第69話 数値化された世界、そこに愛はあるのか
ミシェルは、実の兄が創業した民間軍事会社『ケルベロス』の新CEOに
就任していた。その迷彩服は、継ぐ覚悟の現れなのか。ジンは尋ねた。
「ミシェル、もしかしてその格好は・・・社長になったからなのか?」
「違うよ。これは飛行機を降りる前、社員の人に用意してもらったんだ。
ゼンとの修行で磨いた『鬼神流』と、家で練り上げた魔法で、みんなを
助けたいって思ったんだ。だから、この格好で行動を起こしたんだよ。」
一瞬、『鬼神流』というワードに耳を疑うが、彼女が口にした『行動』。
その言葉が、ジンの前世の記憶を呼び覚ます。この異世界に来た原因を。
ジンは前世、尊敬する伝説の起業家ジョナスの墓参りをするため、
単身アメリカへ渡った。ところが、その行動が彼の人生を変えた。
路地裏で、『銀色の拳銃』を持つ男に襲われ、志半ばで命を落としたのだ。
――そして目覚めたのは、異世界ヴァドール。機械の体を与えられた彼は、
前世で憧れの起業家になっていた。皮肉にも、転生したら夢が叶ったのだ。
「・・・ミシェル。クライドとは会えたのか?」
クライドは、ミシェルの実の兄だ。今や唯一の肉親となった彼女を、
二度と悲しませはしない。ジンは、クライドの様子が気になっていた。
「お兄ちゃんなら大丈夫。もう『ケルベロス』の仲間を呼んだよ。」
ミシェルの言葉に、ジンは疑問を感じた。再び彼女へ声をかけた。
「仲間を呼んだ? もしかして・・・クライドに何かあったのか?」
「・・・・・・ひどい状態だった。お兄ちゃんの体、黒い斑点みたいに
無数の穴が開いてて・・・。サイボーグだからパーツを換えれば命は
助かるけど・・・私に会社を継げって言って、意識を失った・・・。」
「・・・大丈夫だ。きっとクライドは助かるぜ。お前が『行動』したから、
クライドは救われたんだ。さっきオレもお前に救われた。ありがとな。」
ジンは、命の恩人であるナジュリが艦内にいることをミシェルに伝えた。
「ミシェル、ナジュリがまだ空母に残っている。三人で、ここを出るぞ!
オレら全員で、このダンジョン──ロズノアをクリアするんだッ!!」
「うん! あっ。ジンくん。お兄ちゃんが言っていた。王が・・・誰かに
殺されたって・・・。そんなの・・・いったい誰が出来ると思う?」
「反射魔法で身を守り、核を使う世界最強の魔法使いを倒せるとしたら、
あいつしかいない・・・ロズノフだ。あいつは多元宇宙魔法を使える。
何らかの方法で、王の反射を突破し、王の命を奪ったとしか思えないな。」
ミシェルから「王の死」を知らされたジンは、倒すべき標的がロズノフと
改めて認識した。その後ジンたちが飛行甲板の上を走り出すと、大気を割る
轟音と衝撃波が起き、突如甲板に震動が走る。二人は、反射的に空を見た。
灰色の戦闘機が三機、こちらに向かっている。ジンは、思わず声を上げた。
「あれか・・・ナジュリが言っていた、ミドロワ空軍の戦闘機。まさか、ここを
爆撃とかしないよな・・・。よし、ミシェル、早くナジュリを探しに行くぞ。」
ジンがミシェルの方を振り向いた瞬間、上空で凄まじい爆発が起きた。
「な、何ィイイッ!!」
二人は、再び上空を仰いだ。戦闘機はすべて、無残に撃墜されている。
空母から対空ミサイルを放たれた様子はない。一体、何が起き──
「ここにいたのかね?」
声を聞いたジンに、電流が走る。間違いない、ロズノフだ。仲間の命を
