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20. 風祭の停滞

第6部隊本部の訓練場。


「………っがっ、………ッ!」


弓削(ゆげ)戦闘魔術師長と華岡隊長、そして田野上副隊長から一斉の攻撃を受けるという訓練を4時間ぶっ通しで受けて、俺は床に倒れ込み胃液を嘔吐した。


「情けない。この訓練を始めてから何ヶ月経っている?」


弓削戦闘魔術師長の冷えた声が聞こえるけれど、倒れて丸まったまま動けない。

絶え間ない攻撃を受け続け、こちらからも繰り出し続けたせいで魔力は枯渇し意識を保つのが精一杯だ。


「また明後日に同じ訓練を行う。次こそは情けない姿を見せるな」

そう言って武道場を出ていく戦闘魔術師長に礼をすることも叶わず、俺は指を僅かに動かす。


「風祭、弓削さんはああ言っているけれど、お前の成長をちゃんとわかってくれている。お前はよくやってる。思いつめるなよ」

華岡隊長が俺に声をかけ、田野上副隊長は俺の横にタオルと水を置いてくれる。

2人が出ていった訓練場で、なんとか体をあおむけにして寝転がった。


番の紋の確認をしてから数ヶ月。

俺は祓いの場への派遣は減らされ、格上の戦闘魔術師との訓練に明け暮れていた。

最初は同じ第6部隊の中で訓練していたが、少し前から近隣の部隊の部隊長も加わるようになり、先週からは戦闘魔術師長が加わるようになった。


そのレベルの複数の戦闘員から絶え間なく加えられる攻撃は一つ一つが受けるのもキツく、かと言って受け流すだけで終わるはずもない。

自分からも全員へ攻撃しろと言われて、自分がいかに至らないかを嫌というほど突きつけられる。

能力強化なんて必要ないと人前で堂々と言っておきながら、このざまだ。


あーーー、きっつ………。


自分が吐いた胃液を横目に見ながら天井を仰ぐ。


数ヶ月前に訓練を始めた時は1時間ももたなかった。

それからだいぶ持ちこたえるようになったとはいえ、結局倒れていることには変わりがない。

これが現場なら、敵にやられて俺は終わりだ。


胸元が、チリッとした。

……ああ、またあの少女に知らせが行ってしまう。

案の定、番の紋にフワリとしたあたたかい気配を感じる──今夜、電話がかかってくるんだろうな。


お互いに相手のストレスを察知するとかけ合うようになった電話。

自分からかける分には何も思わないのに、かけられる立場の時は気まずい。

俺の方が歳上だからだろうな。

具体的な愚痴など言えるはずもなく……今日は何を話すかなと思案する。


とは言え、こんな殺伐とした毎日の中で『今、お時間はよろしいですか?』というやわらかい声を聞くとささくれだっている心が和らぐのも事実で。


「………早く夜になんねぇかな」


つい口から出てしまった自分の言葉の弱い響きに舌打ちして、俺は汚した床を掃除するためにゆっくりと体を起こした。


■ ■ ■


「おつかれさまでした」


訓練場に風祭を残して引き上げた面々は、第6部隊本部の会議室に座っていた。

風祭に課した課題の日報を魔術庁に上げるための打ち合わせだ。


本人には知らせていないが、番の紋の確認以来、どのような課題を課しそれに風祭がどういう動きをしたかの詳細な報告が毎日提出されていた。

それを魔術庁上層部だけではなく、各部隊の隊長が閲覧し共有されている。


「今日は良い動きをしていたと思います」

華岡の言葉に、弓削は静かに口を開いた。

「確かに先週よりは良い動きだった。先週よりはな。まだまだだ」

失望でも期待でもない、淡々とした言葉。


「まだこの訓練を始めて数ヶ月です。最初は全くもたなかったのが、戦闘魔術師長に訓練をつけていただけるまで努力しているのです」

「そんなことで満足をするな。敵の出現が数年後というのは単なる予測で、明日出てくるかもしれないんだぞ」


