23. お食事に行きましょう
お互いの番の紋に服の上から触れて、気持ちが安定したと思われた頃。
なんとなく離れがたいなと思いながら体を離します。
甘えてしまいました。
恥ずかしい……。
そう思って俯いていると。
「今は夏休み中で食堂が開いてないんだろ?このあとメシでも食いに行くか?」
風祭さんとごはん……!
自分でも顔がパァァっと明るくなったのが分かりました。
うんうんと頷くと、笑って「じゃあ行くか」と言ってくれます。
「俺は学校から車を借りてくるから、着替えておいで。外出許可も取っておくから」
はい!やったあ!
急いで訓練場にモップをかけて戸締りをして、寮に戻ります。
着替えようとしてクローゼットを開けたのですが……お洋服、どうしよう。
私は結構女の子らしいお洋服が好きです。
そのためヒラヒラしたスカートやワンピースが多いのですが、今日これを着るのは少し躊躇われました。なんというか、「女の子」を前面に出す気がして……。
どうしてそんなことを気にしたのかは自分でもわからないのだけれど……。
少し悩んで、細身のデニムにゆとりのあるトップスにしました。
夏ですけれど、もう夜になりますしそこまで暑くはないでしょう。
実習中はまとめていた髪をほどいてブラシを念入りに入れて。
うん。つやつやでサラサラになりました。
靴は……ヒールのある華奢なサンダルを合わせることにしました。
昨日の夜、ストレス解消にきれいなラメ入りのピンクのフットネイルを塗っていて良かったです。
……これくらいは、女の子らしいところを入れても良いよね。
門のところに行くと、風祭さんはもう車を借りて待っていてくれました。
「おー。かわいいな。じゃあ行くか」
「はい」
うふふ。ご機嫌になってしまいます。
女性というよりは子供をあやすような口調でしたけどね。
助手席のドアを開けてくれて、その後運転席に風祭さんが乗り込むと「後ろを見てみろ」と苦笑しています。
助手席から振り返りガラス越しに見ると、中央棟から何人もの先生方がこちらを見ていました。
番と言われている2人が出かけるのです、これを機会に仲良くなるのか気になりますよね…… 。
見張られているようで少しだけテンションが下がりましたが、
「絶対に飯を食ったら学園に戻せって念を押されたぞ。大事にされてんな」
と風祭さんが笑いました。
俺が信頼されてないんだろうけどな、と言いながら。
仲良くなれ、じゃなくて、心配してくれてるんだ……。
まだ学生の私が大人の男の人と夜にご飯を食べに行くから。
もう一度振り返ります。
魔道具科の先生達、戦闘魔術科の先生達、保健の先生、それに──学園長先生。
車内まで見えているか分かりませんが、小さく手を振ります。
行ってきます。
ちゃんと帰ります。
心配してくれて、ありがとうございます…… 。
山を下っていくと、眼下には夕暮れのオレンジの空に街の明かりが付き始めて見事な景色です。
窓を開けて外の空気を楽しみながら「きれいですね~」と言うと「この景色、良いよな」と風祭さんも言います。
こんな時間に山を下るのは初めてで、ワクワクします。
「何を食いたい?」
「なんでも」
「遠慮せず素直に言え」
一応遠慮したのがばれました。
「……お魚を食べたいです」
「魚?」
「はい。このところ自分で三食作ってたんですが、麺類と冷凍のお肉の料理しか食べていません。すごーーーくお魚が食べたいんです」
「なるほど」
いつもは週末以外は食堂で三食出してもらえるのですが、夏休みはそうはいきません。
週末用の食材もいつもは全学年分注文したものをふもとのスーパーが学園まで届けてくれるのですが、今はお休み期間です。
休みにまとめてふもとのスーパーで買い出しをして自分で自炊をする生活をしていますが、お魚料理まで手が回らないのです。
風祭さんは山を下りた駅前のコインパーキングに停めると、「懐かしいな」と言いながら歩きだしました。
「がっつり魚!って店もあるんだけど、そこは夜にはうるさめの飲み屋になるからちょっと連れて行きづらいんだよ。だから小さめのレストランで良いか?」
