11. かつて彼女に起きたこと
秋月紗良の保護者だというその男は、部屋に入ってきた時から不機嫌な色を隠そうともしていなかった。
年齢は40代後半といったところだろうか。背はさほど大きくはないものの、その肩や太ももの逞しい筋肉が体を無駄なく鍛えてきていることをうかがわせる。
その顔は造りとしては穏やかなものなのだろうが、今は目尻に剣呑な光を宿していた。
一同を見渡しそして学園長と華岡隊長を睨めつけて無言で空いている席にドカリと座る姿に、面倒そうな奴が来たなと思ってしまう。
あらかじめ話をつけていたであろう人達をさしおいて俺が進行を進めて良いのか?
とりあえず様子を見るかとうかがっていたところ、魔道具科の主任教師が口を開いた。
「魔道具科主任の高瀬です。秋月紗良さんの伯父上ですね?今日はここ連日の紗良さんに起こっている事象の件で、急なお呼び出しに応じてくださり感謝します」
「秋月紗良の伯父の、秋月武明です。姪がいつもお世話になっております」
その男が改めて起立し一同の目をみつめきちんと礼をした姿は、最初に与えた印象を少なからず挽回する。
この目の前に座る秋月武明という男の名は、自分も知っていた。
ひと昔前の名が残る戦闘データを検索していると幾度も見かけた名だ。
しかし四国を管轄する第17部隊で副隊長まで昇っていたその男の名は、10年ほど前を境にこの魔術庁のデータから名前を消していたはずだ。
秋月紗良の親族だったのか──そう言われれば苗字が一緒だなと思いながら口を開く。
「私は第6部隊所属の風祭彬と申します。戦闘魔術師です。
改めまして、ここ数日に起きたことと、私が感じている異変をご報告させてください」
とにかく話を進めなければいけない。俺はここ数日の出来事の報告を始めた。
* * *
「──以上が起きた出来事ですが……秋月が跳んできた時に私の身に異変が起きている気がしています」
まずは一連の出来事を主に秋月武明と教師陣に説明すると、まだ続く言葉を皆が待っている。
「これは体感なので曖昧な表現になるのですが。
秋月が跳んでくると祓いをしやすくなっている気がするのです。……魔力が放出しやすくなっている、というか」
俺の言葉に、田野上副隊長や年長の教師達がハッとしたように見つめてくる。
「祓いをしやすいというのは、具体的には?」
「無詠唱で指をこう鳴らしただけで、祓えました」
俺は顔の前に指を持ってくると、皆に見せるようにパチンとそれを鳴らした。
「それだけで!?」
「はい」
「それは、秋月が関係ありそうなのか?」
「多分。同じ敵でも秋月が跳んでくる前と後で違いましたから」
「うーん。魔力に変化か……」
若い教師が考え込む中、田野上副隊長や年長の教師陣は眉をひそめ、また少し違う表情で黙りこんでいる。
華岡隊長が静かに口を開いた。
「……風祭。その時、お前の体に他に何か変化はなかったか?」
そう問われて、内心舌打ちをする。
他の体の変化……感じてはいたのだ。でもそのことはできれば言いたくはなかったのに。
だが仕方ない。黙っていては今後の任務に障りが出てくるだろうし、あの少女の身の安全にも関わってくる。
「……戦闘中、秋月が跳んでくると胸のここが熱くなるんです。そして、魔力がそこから生まれてくるように感じています」
胸の中央をトンと指すと、皆の視線がそこに集中する。
「……その熱くなる胸のところに、印のようなものは?」
学園長からのその問いは、思ってもいないものだった。
「印?肌にということですか?」
「ああ」
「戦闘の最中で服の下を確認する余裕はありませんので、分かりません」
華岡隊長と学園長は2人とも黙り何かを考え込んでいる。
どちらも次の言葉を発するつもりはないようだ。
その時、秋月武明が静かに尋ねた。
「──その時、紗良はどんな様子だった?紗良も自分の体のどこかを気にしていなかったか?
