15. 番の確認
風祭さんの家に跳んだ翌日の午後。
魔術学園の保健室で、私と風祭さんは椅子に座り向かい合っていました。
少し離れたところに保健の先生と伯父さん伯母さんが立っています。
昨日風祭さんのところに跳んだあと、伯父さんが迎えに来てくれました。
そこで3人で話し合い、今日木曜日の授業のあとに学園で紋の確認をすることになったのです。
「じゃあ2人ともボタンを緩めて。気になるようだったらこのタオルを使ってね」
保健の先生がきれいなバスタオルを風祭さんと私に渡してくれました。
それを膝に乗せて、スタンドカラーの制服のシャツのボタンを外します。
覚悟していたとはいえ、指が震えてうまくいきません。
「ゆっくりで良いからね。大丈夫だから」
保健の先生が優しく声をかけてくれて、風祭さんも頷いています。
ようやく外して目を上げれば、風祭さんも外し終わっていました。
「はい、じゃあ2人とも、このあたりかなというところまで服を開いてもらえる?それで、もし番だとすれば触れば紋が出るらしいから、そこを相手、に………」
保健の先生の言葉が止まったその意味を、私は分かっています。
だって先ほどから首筋が──左の首筋が急激に熱くなってきているのです。
開いてしまった胸の前にバスタオルを当てながら目の前の風祭さんの胸元を見ると……。
そこには──5センチほどでしょうか。
唐草模様のような線で形どられた、菱形の紋が浮かび上がっていました。
少し暗めの風祭さんの肌に、白く光るようにして。
風祭さんは、私の左の首筋をじっと見ています。
私も自分の首筋に用意していた大きめの手鏡をかざすと──風祭さんと同じ模様の紋が、白く光っていました。
「…………報告をしてきます」
先生は別室で待機している人達へ報告するため、保健室を出ていきました。
■ ■ ■
保健教諭からの番確認の報は、会議室に複雑な反応をもたらした。
──ここしばらくの謎に答えが出たことへの少しの安堵と、そして大きな驚きと戸惑いを。
「前の番誕生からまだ11年ではないか……」
そんな言葉が誰かの口から漏れ出る。
番はこれまでどんなに短くとも数十年をあけないと生まれなかった。
如月の番の前は、昭和の第二次世界大戦後。その時は複数の番が足かけ10年ほど存在した。
その大戦後の最後の番から60年ほど経ってから誕生したのが如月の番である。
大戦前は世相の不安でもう少し短く、そして明治維新前後の番より前となるとやはり長めの数十年単位で……。
「……また、強大な敵が生まれるということですか?如月の戦いからまだ6年しか経っていないのに……」
第6部隊隊長 華岡の苦々しい声が会議室に重いひと言を落とす。
そう、何故 番が生まれるか──。
それは強大な敵が生まれることへの対抗策としてなのだ。
11年前は大戦後の最後の強大な敵の討伐から60年ほど空いていたため積もりに積もった負のエネルギーが日本中に渦巻いていて、いつ強大な敵が生まれても不思議ではない状況だった。
そのため番誕生は覚悟の上で待ちわびられた末のものだった。
それは魔術界にとって何よりも心強い存在で。
11年前に番が誕生し、その5年後に強大な敵が出現。
そしてその2人の多大なる犠牲のおかげで強大な敵が祓われてからまだ6年。
この6年の間に、当然だが明治維新や大戦における敗戦など国を根本から揺るがすような大転換は起きていない。
バブル崩壊などの大きな社会的な変化も起きていない。
日々の細かい瘴気は全国の戦闘部隊が細かく祓い続けている。
それなのに、こんなにも短い周期で禍と呼ばれるまでに瘴気が溜まるものだろうか──。
そんな疑問はもっともである。
「それにしても、まさか親子で番とはな……」
誰かのその言葉に会議室に沈黙が下りる。
11年前、喝采を浴びた番の誕生。
その2人を結びつけるために魔術庁は全力でサポートした。
互いを番だと認識した時点で強く惹かれあった2人を常に同じ部隊に組み込み。
本来は帰宅できる距離での任務が割り当てられるはずなのに、遠い地へ出張扱いで2人を遠征させ、夜は同じ部屋に泊まらせて。
互いに溺れていく2人を膳立てする一方で、魔道具師として働きながら留守を預かっていた妻には、常に2人の仲睦まじい様子を伝えながら職場で孤立させるようにした。
そして弱っていく妻の家に連日押しかけて、国のために夫と別れろと高圧的に迫ったのだ。
誰が見ても分かるくらいに日を追うごとにボロボロになっていく妻を、それでも周囲の皆で責め立て追いつめた。
お前が意地を張るせいで番が真に唯一の存在となれていない。
お前のせいで国民の安全が危うくなると。
番と認識してから、その片割れである片桐陽一が妻子を完全に捨てるまでに2年。
だが片桐は話し合うこともほぼ放棄し番と共に在り続けたので、その間帰宅したのは二月にも満たなかっただろう。
そのわずかな帰宅時間は決して暖かいものではなかったと推察される。
やがて一方的に夫が出ていき離婚が成立したと同時に、ひっそりと元妻は魔術の世界から去っていった。時を同じくして戦闘魔術師として活躍していた彼女の兄も、凄まじい怒気をはらんだまま去ることになったのは覚悟していたとは言え痛手だった。
しかし国民の平和のためには、仕方のないこと──。
後味は悪かったけれど、大いなる危機の前には些末なことだと皆が記憶から早々に追い払った。
禍は取り除かれた。
国の安寧は保たれた。
自分達はこの時代に為すべき責務を果たした。
……そのはずだったのに。
踏みにじって切り捨てた存在が、まさか次の番となって現れるとは。
「……2人の様子は?」
学園長の二宮が尋ねる。
前回の番誕生の際には魔術庁の中枢にいて、番周りの人事にも戦闘の配備にも深く関わっていた男。
退職した今は、後進の育成のために学園長の職に就いている。
「私が部屋を出る時は、向かい合って座るだけでした」
保健教諭は見たままを報告する。
番誕生は魔術界を揺るがす一大事だ。
一保健教諭ごとき下っ端が口を出せる問題ではない。
でもどうか、まだ若いあの2人に少しでも配慮をしてやってほしいと教諭は心の中では願っていた。
魔術庁から事態の把握のために訪れていた藤原が口を開く。
「番の紋が生じた以上は、いずれ何らかの禍が起きるものと今後は想定する。
今までの記録から考えるに、番誕生から強大な敵の出現までは数年。
その間に番には仲を強固なものとさせ、各部隊は訓練を緊急事態に向けたものに変更する。
学園も今後はカリキュラムをそのように変更するように」
その声に、全ての戦闘魔術師の頂点に立つ弓削戦闘魔術師長も、学園長の二宮も頷く。
「本日はこれで散会。2人にはこのあと私から魔術庁としての方針を説明する。
近々対策本部を立ち上げるので呼び出しがある者は、また参加を願いたい」
藤原の言葉に、皆が一斉に動き出す。
皆これからの任務に向けた顔をしているが、番誕生の事態を隣の者が内心はどう考えているかなど、誰一人として分からないのだった。




