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25. 如月との違い

「風祭、今日のここでの訓練はここまでだ。今から第5部隊の現場に跳べ。それくらいの魔力は残ってるだろう」


午前中から倒れる寸前までしごいてきた弓削(ゆげ)戦闘魔術師長が昼休憩の後に言ってきたのがこのセリフだった。

昼休憩とは言っても、俺は何も食う気にもなれずゼリー飲料を流し込んだだけだったが。


なんで他部隊の現場に?

同じ東京の担当ではあるけれど、他部隊への干渉はご法度だろう。


「第5の隊長の久住が今のお前の状態を見たがっている。ちょうどあいつがそこで下っ端を見てるはずだから、お前も行け」


下っ端って何年目のやつだよ。

俺より下であってくれ。

下手に相手の方が少し先輩とかなのに他部隊の俺が顔を出したら絶対印象が良くないだろ……。


──そう思いながら跳んだ第5部隊の現場。


「お前何しに来た?」

そう言ってきた下っ端くんは学園の同期で俺を目の敵にしていたやつだった。


* * *


「風祭、入れ」

「隊長!俺まだやれます!」

「そんな怪我をしていて続けさせられない。退()け。」


第5部隊の久住隊長の言葉に同期は悔しそうな顔をすると、俺を睨みつけてきた。

ため息をつきたくなるが、仕方ない。


交代する形で前に出ると、改めて瘴気に侵された()()を見る。

高齢の女性、らしい。

小さい体で腰が曲がっている。


それだけだと弱そうに見えるが、こいつは針を投げてくる。

裁縫用の細く短い針を、どこに隠し持っているのだと言いたくなるほどに大量に、高速で投げてくるのだ。

同期はそれが目にささり退却を余儀なくされていた。


結界を強化して、針を跳ね返して、悲鳴をあげたその小さな体の額に一筋の魔力の筋を入れる──。

簡単な、ものだった。


そう。祓うのは簡単だった。

連日の鍛錬で不足気味の魔力でも対応できるほどに。


しかしその後に気の進まないものが待っている。

「風祭。そいつを第5本部に転移させろ」

久住隊長の言葉に、そこまで俺がやるのかと思うけれど仕方がない。


人間に戻ったそれは、とても小さくやせ細った老婆だった。

あんなに俊敏に動けていたとは信じがたいほどの後期高齢者。

皮膚がカサカサで骨が出るほど痩せたその軽そうな体を見ながら、もう何度思ったかわからないことを思う。


──祓ったことが本当に良かったのか……?


俺は今回の事案の背景までは調べていない。

だが人生の最後の最後にこうなるほどのつらい現実が、この老婆にはあるということだ。

祓ってまた現実に戻して、それが本当にこの老婆のためになったのだろうか。


『良い方向に、向かいますように』


不意に半年ほど前に聞いた、少女の澄んだ声を思いだす。

そのセリフを聞いた時、随分と簡単に言ってくれると思ったものだ。

そんな言葉で楽になれるほど、瘴気に侵される者達が抱えているものは気楽なものではない。


──だから、俺には絶対にあんなセリフは吐けない。

そう思いながら、事務的に老婆を転移させた。


* * *


「俺は風祭と話があるから、お前は先に帰って治癒してもらえ」

そう言った久住隊長の言葉に、同期は傷ついた顔をした。

そして、俺を睨みつける。


「風祭、てめえ調子に乗ってんじゃねえぞ!!!」


乗ってねえよ。


「この頃華岡隊長だけじゃなく、弓削戦闘魔術師長にも訓練してもらってるらしいな!

さっき見てたけど、その程度の魔力でよくそんな人達に教えを請おうと思うよな!

しかも、しかも……久住隊長にまで……!」


うるせえな。


「まさかお前、この頃噂になってる番ってやつじゃねえだろうな!? 

そんな魔力で、学生の頃の延長みたいな戦い方で、俺らの代表みたいな顔するつもりか!? 

