第68話 時の魔女ナジュリ VS 数の魔神ロズノフ
先ほどの死闘が、嘘のように消え去った。光の弾丸の雨も、グッドマンの
執念ですら、白髪赤目の少女――ミシェルの『慈愛』の壁に霧散した。
「助かった・・・ミシェル。ありがとなッ!!」
ジンが感謝を伝えると、彼女は優しく微笑み、愛おしそうに彼を見つめた。
二人の間に安らかな時間が流れ、再会の実感がじわりと胸に広がっていった。
「わ、私も・・・ずっと・・・ジンくんのこと、心配したんだよッ!!
助けたいと思った・・・。だからゼンと一緒に頑張って鍛えたんだ!!
今度は私が助ける!! 絶対に守りたいって、行動したんだッ!!」
ジンは頷き、彼女を褒めた。しかしミシェルはジンの不安を見抜いていた。
「どうしたの、ジンくん? 何か、あったの?」
「・・・ミシェル。実は『昔のジン』が、オレの無意識を操作して通信を
妨害してる。クーロンと連絡が取れないんだ。あとアミの代わりに魔法を
生成してやるから、体を返せと脅されている。どうしたら良いと思う?」
ジンの切実な願いに、ミシェルは考えこんだ。
彼女の脳に、過去の男――「本物のジン」との記憶が蘇る。
出会ったあの日、彼は道端に捨てられていた。死にゆく脳を現世に留めるため、
ミシェルは機械工学を駆使して、旧主のジンを機械化人間として命を救った。
ある夜、実の兄に捨てられた傷を埋めるため、ジンに抱きついたミシェルを、
旧主は怒号とともに突き放した。顔を、腹を、容赦なく殴りつけられた。
なぜ――その叫びに対し、彼が放った言葉を、彼女は今も忘れられない。
「キモッ。テメェ寂しいなら自分の指で慰めな。オレ様は強い敵と戦いが
してえんだ。求愛行動よりも、ガルフロードを殺す物を作れメスガキ。」
ミシェルは後悔したが、絶望的な孤独の中で、邪悪な彼に依存した。
そんな地獄の日々が続いたが、転機が訪れた。その日、灰色の世界に
光が差した。地球で果てた梅川仁の『魂』が、ミシェルに愛を教えた。
仁は、ミシェルを大切に接してくれた。あの日許してくれた、キス。
買い物。日向ぼっこで重ねた手の温もり。昔のジンとは、全く違った。
――いまのジンくんのままでいて。
彼女の深層意識は、祈りにも似た切実な願いを抱き続けていた。
ミシェルの心が揺れ動いた。
(分かったよ。やっと分かったよ、ジンくん。)
ミシェルの瞳に決意の光が宿る。だが、優しい彼女にとって、知っている人間を
切り捨てる行為は、魂を削るほどに辛い。迷うミシェルの心を、ジンが解いた。
「ミシェル。お前がどんな行動をしても、オレはお前を受け入れる。」
その一言が、彼女の最後の枷を外した。
「・・・ジンくんを助ける為に・・・私は過去と決別する・・・。『深層封印』!!」
赤から青く変色したミシェルの両眼が、電子の海にダイブした。ジンの脳内の
OSを解析し、プログラムの奥に寄生していた『旧主のジン』の意識を捉えた。
「ごめんね、もう一人のジンくん・・・あなたを救いたかった。でも、
あなたは私を、全然見てくれなかった。・・・だから・・・。私は、
今のジンくんを選ぶ。さようなら・・・ジン・ゼッカードッ!!」
ミシェルは覚悟を決めると、デジタルデータの旧主を暗号化の檻へ封印した。
「ミシェル・・・ありがとう。もうアイツが体を乗っ取ることはないんだな?」
「・・・あの人は私と同じ『魔族』だから・・・いつか暗号を解いて復活する。
あの人・・・ジンくんの人工海馬を汚染して、記憶の書き込みを妨害した。」
「・・・つながったぜ。あの野郎、前世の記憶がないのは融合のせいだと
言いやがった。アイツが奪っていた。やっと、前世のことも思い出せた。」
その様子をジンの背中で意識を取り戻していたジュリアが、無言のまま
見つめていた。二人の絆を見たジュリアは、尊いと思ってしまった。
(・・・あたしが入る隙間ない・・・だよ・・・なんなんだよッ!!)
ジンの背に顔をうずめ、ジュリアは声を殺して泣いた。ジュリアの初恋は、
今、静かに終わりを告げる。あふれる大粒の涙。ジンの金属製の背中は、
彼女の涙を空しく弾き飛ばす。無情な物理が、彼女の感情すら拒んでいた。
海上都市国家『ロズノア』 最下層 量子科学研究・開発エリア
一方その頃、ジンと別れたナジュリは時空操作魔法を発動し、奥へ進んだ。
「・・・ここだな。量子ナノマシンを隠していた場所は。」
ナジュリは、地球には存在しない素粒子である『時空の因子』を操れた。
彼女は『静止時間』を闊歩し、空母の最下層で研究されていた、全生物の
意識をデジタル化して奪う兵器『電脳神』を艦内で探していたのである。
彼女が部屋の扉を開けると、量子ナノマシンが入った白い球体を発見した。
無数の光ファイバーのケーブルが血管のように接続され、球体の中央には
赤黒いレンズが、単眼のごとく嵌め込まれて、その異質さを醸し出した。
ナジュリは静止した時間の中で、この超科学の兵器を破壊する方法を模索した。
「ふむ。ナノマシンは『因子加速』で加速させ、破壊するか。」
ナジュリが、『無制限停止』を解除しようとした刹那。ナジュリは、
隣に人の気配を感じた。驚いた彼女はとっさに距離を取る。あり得ない。
この止まった『時間』の中を動ける者は、自分以外に存在しないはずだ。
緑色の数字が刻まれた男は、表面のバイナリーコードを発光させて、
体の数字を高速で循環させた。シルエットの男は、咆哮を上げた。
「このマシンの『価値』を「0」として、私の『価値』は「1」とするッ!!