奪ったロズノフの銀色の拳銃――色や形状が、前世で自分を撃った拳銃と
完全に一致した。全てを悟った。ロズノフは、前世で自分を殺した男だ。
「お前だったのかッ!! テメェは絶対に──」
かつてのロズノフは、銀色の角刈り頭に碧眼が特徴のビジネスマンだった。
だが今はその面影はない。漆黒のシルエットに無数の「0」と「1」の数字が
超高速で走り続ける――もはや得体の知れない『人外』にしか見えなかった。
「・・・ハァ!? なん──」
「因子加速ッ!!」
その刹那、ジンの腹部をロズノフの足が触れ、遥か遠くへ蹴り飛ばされた。
超音速機に激突したような衝撃を受け、ジンは炎上する塔の瓦礫へ突っ込む。
「ジ、ジンくーーーーーーーーーーんッ!!」
ミシェルは磁力場を操ると、瓦礫の山へと目に見えない『導電路』を構築。
それは、自身を戦闘機として射出する、即席の電磁式カタパルトだった。
生身のまま雷速に達すれば、加速の衝撃だけで肉体は粉々に砕け散る。
それを防ぐのはミシェルの演算能力。彼女は、秒単位で負荷を計算した。
磁場による慣性制御で肉体の崩壊を抑え、電光石火でジンの元へ飛んだ。
ロズノフが狂喜の声を上げた。
「素晴らしいッ!! これが加速時間かッ!! ナジュリと戦った甲斐が
あったものだッ!! ナジュリのように、時間停止や結界は作れないが、
これで『手数』は増えたッ!! もはや誰にも私を止められないッ!!」
ロズノフは自ら量子分解し、一瞬でミシェルの隣に再構築すると叫んだ。
「こんなこともできるッ! 量子テレポートは、消滅のリスクを伴う!
だが、私は『別宇宙の理』で動くのだッ! 即ち、私はこの世界の
観測や重力からも、自由になれるのだッ!!」
「こ、この・・・変態ッ!! 鬼神流ッ!! 威斬波ッ!!」
ミシェルは高速移動のまま旋回し、ロズノフの側面を突く。掌に集めた
電子を青白い半月状の斬撃として数発放った。弧を描く電子の波が肉体を
裂こうとするが、ロズノフは顔を右手で隠し、左手で腰を押さえて叫んだ。
「自我自算ッ!! その斬撃を「0」にし、私を「1」と定義しろッ!
この『数値化された世界』で、数値を『0』に定義されたモノが、数値が
上のモノに届くことは決してないッ! それが原理原則なのだッ!!」
ミシェルが放つ半月状の光刃――その輝きに、ノイズのような無数の「0」が
まとわりついた。ロズノフの体に鮮烈な緑の「1」が書き込まれると同時に、
彼には血のような赤色の「0」が刻印された。それは『代償』を示していた。
直後、ロズノフの前で光刃が透過した。彼へのダメージはゼロだった。
ロズノフに『数値化』された『この宇宙』で、ゼロを書き込まれた
物質や事象は、全て無価値になる。物の価値を決めるのは投資家と、
豪語するロズノフの思想が反映された魔法で、攻撃を無効化できる。
一方、瓦礫の山へと沈んだジンは、鉄板を蹴り飛ばして立ち上がる。既に、
ミシェルがロズノフと死闘を演じていた。彼が駆け出そうとした次の瞬間。
ジンの視界に青白いノイズが走った。謎の通信相手の強制介入。彼は吠えた。
「誰だッ!? ミシェルが殺されかけてるんだ、何の用だッ!!」
「俺だ、クーロンだ! ナジュリからAIのことは聞いたッ!
お前が欲しがるAIを転送するぜッ!!」
「クーロンかッ! 今すぐ送ってくれッ!!」
「海じゃ電波が安定しねえ! 受信は一瞬だが、同期に10分かかるッ!!
