表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

第6話:静寂を破る訪問者

昨日とは打って変わって、

澄み渡るような秋晴れの五日目。


図書室の空気は穏やかだった。

あきらくんも、昨日の「手つなぎ」を意識させないような、いつも通りの明るさでペンを動かしている。


「よし! この公式、完全に覚えたわ!」


「……ええ。昨日よりもずっと、解くスピードが上がっていますね」


私は鞄から、約束のクッキーを取り出した。


「……はい。今日は、少しだけシナモンを効かせてみました」


「マジ!? うわ、いい匂い……。皐月さつき、お前本当に――」


あきらくんがクッキーに手を伸ばした、その時だった。


「――おーい、あきら! やっぱりここにいたのかよ!」


静寂を切り裂くような大声とともに、図書室の扉が勢いよく開いた。

私は弾かれたように肩を震わせ、反射的に前髪を深く下ろして、スケッチブックを抱え込んだ。


入ってきたのは、日に焼けた肌とガタイの良い体格をした、二人の男子生徒だった。


一目でわかる。「あきらくん側の世界」の人たちだ。


「なんだよ、お前ら。ここ、図書室だぞ。

静かにしろよ」


あきらくんが少し困ったように眉を下げて立ち上がる。


「わりぃわりぃ。いや、顧問がお前の進み具合を見てこいって。……って、お前、誰だよその子。……え、もしかして、デート中?」


ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる彼らの視線が、私に注がれる。私は呼吸が浅くなるのを感じた。泥のように蘇る嘲笑の声。


不気味、呪われる、貞子。


指先が冷たくなり、視界がチカチカと点滅し始める。


「……あ、……えっと……」


声が出ない。早く、ここから消えなきゃ。


「おい、やめろって」


あきらくんの声が、さっきまでの明るさを失い、一段と低くなった。


「彼女は、俺に勉強を教えてくれてるんだ。

俺が無理を言って、頼み込んでるの。……茶化すようなこと言うなよ」


「えー、なんだよ、マジかよ。

……でもさ、その子、ずっと顔隠してて不気味じゃね? せっかくあきらが隣にいるんだから、もっとマシな――」


一瞬、図書室の空気が凍りついた。


ガタッ、と椅子が鳴る。


「……言葉に気をつけろよ」


あきらくんが、二人の間に割って入るように立った。

彼の背中は、昨日雨の日に私を守ってくれた時よりも、

ずっと大きく、そして険しく見えた。


「俺が、この人の絵のファンで、この人の焼くクッキーが世界で一番美味いと思ってて、俺の方からここに居座らせてもらってるんだ。……文句があるなら俺に言え」


「あ……いや、悪かったよ、そんな怒んなって」


「……帰れ。報告なら俺が自分でする」


あきらくんの放つ圧倒的な威圧感に押されるように、

水泳部の二人は逃げるように図書室を出ていった。


再び訪れた静寂。


私は指先の震えが止まらず、俯いたまま動けなかった。

陽くんは、ゆっくりとこちらを振り向くと、困ったように頭を掻いた。


「……ごめん、皐月さつき

あいつら、デリカシーがなくて。……怖かったよな」


「…………」


私は首を振ることしかできなかった。


怖かった。けれど、それ以上に驚いていた。

彼が、私のことを「不気味」だと言った彼らに対して、あんなに真っ直ぐに怒ってくれたことに。


私の絵を、クッキーを、そして私自身を、

あんな風に守ってくれたことに。


「……あ、クッキー、割れちゃったな」


あきらくんが机の上に落ちた、小さなクッキーの

欠片を拾い上げて、ひょいと口に入れた。


「……ん。やっぱり、最高に美味いわ」


彼は何事もなかったかのように笑って見せたけれど、その瞳には、隠しきれない優しさが灯っていた。


「……鴻上こうがみ、くん」


「ん?」


「……続き、……やりましょう。あと五ページ、終わらせないと」


私は、震える声でそう言った。

前髪の下で、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えながら。


(この人の前でなら、灰色の世界から抜け出せるかもしれない……)


そんなことを一瞬でも願ってしまった自分に、

戸惑い、胸の奥が熱くなった。




第七話へ続く___

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