あるいは、君のその胸の部分を」
そう言われると……自分が彼女に目をやる時、かなりの頻度で首筋を触っている気がする。
そして服の上からではあるけれど、俺の胸に額を擦り付け指で押さえていた。
それだけじゃない。
実のところ、俺自身も彼女の首筋のその箇所をなぜか触れたくなっていたのだ。
……互いの身体に触れたくなったなどと絶対に言いたくない……。
言葉だけで説明すると、まるで俺が16歳の子供に欲情して触りたがる男のように聞こえるではないか。
性欲ではないのだ。
そんな年下の子供に欲情するほど女に不自由していないし、そもそも下半身の問題ではない。
言葉にするとすれば──あれは、魔力ヘの渇望だ。
「紗良さんは、彼女自身の首筋をよく触っていましたね」
それを聞いた秋月武明がギュッと目をつぶる。
「秋月……」
華岡がポツリと、小さく秋月武明に呼びかけた。
「……なんでだ。なんで……っ」
漏らされた声は大きくはなかったけれど、その場の全員を黙り込ませる重さを持っていた。
「何かご存知なら教えてもらえませんか?このままでは、私にも紗良さんにも影響があります」
事情を知るらしい人物達が肝心なことを口にしないため、いい加減にさっさと言えよと思いながら問いかける。
問題を解決するために集まっているのだ。
恐らく何かを予測している華岡隊長と学園長、そして秋月武明にはきちんと説明して欲しい。
何日この問題を引きずっていると思っているのか。
苛立ちに変わりつつある、そんな思いを漏らさないように抑えつけながら返事を待つ。
「……風祭は私の部下だ。私から話して良いか?」
華岡隊長の言葉に学園長は頷き、秋月武明は目を瞑ったまま動かない。
「──お前と秋月紗良は、番の可能性がある」
「つがい……番?」
……なんだ、その動物みたいなものは。
だから性欲じゃねえんだよ!と叫びたくなるのをどうにか抑えて話の続きを待つ。
「稀にそういうペアの2人が出現するんだ。判別方法は互いの体に出る揃いの紋だ。
番は、その存在が互いの魔力をより強大にする。特に片方は戦闘魔術師のことが多い」
田野上副隊長が「魔力が強くなるのならば喜ばしいことではありますね」と言う。
まるでその後に何かのセリフを引き出そうとするかのような、言い方。
その副隊長の言葉を受けて、華岡隊長は「そうとも言い切れない」と言う。
「番がいるとなると、強大な敵が出現した時に最前線へと指名されることになるからな」
その静かな言葉に魔道具科の若い教師が反応した。
「あ……!もしかして……!」
「………そうだ。『如月の戦い』の2人も番だ」
如月の戦い──閲覧した過去の祓いのデータの記憶を探るまでもなく、有名な戦いの概要が浮かぶ。
あれは確か6年前の2月。
社会情勢への不安などが蓄積された末に暴走した、巨大な瘴気の渦が祓われた戦い。
俺は当時は魔術学園の中等部に在学していたから、その戦いは話題として知ってはいた。
しかし戦闘の末に2名が亡くなったせいか、その戦いの詳細は秘されている。
戦いの参考にしようとして検索しても、出てくる情報はあまり多くなかった記憶がある。
「番」なんて言葉も検索画面には出てこなかったぞ。
亡くなったのは確か戦闘魔術師と治癒魔術師の2人……その2人がその番とやらだったのか。
──いやでもちょっと待ってくれ……少し胸が熱くなったくらいでお前もその可能性があるよって、そんなことを言われても安直すぎるだろ。
憮然とした思いをこの年長者ばかりの中で口にする訳にもいかず、重苦しい空気の中、話を進めることにする。
「番とやらは初めて聞いたのですが、それはその紋というのがあるかを確認した方が良いのでしょうか。
もし番であることが原因で私のところに秋月が転移してしまうのなら、どうすれば跳んで来ないようになるかの対策を練りたいのですが」
俺のその言葉は周囲には意外なものだったようだ。
「……君は、自分の魔力が強まることは望まないのか?」
それは学園長から出た問い。
「急に言われたから何とも言えませんが、これまでも特に困っていませんでしたからね。誰かの補助を必要とはしていません」
正直に答えるとまた華岡隊長も学園長も沈黙する。
トップ2人が黙り込むと話を進めづらいのだが。
そこに、秋月武明が口を開いた。