弓削の斬るような返事に、華岡は少しは風祭を思いやってくれと言いたくなるのを堪える。


「まだ4年目の隊員です」

「だが、番に選ばれている以上はあいつが最前線で戦うことになるのは間違いない」

弓削の言葉は、風祭が強大な敵との戦いに投入されるのは確定事項だと告げていた。


──不意に、如月の戦いのまさに当日の記憶が華岡の脳裏に蘇る。


10数年前に番が誕生した後、全国の魔術師達は番を支えるべく訓練を変えた。

強大な敵が出現する際には、共に戦い番を支えるように。


しかし番2人の結びつきが強固だったこと、そして特に主となり戦う戦闘魔術師である片桐陽一の能力が高かったこともあり、番2人の能力への期待と安心感が数年のうちに魔術界に広がっていった。


そして強大な敵が出現した、あの日──。


『2人だけで戦わせるなど……!誰か応援を……!俺に、行かせてください……!』


あの日、上司に叫んだ願いは聞き遂げられなかった。

番2人は状況を遠くから把握できる魔道具を持たされて、2人のみで戦闘へと送り出された。

以前の禍は60年ほど前だったため現役の魔術師は誰もそれを目の前で見たことがなく、その凶悪なまでの瘴気の強さを過小評価してしまったのだ。


そして、魔道具を通して見守る者達が番2人の危機を察知した時にはもう遅かった。


番は……片桐は、友は……強大な敵に番2人だけで送り込まれて……胸を貫かれて……

風祭は努力している……でもこのままでは風祭も片桐と同じように……


「もしも」という弓削の言葉が聞こえて、華岡は沈み込んでいた思考から引き戻される。

……あの日のことを思うと苦い後悔と共についつい考え込んでしまう。


「秋月が防御の訓練を受けたとしても、もしも風祭が番からの能力強化を望まなければ、その恩恵を進んで受けたがらない可能性がある。秋月はただ現場に派遣されるというだけで。

もし恩恵を受けないなら、本人が強くなるしかない。……魔術庁からの小言はお前のところにも来てるだろ」

弓削の言葉に、自分に毎日のように来る魔術庁からの連絡が弓削にも来ていることを華岡は知る。


『風祭の訓練に秋月紗良を同席させろ』という要求が。


──10数年前。片桐とその番との仲を深めさせ能力を強化させるべく協力した後味の悪さは、決して忘れられるものではない。

それなのにまた、自分はその膳立てを求められている……。


今回の2人はどちらも伴侶がいるわけではない。

しかし2人共に如月の番のような間柄になることを望んでいない。

そこを強制することは、あまりにも反省がなさすぎるだろう……。


魔術庁からの圧力を本人達に伝えず止めている当時の関係者達が、如月の頃の騒動をどのように思っているのかは分からない。

これからますます強まるであろう圧力に、自分がどう反応するかも分からない。


──ただ。

『よろしくお願いします』

学園を卒業して配属されてきた新人だった頃の風祭の姿を華岡は思い出す。


学園をトップの成績で卒業したと聞いていたが、こんなピアスを開け今時な若者風の者に泥臭い修業など耐えられるのか──そう思ったけれど、必死に風祭は食らいついた。

風祭は決して飄々と成長してきた訳ではないのだ。

現場の仕事や下っ端の雑用をこなした疲れ切っているであろう体で、自主的な訓練や先輩達の戦闘の確認を毎日行ってきた。

それは今でも変わりがない。

きっと今日このあとも、風祭は1人で今日の戦闘から得た学びを振り返るだろう。


ずっと努力してきたあの部下の心がどうか折れぬよう。

そしてその昔、自分達が傷つけたあの幼かった少女がもう2度と傷つくことがないよう。


過去の後悔を覚えているからこそ、自分なりに若者たちを守らなければと華岡は思うのだった。

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