第60話 月夜に吠える狼の牙が蒼く染まりし日
クライドの電子操作魔法による、ハッキングは完璧だった。格納庫には
ロボットが電池の切れた時計のように転がっている。だが、目の前の
四足歩行戦車『ドレッドスレイヤー』は、その巨体を震わせていた。
通常はハッキングによる強制シャットダウンで沈黙する筈だった。
だが、この戦車は違う。ドレッドスレイヤーのAIは高周波電波を探知し、
即座に雷魔法『電磁加護』を発動させた。その効果は、サイバー攻撃を
媒介する電磁波を無効化し、その電磁波を電磁誘導で電気へと変換する。
予備電源に電流が走り、ドレッドスレイヤーは機能停止から回避された。
いきなり動き出したのも、クライドの電子操作魔法の弊害であった。
ドレッドスレイヤーの中にはロズノフの命令で待ち構えていた女操縦者が
突如現れたジュリアを発見した。ジュリアは、光学迷彩を解除してしまい、
油断していた。謎の操縦者は、のこのこ現れたジュリアに向かって言った。
「あらあら・・・貴方相当『おバカ』なのねぇ。可愛いわ。お姉さんは好きよ。」
亜麻色のルーズサイドテールの髪型と青い瞳、黒を基調としたボディスーツが
特徴の女性。その名はザッキー・セルウィン。彼女はミドロワに到着したら、
この巨大戦車でミドロワ人を蹂躙するように命じられ、中で待機していた。
バカと言われたことに腹を立てたジュリアは、ドレッドスレイヤーに言った。
「んだとォ!! おいババア!! 引きこもってないで降りて戦え!!」
「ウフフ・・・目上に対し、口の聞き方がなっていない『猿』だったのね。
いいわぁ。お姉さんが、貴方を躾けてあげる。行くわよォッ!! 猿!!」
ドレッドスレイヤーは、四本の脚で縦横無尽に格納庫を横滑りした。
ジュリアは巨大戦車に向かって魔法名を唱え、回転する炎を投げつけた。
「炎月殺法ッ!!」
ドレッドスレイヤーの四本の脚が地面を蹴り、瞬きする間にジャンプした。
巨体を跳躍させるドレッドスレイヤーに、炎の輪が空間で虚しく空を切った。
ジュリアの背後に回ったドレッドスレイヤーの二門の機関銃は、追い詰める
軍隊の総射撃のように、赤黒い装甲の隙間から絶え間なく火花を散らした。
ドレッドスレイヤーから放たれた銃弾の雨に、ジュリアもバク転して避ける。
「ッ!! コイツ、本気で鬱陶しいッ!!」
ジュリアは、自分の魔法が到達するよりも速く動ける四足の怪物に苦戦した。
突如、四足歩行戦車のハッチが開放し、6発のミサイルが弧を描いて飛んだ。
炎が上がる中、蜘蛛に似た機械は距離を詰め、主砲と機関銃が連射された。
「アハハハハッ!! 気持ち良いワァァッ!! もっと撃ってッ!! そう!!