ああ、女抱いてりゃ強くなれるんだっけ!?お前、戦闘魔術師として恥ずかしくないのかよ!?」


紋が熱くなり、自分の中の殺気が鋭くなり魔力が渦巻くのを感じる。

負傷している目を狙ってやろうか──残忍な思いに支配されようとした時。


「さっさと帰れ」

久住隊長の一言と共に同期は強制的に跳ばされていた。


「こちらから呼んだのに、すまんな」

「……いいえ」

「ちょっとこの後つきあえ」


てっきりまだ明るいうちから飲み屋に連れていかれるのかと思ったら、喫茶店に引っ張られた。

この体に酒はきついと思っていたので、心の底から安堵する。


完全な個室で1杯3800円という驚くべきコーヒーを頼んで、俺は久住隊長の言葉を待った。

真剣な顔でチョコレートケーキにフォークを入れているこの人は、確か華岡隊長より2~3歳年下。

数年前に隊長に昇進していきなり首都3部隊のうちの1隊を任された、精鋭のはずだ。


「いよいよ公表するって聞いたか?」

「はい」

何を、とは訊くまでもない。


『9月1日に番誕生を公表する』と先日華岡隊長より告げられている。


「弓削さんと華岡さんはなんて言ってる?」

「お二人とも『覚悟しろ』と。俺が番だとばれるのは時間の問題だそうです」

全く連絡を取っていない他部隊の下っ端くんにも怪しまれているくらいだ。

あとはもう答え合わせをするくらいなものなのだろう。


「まあそうだな。お前自身の戦闘員としての能力と、番との結びつき具合を皆が一斉に確認したがるだろう」

「はい」

ああ、本当に想像するだけで舌打ちしたくなるよ。


「戦闘に関してだが。お前、今日も昨日も弓削さんと華岡さんにしごかれてるんだよな?その割には随分動けていて驚いた」

もう何ヶ月も未熟だのまだ足りないだの言われ続けていたので急に褒められて身構える。

あの程度の動きで褒められる要素があるとも思えないが。

「ただなあ」

ほら、来たぞ。


「お前のデータはこの数か月、学園時代から今日の分まで全部見させてもらってるが、戦い方がずっと同じだよな。印と詠唱。」

……戦闘魔術師は、自分の得意な戦い方で祓う。それが基本中の基本だ。


「いや、それが基本なんだ。それで良いんだが。如月の戦いでは、片桐さんは接近戦で刺し合ってやられてるんだ。あの人は胸を貫かれて」

「……片桐副隊長も詠唱タイプでしたよね?」

「ああ。でも最後は接近戦で、多分詠唱や印を繰り出す猶予がなかったんじゃないかな」

「……初耳です」


如月の戦いは検索しても肝心なところがほとんど出てこない。

最前線に放り込もうとしているなら、そんな大事なことは教えてくれよ。


「多分、弓削さんも華岡さんも今の魔力を削るタイプの訓練が終わったら対接近戦に移行させていくつもりだと思う」

……そういう予定は、ぜひとも事前に知っておきたいことだよ。


「そこで弓削さんや華岡さんに師事するのも良いけど、どうしても戦い方は個人の癖が出る。ある程度あの2人の戦い方に慣れちまってたら、他の人に習うのも手だぞ。特に伸び悩む時とかはな」


……伸び悩みなんて、もう今この時も抱えている。


「お前の番の秋月紗良の伯父とかもゴリゴリの魔道具使いで接近戦が得意だったけどな」

「秋月副隊長が?」

「ああ。ものすごく強かったよ。ただ華岡さんと揉めたから、お前が秋月さんに学ぶのをそれぞれがどう思うかはちょっとわからんけどな」


「揉めた?」

確かに学園での話し合いの時も秋月武明は随分と華岡隊長に攻撃的だった。


「これからお前の耳には聞きたくもないものが入ってくるだろうから、隠しもせずに言うけどな。 

片桐さんの奥さんへの魔術庁からの嫌がらせがすごかったんだよ。 

片桐さんと番を遠征させて同じホテルの部屋に放り込み、いちゃついてる様子を奥さんに知らせ続けて。職場の魔道具工房では奥さんを集団で追い詰めた。奥さんが離婚に応じないせいで国民の安全が脅かされている、強大な敵に立ち向かうべく努力している魔術師全体の敵だって態度を同僚全員がとってな」


