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24. 番公表の決定

番の誕生──その情報は最重機密事項として一部の者のみに共有されているだけで、未だ外部には一切漏れていない。


だが強大な敵の誕生を想定し準備は進められており、その変化は事態を知らぬはずの者達にも徐々に気付かれていく。


戦闘魔術師の訓練は複数体制でより厳しい条件を想定したものとなり。

治癒魔術師に求められる治癒の種類がより細分化され高度なものとなり。

魔道具師には精度の高い魔道具の量産を求められるようになり。

研究魔術師は頻繁に招集されるがその理由を周囲に漏らさなくなり。


これは十数年前に経験した番の出現の時と同じではないかと、当時を知る者達が思い起こすまでにそう時間はかからなかった。


現役の魔術師達はうっすらと察しようとも口にはせずに自分達に課されるものに応えようとした。

自分達は瘴気を祓い国民の安全を守る仕事をしているという自負があったため。


しかし、魔術学園に子供を通わせる保護者達から説明を強く求める者達が出てきたのである。

魔術学園を卒業して10年間は魔術省に所属して魔術師として働く義務があるが、その後に魔術師を辞する者も多い。

魔術省には所属していないけれども事情は知っているという保護者達から、疑問や説明を求める声が上がり始めた。


──元同僚から訓練に変化があったと聞いている。 

子供のカリキュラムが、自分達の頃に学んだものより高度なことを学ぶよう急に変わった。 

学園に、一人特別な授業を受けている生徒がいると聞いている。 

……もし記憶にあるような番の出現なら、強大な敵に対して生徒も出陣させられるのか。


今どきは親同士も横の繋がりでやり取りができる。

説明を求める保護者達の声は抑えることができないほどに大きくなっていた。


「番の誕生を公表する」


魔術庁長官の言葉を、藤原は会議室で静かに聞いた。

番の紋を魔術庁が認識してから半年。

隠しておくにはそろそろ潮時ではあるだろう。

各魔術師長は対策を万全に練り、その下の魔術師達の強化は軌道に乗っている。

公表は早すぎるということはない。


「それで、番の仲は深まっているんだろうね?」


藤原が尋ねられたくないことを、上層部は直球で尋ねてきた。

番の繋がり……藤原はため息をつきたくなる。


一番重要であるにも関わらず、肝心の番の仲があまりにも深まっていないのだ。


学園や第6部隊からの報告によると、番確認後に風祭彬と秋月紗良が接触したのはたったの1度だけ。

先月に1度、夕飯を食べただけ。


その時に男女の仲にでもなっているかと思えば、そういう気配もないらしい。

一度お互いの体を知ればもうそれに溺れ片時も離れられなくなるのは如月の時例で分かっているのに、その気配がないとは……。

風祭はそれなりに女遊びをしてきていると聞いているのに、何をぐずぐずしているのか。

如月の時のような、番の邪魔となる存在もいないのに。


強大な敵の出現に備えて全魔術師の底力を上げることも大切だが、最前線で戦う番の強化が大前提なのだ。

番誕生を公表したとて、でもその2人は特に交流もしておらず仲は全く深まっておりませんなどと言ったら、どれほどの不安を生むことか。


「仲を深めるべく働きかけ中です」


圧力を強めなければいけない。本人達にも、周囲にも。


■ ■ ■


第6部隊本部から車で20分ほど走ったある住宅地。

そこに華岡の自宅はある。


「パパ!おかえり!」

小さな体で飛びついてきた息子に華岡は目を細めた。


「ただいま」

「パパ、はやくかえってきてくれたの?」

「当たり前だろ。光輝の5歳の誕生日だからな」

「えへへ」


そのまま自分の体に登り始める息子を落ちないように支えながら、笑顔の妻にも「ただいま」と笑いかける。

「忙しいのに、ありがとう」

「光輝の誕生日なんだ。最優先だろう」

そう言うと耳元でキャーッと息子が喜んで頭にしがみついてくる。


「じゃあスープを温めるわね」

と笑いながら言う妻の言葉に

「すまん、連絡事項だけ確認してからすぐ行く」

と答えると自分の部屋へと向かった。


家にいる間も緊急に備えて連絡は随時確認している。

呼び出しまではいかなくても、夜でも何らかの連絡や報告がくることも多い。

しかし、今日目にした数通の連絡は華岡の心を重くするのに充分だった。


一通は「関係各位へ」という魔術庁からの通達。

『9月1日付で番誕生を全魔術師に向け公表する』というもの。


そしてもう一通は同じく魔術庁の藤原から華岡個人へ向けて。

『風祭彬と秋月紗良をもっと接触させるように』というものだった。


どちらも気が重くなる内容だ。

風祭が番の片割れだというのはすぐに周囲にばれるだろうし、そうすれば今の戦闘魔術師としての力量を量る者が出てくるだろう。

今も毎日いっぱいいっぱいの部下にどれほどのプレッシャーがかかることか。

今日も倒れこむ寸前まで稽古をつけられていた姿を思う。


……その姿を見るたびに「秋月紗良に支えてもらえ」と言いそうになるのを抑えている。


部下は、努力している。

自分の限界を知りながらなんとか頑張ろうとしている。

風祭にも矜持があるのだ。

3年余りひたむきに努力してきたものを、その努力以外のもので大幅に増強されることへの抵抗が。


その部下を、自分が信じてやらずにどうする……。

それに安易に番同士で支えあえと指示などだしたら、如月の時の上層部と同じものになり果てるではないか……。


この数か月、このジレンマとの戦いだ。


これから先、風祭と秋月紗良にかかる強い圧力を思いため息をついた華岡に、高く可愛らしい声が聞こえた。


「パパ、ケーキにろうそくをさしたよ。はやくひをつけて」


この部屋には入ってはいけないという言いつけをちゃんと守って、でも父親に早く来てほしくて廊下のギリギリの位置から語り掛けてくる小さい息子に、愛しさがあふれてくる。


──その奥に、もうずっと忘れられない小さな女の子の蹲る(うずくま)姿がチラつく。


まだ小さかったあの子は、なぜ家に沢山の大人が来て母を怒鳴るのか、来るたびに家をグチャグチャにされるのか、自分が保育園で作った工作を踏み潰されるのか理由も分からず怯えるしかなかっただろう。


家にいられず外に逃れようとした母子に、待ち構えた車の中からクラクションを浴びせライトを照らした自分。

この辺りと変わらず密集した住宅街で夜中にそんなことをしたら、あの母子が近所からどのような目で見られるか分かっていたのに……分かっていたからこその命令だったのに……。


国民のためだと自分に言い訳をして、組織に屈してしまった自分。

親友の、妹と姪だったのに──。


──何よりも大切な者達、もう傷ついてほしくない者達。

息子も妻も、部下もあの時の少女も。

自分が守るのだ。今度こそ。


華岡はPCの電源を落とすと、

「ママのケーキ、パパも楽しみだ。お歌も歌わなくちゃな」

と語りかけながら息子を抱き上げた。







 

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