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17. 跳ばない方法と課されるもの

藤原さんが出ていくと、私は身体の強張りが一気に抜けたのを感じました。

色々なことを──本当に色々なことを聞かされましたが、特にかつて父だった人と番と言われた女の人の話を聞かされたことは胸を抉られました。


本当に、番なんて……………ああ、また首筋が熱く……。


その時、手にキュッとした力を感じました。

見ると、風祭さんと指を絡めて繋いでいます。

そう言えば先ほど私がつらくなっていた時、風祭さんが手を繋いでくれていたのでした。

そのおかげで私は自分の意識が朦朧とするのを防げたのです。──風祭さんの腕の中へ転移することも。


風祭さんは繋いだ手を少し持ち上げてキュッと改めて握りました。

「昨日決めたことを強く言えなくてごめん」

前を向いたままポツリと言うので、私は首を振ります。


昨日決めたこと──不意に風祭さんに跳んでしまうことを解決したら、後はお互いに関わりなく生きていくということですね。

風祭さんは、ちゃんと訴えてくれていました。

ただ、それを魔術庁が受け入れてくれなかったのです。

さすがに今はそんなことを言っても聞いてもらえないくらいに魔術庁の人達が緊迫していたのは、私にも分かりました。


「ただ譲れないところは言わないといけない。俺達は男女の仲になるつもりはない。それは番と分かっても、俺は変わりない。お前もそうか?」

そう問われて「はい、変わりません」とはっきりと答えます。

風祭さんはふわっと笑いました。

「そこがお互いにブレなくて良かった。お互いに一致してりゃ大丈夫だろ」


「手を繋いどいてなんだけどな」

と続ける風祭さんに、私もフフッと笑います。

確かに手を繋いでいますね。指も絡めて。これは少し近めではあります。


……ハッ!私は絶対に確認しなくてはと思っていたことがあったのを思い出しました。


「風祭さん!確認なのですけれど。

風祭さんは奥さんや恋人はいらっしゃらないのですか?もしいらしたら、私達2人に男女の意識がなくても絶対にこういうことをしてはいけないと思うんです」


お母さんのような思いを誰かにさせることだけは、私は絶対にできません。

こちらがどんなつもりであろうと、傷つけられた人は痛いのです。


「まず俺は結婚してないし、恋人も今はいないよ」

ほっ。それは良かった。

確認すべきことは確認したので、その上で感じていたことを口にします。


「風祭さん。私、藤原さんの話を聞いている最中に苦しくて。風祭さんのところに跳んじゃうかもって思ったんです。

でも跳ばなかったのは、こうやって手を繋いでくれたからじゃないかと思います。その度にギュッとしてくれたから」


そう言って私からキュッとまた力を入れてみました。あの時手を繋いでくれて、とても……とても安心したのです。この人が傍にいてくれるって。


「やっぱりそうだよな?俺も胸んとこが熱くなったからお前が跳んでくるかもと思ったんだよ。

もし跳んだらあの恋愛脳のオッサンがはしゃぐだろうからそれはムカつくと思ったんだけど、手を繋いでたのは効いたよな…………おい、笑うな」

「すみません」


恋愛脳のオッサンって藤原さんのことでしょうか。

隣で感じてはいましたけれど、風祭さんは相当藤原さんに怒っていましたよね。

心の中できっと随分罵倒していたのでしょう。


「でもこれで、跳ばない方法は分かったな」

「え?」

「跳ぶ気配をお前や俺が感じた時に、跳ばなくても良いように傍に俺の気配を感じれば良いんだろ?」

「それはそうなんでしょうけど、いつもは私達離れてますよね?手は繋げません」


そう言うと「学園長」と風祭さんが声を上げました。

……学園長?……ハッ。


先ほど部屋から出ていったのは藤原さんだけ。

つまり、部屋の中にはまだ伯父さんも先生方も戦闘魔術師長も華岡隊長もいるのでした。

誰の声も聞こえていませんでしたから、つまり私達2人の会話を聞いていたのでしょう。


風祭さんが繋いでいた私の手を放します。

……スルリと抜けていく感覚を寂しいと思ってしまったのは内緒です。


「学園長。今話していた通り、彼女が跳ぶ時 彼女も私もその直前に紋の熱で察知しています。

そのため、その気配を感じたら彼女と私で話をさせていただきたい。

具体的には、授業中であろうと携帯電話を持ち歩き傍に置くことを許可していただき私との通話を許していただけないでしょうか」

背筋を伸ばして静かに学園長先生に話しかけるその姿は緊張するでもなく堂々としていて、やはり大人です。


学園長先生は「話せば跳ばずに済みそうなのか?」と短く訊いてきました。

「まだ試していないので確実なことは言えませんが、もしそうさせていただけるのなら大丈夫そうな気はします」

……そう、きっと大丈夫。不安になっても、空間を超えて風祭さんが声をかけてくれるならきっと大丈夫。


「良いだろう。許可する。」

学園長先生はまた短く答えました。この方はいつも簡潔に物事を解決していきます。

──10年ほど前、私の家でお母さんに国のためにと離婚を迫った時のように。


あの時、他の人達はお母さんに怒鳴ったり大きい音を立てて威嚇しましたが、この人は淡々と如何にお母さんの存在が国民の平和の妨げになっているかを説いていました。


……藤原さんの言葉で、私は色々なことが記憶から掘り起こされてしまったのです……。

学園長先生が私の家に押しかけてきた人達の中にいたことも、また他にも私が顔を知る人が、あの時家のすぐ傍に来ていたことも。


……ああ、本当に、忘れていたかったものを。


指先をそっと暖かいもので包まれました。

私は横を見ません。誰の手か分かっていますから。

だから、キュッと握り返します。

ありがとう。こうやって寄り添ってくれたら大丈夫──。


「秋月。君と風祭隊員との仲については私なりに思うところはあるが、それは学園長としての意見ではないのでここでは述べることは控える。

今学園長として私が言えるのは、明日から君は魔道具科の授業以外にも、特別に朝や放課後に戦闘魔術について学んでもらうということだ」


戦闘魔術も……?


「いずれ大きな戦いとなり風祭隊員が前線に出る時、魔術庁は間違いなく君も前線に引っ張り出す。 

戦いの後方で魔道具を作るなどではなく、最前線の風祭隊員の傍で紋に働きかけ魔力を増強させることが求められるだろう。 

その時に、君が戦闘について何も知らなければ君も風祭隊員も終わりだ。 

よって、戦闘魔術師が戦うとはどういうことかを知識として学び、防御は実戦として学んでもらう。

最低限、自分の身は自分で守るように」


風祭さんは何も言いません。

先ほど藤原さんに対しては必要な反論を述べていました。

今何も言わないということは、私にその知識や技術を身につけてほしいということなのでしょう。


……本当に、昨日私が願っていた望みが子供じみて思えるほどに話が急展開で進んでいます。


でも、仕方ありません。

本気になった魔術庁がどれほど躊躇なく人を追い詰めるか、私は知っています。

嫌だと逃げても追いかけてくるでしょう。

そして私1人が逃れようとしても、風祭さんや伯父さんを追い詰めるはずです。

あの時、お母さんと私を追い詰めたように。お母さんの心を壊したように。


だから、私は自分の譲れないところは保ちながら、できることをやっていくしかありません。


隣の風祭さんを見上げると、こちらを見つめまた手を握りしめてくれました。

──大丈夫。恋や愛ではないけれど、私の隣にはこの人がいてくれる。


「分かりました。ご指導をよろしくお願いします」

私は風祭さんと手を繋いだまま、学園長先生に頭を下げました。

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