「紋は戦闘中ではなくとも互いにその場所に触れ合えば出現するはずだ。早急に確認した方が良いだろうな」
「ただ……」と秋月武明が続けた。
「紗良が番かもしれないということは、明日妻がこちらに到着してから、まず俺と妻の2人から伝えさせてほしい」
その言葉には頷く。魔力に関することは繊細で、だからこそ保護者立ち会いのもとで話した方が良いと思っていたのだから。
「それから、もし紗良が番であるなら必ず問題になると思うのであらかじめここで言っておくが」
秋月武明はひと呼吸置いた。
「紗良は、そう簡単には自分が番の片割れであることを受け入れられないと思う。
──なぜなら如月の戦いで亡くなった戦闘魔術師が、紗良の父親だからだ」
思ってもいなかった情報が出てきて面食らう。
「え……そうなのですか!?」
「片桐さん、子供がいたんですか?あれ、でも……」
見れば若い教師だけではなく他にも驚いた顔をしている者もいる。
だが2人だけ極端な反応を見せている者がいた。
──華岡隊長は瞼をギュッと閉じ、学園長は無表情のまま全く身動きをしていない。
隊長が諦めたように静かに口を開く。
「……番の紋が発現した時、第8部隊副隊長だった片桐陽一には魔道具師の妻と幼い子供がいたんだよ。 でも番と出会い、家庭を捨てた。そしてその数年後に如月の戦いで番の2人共が命を落とした」
「……片桐の妻だった魔道具師が俺の妹で、紗良の母親だ。
妹は片桐との離婚騒動の心労でずっと伏せっていて、如月の戦いの翌年に衰弱して死んだ。
片桐が妹と紗良を捨てたのは紗良が7歳の時だ。
紗良は、父親が他の女に溺れて家庭が壊れていく様子も、自分を捨てて去っていく後ろ姿も覚えている。番というものへの拒否は強いだろう」
続いた秋月武明の重い言葉に、その場は誰一人言葉を発しない。
俺は番というものの厄介さに舌打ちしそうになっていた。
家族を傷つけ捨てるまでに引きずられるものなのか。
なんて厄介な……番も、あの華奢な少女が巻き込まれてきた出来事を聞いてジクリと痛んだこの胸の痛みも。
「……まずは秋月殿の奥方の到着を待って、秋月への説明だな。その上で紋の確認を急ぐ」
「紋の確認まで明日すぐにできるかは約束しかねる。紗良の状態次第だ」
学園長の言葉に冷ややかに返した秋月武明に、華岡隊長が静かに口を開いた。
「……秋月、すまないがそう長くは待てない。風祭にも次の仕事がある。
このままだと状況が不明なまま、風祭は瘴気だけではなく学生が跳んでくる事態にも対処し続けないといけなくなる。こちらとしては早急に解決したいんだ」
その言葉に秋月武明が笑った。
侮蔑を隠さずに。
「ああ、お前は変わらんな。組織のためなら罪もない親子を追い詰めたあの時と変わらん。
家にまで押しかけ震える綾子を責め立て集団で離婚を迫ったように、今度は紗良を責め立て肌を晒せと言うのかな?」
嘲る言葉に、10年ほど前の片桐陽一の家庭の崩壊は家族だけの問題ではなく組織をあげて導かれたことがうかがえた。
求め合う番同士が障害なく共に在れるように。
番の恩恵が最大限に引き出され、その利益を国が享受できるように。
華岡隊長は何も返さない。
それを鼻で嗤うと、秋月武明は言葉を続けた。
「……こちらとしても紗良が祓いの場に跳び危険な目に遭うのは見過ごすことはできない。
できるだけ早く確認させるようにはしよう。
ただし、できるだけ少人数の場で、だ。見世物にさせるつもりはない。
風祭隊員と俺達夫婦、あとは学園の保健教諭くらいで充分だろ」
「……こちらとしては、確認さえできればそれで良い」
秋月武明はもう隊長には目もくれず、俺へと視線を移した。
ひと息つくと、若干鋭さを和らげた声で語り掛けてくる。
「風祭殿はこの後は帰宅するのかな?明日紗良には話そうと思うが、すぐに君と会えるかは申し訳ないが分からない」
「……そうですね。今日はこちらに泊まらずに帰宅しようと思っています。
明日の午後は空けておきますので、紗良さんの状態によっては呼んでもらえますか?」
「では、後ほど連絡先の交換を」
「はい」
秋月武明はぐるりと皆を見回す。
「他に何かなければ、もうよろしいかな?明日の授業後に、妻と共に紗良に面会させてもらおう」
そう言うとさっさと席を立ち、目で俺を外に誘うと部屋を出ていった。




