめて転科はもっと金額を安くして」
『情けない』
学園長先生は動じません。
『今回の要望は現役魔術師や過去に魔術師だった保護者からいちはやく何件も届いた。
貴様らは如月の戦いも知っているくせに何を言っている?魔術師になる以上命を懸けるのは当然だ。
どれだけ高い給料がお前達に払われていると思っている。
今税金を投入されている学生も同じだ。
それだけ金をかけられているのだ。
卒業したあとは10年間は国のために働く。当たり前のことだ。
与えられることばかりを当然と思うな。為すべきことを為せ』
学園長先生は、ものすごく高圧的な口調で言いきりました。
本当に、この方はブレません。
子供の頃の苦い記憶やここ最近のことを見るに、この方は自分の役割をきちんと果たそうとするのです。それが、仕事だから。
それがよく表れる説明でした。
保護者達の一部がまた大声で怒鳴り始めます。
その時でした。
「……番はどうなってるんですか!?番がしっかりしてくれれば私達も安心できる!」
そんな声が響いたのです。