学園でのやり取りで薄々察してはいたが、組織を挙げての嫌がらせに眉をしかめる。

 

「そして真夜中に魔術庁のさしがねでいろんな奴らが連日おしかけて恫喝したんだ。幼い娘もいたのに。華岡さんは当時第9部隊で南関東の副隊長だった。片桐さんの家はその第9の管内にあったから、華岡さんは色々やらされたんだよ」


……息を吸って、吐く。


「首都圏以外の魔術師達の耳にその辺の情報が入ってきたのは随分あとでな。 

第1部隊で北海道にいた俺が知った時にはもう、奥さんは娘を抱きかかえてうずくまるだけの状態になっていたらしい。兄貴である秋月さんに助けを求める力も出せなくなるほどにな。 

秋月さんは副隊長として四国にいたんだけど、その第17部隊の隊長が病欠でいなくて、実質の隊長としてとにかく驚くくらいの業務がどんどん課されてたんだ。 

後から思うと隊長の病欠も怪しいけどな。とにかく、秋月さんが気付いた時には妹さんはもうボロボロで壊れてしまってたんだ。国民のためという言い訳を得た正義感が暴走して、一人の女性を壊した」


紋が、熱くなる……だめだ。冷静になれ。この話題はきちんと聞かないといけない。


「華岡さんと秋月さんは学園の同級生で実力も拮抗してて、良い関係だったらしい。 

でも華岡さんが妹への圧力に加わっていたことを知って、そこから絶縁しているはずだ」

一気に話し終わると、久住隊長はコーヒーを飲みほした。


俺は、熱くなる胸元を抑えて必死に平静を保とうとしていた。

世話になっている上司が、自分が所属している組織が行っていた蛮行への嫌悪感。

そして何よりも。自分が知るあの華奢な少女が、幼い頃に直面した悪意への憤り。


その頃に、傍にいてやれたなら──そう思ってしまう。


「でもな、風祭」

声をかけられて思考を戻す。


「如月の戦いで片桐さんと番が死んだあと、皆が少しずつ冷静になった。

まずは、優秀な戦闘魔術師と治癒魔術師が亡くなった悲しみ。その後にジワジワと事実が突き付けられる。番達に死ぬまでの働きを望み押し付けて、自分達はただ応援するだけだったってことがな。そして、思い起こされる母子も出てくる」


久住隊長の言葉は静かだった。

まるで自分の心の中を見つめながら話しているかのように。


「一度そういうことを考えだすと、次々と思うことが出てくる。

正義のためと言いながら、自分自身は魔術師として、人として誠実に動いたか?自分達は強大な敵への恐怖で集団ヒステリーを起こしていなかったか?正義の名の元ならなんでも許されると思っていなかったか?と。


ただ、その反省は公的には検証されていない。

皆あまりにもやましいからだ。あまりにも強い敵だと分かっていた筈なのに、たった2人だけに押し付けて命を捨てさせたやましさ。そして、そのためにひとつの家庭を壊し仲間だったはずの女性の人生を潰したやましさ。

検証したら、記録に残さなければいけなくなる。自分達のそんな行動を後世に残すことなどできるはずもない」


検索しても出てこないと思っていたけれど、まさか振り返りや検証自体がされていなかったとは。


「でもな。あの時の後悔と自分達への疑問は、まだ一人ひとりの中で忘れられてはいない。

だからきっと、お前と秋月紗良に対してあの時とは違う態度で臨むやつらが出てくる。

番が公表されるとしても、お前らは四面楚歌になるわけではないよ。

だから、もし今後何かあっても一人で考え込んで、思い詰めて壁を作るな。良いな?」


きっとな、当時ある程度の立場にいた人達も、なんらかのことを思いながら今のお前達を育てようとしていると思うぞ──そう優しく語り掛けてくる久住隊長の目の奥には後悔が透けて見えて、今日自分が呼ばれたのはこの会話のためだったのだと告げていた。




















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