「もちろんです。あの、別にお魚じゃなくても構いませんし……風祭さんの食べたいものを」
「いや、魚食おうぜ」
連れて行ってくれたのは、細いビルの5階に入っている小さなお店でした。テーブルの数が少なくて、照明が暗めでおしゃれな感じです。
「あれ、久しぶりだね」と店員さんが言っていたので、昔はよく来ていたのでしょう。
「魚の創作料理がうまいんだよ」
メニューを見ると色々なお魚料理。
少し行くと海があるので、その日に捕れた新鮮なお魚が使われているようです。
あれこれと頼んで、お洒落なのにご飯もメニューにあるのでそれも遠慮なくお願いして。
お金を多めに持ってきておいて良かった。
「いらっしゃい」と先ほどの店員さんが私にはグレープフルーツジュースを、風祭さんにはジンジャーエールを持ってきてくれます。
「今日は車なの?」と風祭さんに尋ねると、私をチラッと見て「ごゆっくり」と微笑んでくれました。
お料理はどれもとてもおいしくて、もう感動ものでした。
風祭さんのお魚の食べ方がとてもきれいで、おうちで良い躾を受けたのだろうななどと考えながら私もどんどんいただきます。
合間に「週末に学園の皆でメシを食いに下りてきたりしないのか?」とか「風祭さんはお休みの日は何をしてるんですか?」とか、穏やかにお互いのことを尋ねたりしていました。
風祭さんのこれまでの話も少しですが、聞きました。
なんでも風祭さんのご両親や親戚には魔術使いはいないらしく。
小学校6年生の頃、それまでなんとなく習い続けていたチェロを急に無性に弾きたくなったそうです。
特に好きでもなかったはずなのに、とにかく暇さえあればチェロを弾いてしまう自分をもてあまし、
『これはもう俺はチェリストになるしかない』
と小さい風祭少年は思ったのですって。
そして音楽教室の発表会で抑え切れない情熱を込めてチェロを奏でたところ、たまたま同じお教室に通っていた生徒の保護者が魔術師で、その人が楽屋にすっ飛んできたのだとか。
抑え切れていなかったのは情熱ではなく、風祭少年の体に生じていた魔力だったのでした。
そういう訳で運良く魔術学園にたどり着きましたが、
「魔術なんて存在すら知らなかったから、学園の授業だけじゃなくちょっとした会話の意味が全く分からなくて、常識や価値観が全くそれまでと違ってほんとに参った。最初の1年間は帰りたくてよく泣いてたよ」
という具合だったらしいです。
楽しそうに話してくれましたが、本人もご家族もとまどいは大きかったでしょう。
両親や親戚が魔術使いの私とはまた違った大変さがあるのですね。
「卒業後に配属された第6部隊でも色々教えてもらったんだ」
とも言っていました。
風祭さんだけではなく、学園に通う生徒はほぼ全員に当て嵌まるらしいのですが。
教師以外の大人との触れ合いを小学校卒業と同時に絶たれるため、社会人としてのスタートは厳しいものだったそうです。
仕事をしていく上での基本的なやり取りや礼儀、あとは言葉の裏にあるものなどの理解が世間一般の同い年の者達と比べて未熟だったそうで。
各所属の上の方は、そういうことも含めて新人教育をする必要があり、大変な労力をかけて育てるのですって。
風祭さんも、華岡隊長はじめ先輩方にたくさんのことを学んだそうです。
「それでたっぷりの愛情と沢山の手間をかけていただいて、このプライドが高く魔術庁の偉い人に言い返しちゃうお兄さんが出来上がったわけよ」
そう言われた時は笑ってしまいました。
美味しくて楽しい時間はあっという間で。5階の窓際の席から見える山とその向こうの海は、今は深い藍のような夜の気配に紛れていました。
「そろそろ戻るかー」という声に、「そうですねー」と返します。
早いなあ、と思いながら。
テーブルでのお会計にお財布を出そうとすると、
「いや、俺は大人で俺から誘っておいて、出させるわけないだろ」
と止められてしまいました。
そういうものなのでしょうか。
「いいから、気になるなら今度ペットボトルでもおごってくれ」と言われます。
