18. 未だ先は見えないけれど
今後のカリキュラムを話し合うという先生方を残して中央棟を出たら、外はもう暗くなっていました。
山を吹きあがってくる冬の風は冷たく、制服の膝上のスカートをはためかせます。
スカートを押さえながら、あまりの寒さに首をキューッとすくめていると、隣に風祭さんが並びました。
「相変わらず山の上は寒いな」
風祭さんはコートやマフラーでしっかり防寒していて暖かそうですけれどね。
良いなあと見ていたら「使え」とマフラーを外して首にグルグルと巻いてくれました。
「ありがとうございます!」
柔らかいマフラーは薄手ですけれど、とても暖かいです。
「秋月。伯父さんに許可をもらった。連絡先を交換するぞ」
『俺が1人で話を進めちゃったから、秋月さんにちゃんと説明して許可を取ってからな』
と先ほど言っていたのですが、早々に許可は下りたようです。
今日中は無理かと思ってましたが、まさかすぐにOKが出るとは。
ちらりと伯父さんを見ると頷いていました。
お互いの連絡先を交換したら、今日やるべきことは終了です。
「短い間に色々ありましたね……」
ついポツリと言ってしまいました。
「ああ。まさかこういうことになるとは思わなかったな」
風祭さんも静かに言います。
模擬戦で私の魔道具を持ってもらって。
実戦で魔道具を召喚したら、私が風祭さんの元に転移して。
跳ぶ条件を確かめようとしたらまた跳んで。
そうしたら番疑惑が持ち上がり、動揺したら風祭さんの自宅へまたまた跳んで。
──そうしてお互いの体に紋を認めて番だと確認。
数年後に強大な敵が出現するだろうから、2人で倒すために男女として仲良くしろと言われて反発して。
でも取り敢えずは、それぞれ魔術師としての力量アップを目指す。
そんな風に、なりました。
……情報量が多いですね。
「今どんな気持ちだ?」
風祭さんが訊いてきます。
少し考えて、正直な気持ちを。
「番だというのは、やっぱりショックではありました。
ただもうそのことに落ち込むよりも、状況の変化が大きくてそちらへの対応ができるかなという心配の方が大きいです」
戦闘魔術を学んで防御をできるようになるでしょうか……。
あとは、これは言葉にしませんけれど───忘れていた記憶が掘り起こされてくるのが、どう言えば良いのでしょう……嫌というより怖いです。
ずっと考えないようにしてきた過去への思いに直面することになるのでしょうか。
……これはかなりプライベートな部分なので、言いませんけどね。
「なるほど」
「風祭さんはどう思っていますか?」
「俺は、とにかく経験を積んで修業しないとなあって感じかな。
このまま行くと強い敵の前に放り出されるらしいし、あの藤原のセリフはすっげえムカついたんだけど。今の自分がまあせいぜいちょっとできる3年目レベルなのは確かだからな。それを言われたまま何もしないのはムカつくんだよ」
……お口の悪さが極まっていますが、その裏に見える風祭さんの矜持と悔しさに眉が寄ってしまいます。
「そんな顔すんな。仕事だ。やるべきことをやるだけだ」
コクリと頷きます。
「もし本当に強大な敵ってのが生まれるなら、お前も一緒に放り込まれるんだろう。
魔道具を学びながらの戦闘魔術の学びは大変だろうと思うけど、少しだけ頑張ってくれ。でも無理はしなくて良い」
風祭さんを見上げると、真っ直ぐに私を見ていました。
「先に言っておく。コースを選択する時に戦闘魔術を選ばなかったということは、きっとお前にはぴったりとは合わない魔術だ。それなのに強制的に学ばされると、多分ストレスが溜まる。
でも、学びが自分の理想どおりにいかなくても思い詰めるな。前線に出る時、お前は一人じゃない。俺がいるんだから」
……いけません。頑張れるだろうかと不安になる気持ちをフワリと抱きしめられたような気になり、涙が出そうになってしまいました。
「………あの。跳ぶまではいかなくても、すごくしんどくなったら、ちょっとだけ連絡しても良いですか……?」
恐る恐る尋ねると、
「そんな風になる前にさっさと連絡しろよ。それも含めての連絡先の交換だろ」
何でもないような口調で返してくれます。
……うん。頑張れそうな気になってきましたよ。
「風祭さんも、なんかちょっとしんどいなって時は連絡をください!」
「はいはい」
軽やかなお返事。
これは連絡をくれる気はなさそうですね。
大人と学生の余裕の差を感じます。
私は空を見上げました。山の上の冬の夜空は、星が降るように瞬いています。
──頑張ろう。数年後の私達がどんな状況になるのか分からないけれど、その時の自分に胸を張って立てるように。頑張ろう。
私は冬の冷たい澄んだ空気を深く吸い込みました。
〔第1章 完〕