自我自算ッ!! 物質を吸収しろッ!! すべて強制買収だッ!!」
それは不可解な現象だった。自分以外は動けぬ静止した『世界』で、男は
球体をその身の中へと「吸い込ませた」のだ。そして、その謎の男の声を
ナジュリは知っていた。この空母の格納庫で、確実に仕留めた敵だからだ。
「ロ、ロズノフッ!! 何が起きたんだッ!!」
ロズノフは、バイナリーコードを明滅させて、ナジュリに説明した。
「君の結界のおかげだ。君と私が戦った時、私の『この宇宙の物理に
干渉されぬ弾丸』と君の『1秒が10年へと時を加速させる力』が、
衝突した。その時生まれたエントロピーは迷うことなく、私の体を
結界に変化させた。私は『多元宇宙』となり、加速時間の結界を
吸収したッ!! そしていま、量子化能力も手に入れたッ!!」
絶望的な状況であった。ロズノフの結界は多元宇宙を内包することにより、
ナジュリの加速時間の結界すら飲み込み、量子ナノマシンも取り込んだ結果、
時空操作と量子化の能力を得た『魔神』としてナジュリの前に現れたのだ。
ロズノフは、自分自身を量子に分解し、空中で量子状態から実体を
再構築した。ナジュリはロズノフを見つめる。ロズノフは叫んだ。
「私に触れた分子は、この宇宙の物理法則から解脱するッ!! すべての
『座標』を再定義し、万物を『数字の羅列』に入れ替えるのだッ!!」
「な、何ィイイ!!!」
「もはや、私に触れることは、『この宇宙』では不可能ということだッ!!
貴様がいくら時空操作で攻撃しようが、すべて「無価値」なるのだッ!!
宇宙を数値化できる私が、貴様の身に『数字の因果』を書き込むッ!!」
ロズノフは、別宇宙の自分を起点として魔法を発動させていた。現在の彼は
この宇宙をすべて「数字」に変換し、あたかも外部のプログラマーがゲームの
プログラムを改変するように、別宇宙の自分にこの宇宙を「書き換え」させた。
シミュレーション仮説――世界のすべてがプログラムによって駆動し、あらゆる
物質や現象は、数字で記述できるという思想。ロズノフは、その体現者となる。
「因子加速ッ!!」
ロズノフは、結界で手に入れた時空操作力で、加速時間を生成した。刹那、
ナジュリも『静止時間』を解除した。彼女も『因子加速』を使って対抗した。
「解放ッ!! 因子加速ッ!!」
超高速度の衝突。ナジュリは、懐から拳銃を抜き、銃弾を時空操作で
加速させ、射出した。だが事象すら「数字」に変えるロズノフの前では、
無力以外の何物でもない。ロズノフは、弾丸をコードレベルで書き換える。
「自我自算、弾の数字を0にしろッ!!」
ナジュリの放った無数の弾丸に『0』の数字が重なった刹那、それらは存在を
抹消されるように虚空へと消え去った。だが、ロズノフの体にも変化が生じる。
彼のバイナリーコードで構成された体に、赤い数字の『0』が浮かび上がる。
呼応するように現れた真っ赤な数字は、何かの『代償』を暗示していた。
ナジュリはロズノフを倒す使命感を拳に込め、落下しながらも、
眼前の「バイナリーコードの怪物」へと空中で連打を叩き込んだ。
「ドゥォオオオオオオオオオオラッ!!」
ロズノフに拳が触れた瞬間、彼の『数字』が『1』へと転じ、対照的に
ナジュリの両手に無数の『0』が刻印された。彼女が殴っても殴っても、
手応えはなく、シャドーボクシングのように、拳は空を切る。眼前の敵、
ロズノフに、一撃たりとも届かない『現実』を彼女は思い知らされた。
「KILL!!KILL!!KILL!!KILL!!KILL!!KILL!!KILL!!KILL!!
KILL!!KILL!!KILL!!KILL!!KILL!!KILL!!KILL YOU!!」
ロズノフの輪郭が、残像のように激しくぶれ、ナジュリに拳の連打を浴びせる。
多元宇宙魔法で、自分自身を何度も上書きし、ナジュリに触れるたびに
凄まじい速度で『入れ替え』を行った。彼女は時空操作魔法を凌駕する、
「様々な世界のロズノフたち」の凄まじい攻撃を一身に受け、口や鼻から血を
噴き出して地上に激突した。静寂が訪れると、ロズノフは彼女に告げた。
「異世界の私と『友情』を結び、敵の『努力』を無駄にし、私は『勝利』を
手にするッ!! これより、私は母なる地球を救いに行くとするッ!!」
時空操作と多元宇宙。相反する魔法が激突し、ロズノフを進化させてしまった。
一方、ジンはジュリアを飛行機に待機していた医療スタッフへ預けていた。
彼はミシェルと共に、艦内に残るナジュリとの合流を急ごうと走り出した。
それが、前世の記憶をすべて取り戻した自分とロズノフとの、逃れられぬ
因縁に直面するとは――この時のジンは、まだ知る由もなかったのである。
次の話は、4月28日水曜日の21時に投稿します。ご愛読ありがとうございました。