気が引けますけれど「ごちそうさまです」と丁寧にお礼を言い、お言葉に甘えることにしました。
山に向かって登る車内は行きと同じくらい楽しいけれど、少し落ち着いた感じでもありました。
「今日はありがとうございます。夏休みの個別の特訓が孤独でストレスが溜まってたので、すごく楽になりました」
「いえいえ」
そういえば、どうして風祭さんは学園に来ていたのでしょう……。
「あーーー!!!」
「どうした!?」
「もしかして、私、風祭さんを招んじゃいましたか!?それで跳んで来てくれたの!?」
「今頃気付いたのかよ!?」
結界で初めて猫をはじいた時、かなりテンパっていました。
今思うと番の紋が熱かったです。
「今日そういう実習をするって知らなかったから。急に紋が熱くなるわ、電話は通じないのに恐怖の感情がガンガンに伝わってくるわで気になるだろ」
「すみません……」
あの時額に手をあて立っていた風祭さんの姿を思いだします。
さぞ呆れたことでしょう……。
「今日お仕事だったんですよね?本当にすみません」
あああ……申し訳なさすぎます。
でも風祭さんは軽やかにハンドルを操作しながら「気にすんな」と言ってくれます。
「……ちょっと、俺もストレスが溜まってたんだ。良い気分転換になったよ」
前を向いたまま静かにそう言う風祭さんは、それ以上深くはストレスの内容を言いません。
でも、そうですよね。この頃番の紋が急に反応することがかなり頻繁にあり、夜に私から電話をかけることも増えていましたもの……。
「じゃあ、そのお言葉に甘えちゃおうかな」
「おお、甘えろ。今日はお互いにそういう日だってことで」
「はい」
あと少しで学園に着くというところで車がカーブにさしかかり、夜景が眼下に広がりました。
思わず歓声を上げた私に笑うと、車を脇に寄せて停めてくれました。
「私、こんな時間にこの辺に来たことがありませんでした。こんなに綺麗なんですね!」
車から降りてゆっくりと見ると、本当に綺麗です……風が強いけど。
「風強いな。寒くないか?」
隣に立った風祭さんが気を遣ってくれます。
大丈夫です、寒くないです。ちょっと涼しめかなってくらいで。
そう言おうと思って見上げると、風祭さんもこちらを見ていました。
──もし、もう少し傍に寄ったなら。この肌寒さは感じなくなるのでしょうか。
……夕方に、おでこを寄せるのではありませんでした。
こんなにも、隣にいるこの人の傍にもっと寄りたくなってしまっている……。
でも、私は自分で決めたはずです。
男女として意識なんてしないと。
だから、もっと近づきたいなんて考えてはいけないのです。
私を見つめる風祭さんも何も言いません。
でも風祭さんも同じ衝動を抑えていると、私は分かりました。
──だって、私達は番ですから。
もう一度夜景を見て、私は風祭さんに微笑みました。
「きれいな夜景を見せてくださってありがとうございます」
「どういたしまして」
風祭さんも静かに微笑んで、助手席のドアを開けてくれます。
学園に着くと先生方が勢ぞろいで迎えてくれて。
転移の魔道装置で第6部隊本部に戻る風祭さんに手を振って見送ると、寮に戻りながら私は夏の夜空を見上げました。
楽しかった……楽しかったです。
番の紋の熱とか、魔力を感じるとか、そういうことではなく。
また会えると良いなと思います。
会えないなら、電話ができると良いなと。
……こういうものなのでしょうか。これが番というものなのでしょうか。
……お父さんも、番にこのように思ったのでしょ……………………
…………なに………………?
…………今、私は何を思った?
私は夜の闇の中、立ちすくんで足が動かなくなりました。
風が急激に頬の熱を冷やしていきます。
…………あの人のことを思ったの?
まさか、自分とあの人を重ねた?
まさか、共感しようとしたの?
まさか…………!
楽しかったはずのこの日の終わり。
私は自分の中に目覚めかけている風祭さんへの思いを自覚すると共に、父親だった人と自分を重ねかけたことへの強烈な……耐え難いほどの嫌悪を感じたのでした。