惑星直列を待つような忍耐の心が必要だッ! ジン、耐えるんだッ!!」
「10分? 間に合わねぇ! 何とかするんだ、クーロンッ!!」
「なら、ジン。『シンク・ディファレント』だ。発想を変えろッ!!」
「ハァ? 何を言っているんだッ!!」
「魔法が使えない。なら、それを使わない理論を組めッ! お前はサイボーグ!
その鉄の体は、何のためにあるッ!? 科学は調べることから始まるッ!!」
ジンは、体を調べ始めた。ジンの人工網膜に、内蔵装備の一覧が表示された。
加速装置──脚部から、スラスター・ハッチが火花を散らして強制開放された。
数秒の間だけ、限界速度を超える機械化人間の真価が、この瞬間に発揮する。
ジンは『発想』を切り替えた。敵を討つのではない。ミシェルを、ロズノフから
奪い返す。科学の力で。ジンは緊急加速装置を点火し、照準を彼女に固定した。
全人工神経を救出の一点にのみ過負荷させ、ジンは愛する彼女を最優先にした。
ミシェルは電子操作魔法で電磁浮上し、掌から青白い雷を放つ。
「伸縮電流ッ!!」
撃ち出した雷をワイヤーのように使い、一気に引き寄せられるように滑空した。
「そろそろ君を殺すとしようッ!! 量子変身ッ!!」
ロズノフのシルエットが青い発光体に変わり、ミシェルの隣に集まっていく。
多元宇宙と化した彼は、分子の衝突を別宇宙へ逃がすと、即座に実体化した。
空中でミシェルと対峙するロズノフは、持論を展開した。
「無価値な者が無価値のまま死ぬッ!! 即ち、ゼロはゼロなのであるッ!!
神もゼロであり、神は死んだッ!! ならば、私が宇宙を再構築するッ!!
森羅万象、全てに数字の因果を書き記し、私の宇宙が上書きするッ!!」
かつて、量子ナノマシンで救済を行おうとした男の傲慢さは、宇宙のごとく
膨張した。万物は数字の羅列と同じであると断じ、ロズノフは魔法を唱えた。
「世界自我ッ!! 『無限の可能性』に、私はなるッ!!」
ロズノフは、並行世界の自分を次々と現宇宙へ上書きする。残像が幾重にも
重なり、ミシェルに死の連撃を予告した。彼が少女に触れようとした刹那。
「自己重圧ッ!!」
彼の可能性は不可視の『力』に折られ、冷たい鋼鉄の甲板へ叩きつけられた。
「エントォロォオオオピィイイイイイイイイイイイイイッ!!」
それは上書きの瞬間に生じる、0.01秒のタイムラグ。上書き完了までの瞬きにも
満たぬ合間、この星の重力は干渉する。数値化された宇宙に介入する天文学的な
確率の「偶然」。空を飛ぶ『天才』が再現した重力の魔法を、その身に受けた。
ロズノフの周囲に発生した重力の歪み。視界の先には、純白の紳士が映りこむ。
「『愛の重み』は、『魂の熱量』だッ!! そうは思わないか、変態マンッ!!」
宇宙は数字で成り立つと断言するロズノフは、存在は自己愛で確立すると
信じる魔法使い『ベンジャミン・ベーコン』の前で、無様な姿を晒した。
だがロズノフには『勝算』があった。迫りくるベンジャミンの隙を突くべく、
重力に屈した振りを演じていた。多元宇宙から演算を行う彼には、既に逆転の
数式が、弾き出されていたのだ。ロズノフの「世界自我」は、彼の手に触れた
『商品』を別宇宙の自分に上書きし、現宇宙に召喚できる。彼はそれを狙った。
最終話は、4月30日の木曜日21時に投稿します。前回、曜日を間違えてしまい、皆様にご迷惑をおかけしたことを心よりお詫びします。申し訳ございません。ご愛読、本当にありがとうございました。