そこォ!!」
戦車内部では、二つの胸を震わせ、ザッキーは笑いながらジュリアに
攻撃を仕掛ける。彼女は待ちきれない様子で、舌なめずりしていた。
この眼で不幸を見る。彼女は過去に、周囲から差別的な扱いを受けた。
「セルウィン。君、算数も出来ないの? うちの6歳の娘でも解けるよ、これ。」
金髪碧眼の中年男性が笑いながら、制服を着たザッキーを本の角で叩いた。
数学の授業で、ザッキーは正しい回答を黒板に書けなかった。教室で笑いが
起こる。彼女は、学校の帰り道で泣いていた。彼女は計算能力に難があった。
やがて、義務教育を終えた彼女は、最低学歴で採用され、スーパーで働いた。
ザッキーよりも年上の女性社員は、計算を毎回間違えるザッキーに怒鳴った。
「あんたバカなの!! なんで、朝と昼の計算が合わないのよ!! レジの計算が
合わないとはッ!! あんたがお釣りを多く、客に渡している法則だァッ!!」
「すみません、すみません、すみませんッ!! ごめんなさいッ!!」
「ちょっとマリー。ダメよ、この子泣かしちゃ。上にバレちゃクビにされるわよ。
こういう時は、怒鳴らないでゴミを見るような目で、相手するのよ。どーせ、
この女は店長に泣きつくわよ。若いから許してもらえると思っている雌豚よ。」
「ち、チクりません、本当ですッ!! ウソじゃないです!!」
ザッキーの弁解も空しく、その後彼女は店から追い出された。無遅刻無欠勤で、
頑張っていたが店の利益が上がらず、正社員のマリーが店長に相談し始めた。
店長の男はザッキーが店から金を盗んでいると思い、彼女をクビにした。
その後ザッキーは、何件も会社に応募したが、筆記試験でつまづいた。
ついに家を追い出され、夜の世界に行くことになった。両親は彼女に
計算ができないことは恥だと言い、ザッキーは両親から絶縁された。
ヴァドールでは魔法を発動するにも『暗算』が重視され、資本主義が
広まっていた彼女の国でも、計算障害は福祉の支援対象外であった。
プライドシティで、彼女の夜の顔は『バーテンダー』だった。
彼女は計算が出来ない代わりに雑学を暗記することに長けていた。
数の増減は理解できないが、酒に関する知識を覚え、接客していた。
ザッキーは、初めて自分が必要とされる喜びを知り、仕事に励んだ。
だが『銀髪の悪魔』と出会い、人生が変わる。ロズノフである。彼は、
ザッキーを口説き、部屋に招いた。ザッキーの下着を脱がすと、彼は
魔法『世界自我』を発動した。何度も多元宇宙の自分と入れ替わり、
ザッキーを抱いた。啄木鳥は1秒間に約13回〜25回突くと言われている。
その啄木鳥と同じ動きを、ロズノフは行った。ザッキーは、壊れた。
その日から彼女は仕事を辞め、ロズノフの専属執事となった。彼は、
彼女をシティの富裕層の間で、密かに行われている『狩り』に誘う。
それは、借金を返せなくなった負債者を、銃で射撃する『競技』だった。
逃げ惑う負債者を撃った。ゲームと違い、目の前に本物の死体が現れた。
徐々に彼女は殺人に罪悪感を感じなくなった。ザッキーは快楽に溺れた。
その中には彼女をいじめた者も居た。彼女は、他人の不幸が愉悦になった。
一方、ジュリアは戦う理由があった。勝利し、ジンに告白する『覚悟』がある。
彼女も環境に恵まれなかったが、殺人に快感を覚えず、ジンによって変わった。
ジュリアは、魔法生成AI『アグニ』に話した。アグニは、冷静な口調で言った。
「アグニ、あたしが今から思い浮かべる、魔法の計算宜しく。」
「了解。コマンドを受け付けました。10秒後に発動致します。」
ジュリアはアグニに頼むと同時に、光学迷彩を発動。姿を消した。
モニター画面に映っていたジュリアを見失ったザッキーは叫んだ。
「!? ど、どこに行った!! コンピュータ、敵の姿をセンサーで探せェ!!」
優越感に浸っていたザッキーは、突然見えなくなったジュリアに動揺した。
ジュリアは、四足歩行戦車の下に滑り込んだ。彼女は戦車に掌を当てた。
「蒼炎熱波ッ!!」
彼女の手から放たれる超高温の炎が、ドレッドスレイヤーの真下から広がった。
装甲を貫くのではなく、即席の『オーブン』に変え、中の女を蒸し焼きにする。
計算に基づいた炎の熱が、内部の温度を上げていった。戦車は瞬く間に
白熱し、操縦席に座るザッキーは、急上昇する気温と酸欠に顔を歪めた。
「アッ、アッアッアアアアアッ!!」
だがドレッドスレイヤーのAIが動いた。刹那、戦車の周囲に凄まじい電力が
みなぎり、電磁障壁が火炎を霧散させた。次の瞬間、四足歩行戦車が消えたと
錯覚するほどの速度で、ジグザグに移動した。危機を脱したザッキーは、汗で
蒸れたスーツのチャックを下ろす。白い胸元を露出し、ジュリアに怒鳴った。
「この雌猿ァアア!! 殺してやる、殺す!! テメェは必ずブチ殺す!!!」
ジュリアも光学迷彩を解除し、再びザッキーの前に現れ、指を立てて言った。
「さぁ、来いよ!! あんたに見せてやる・・・炎狼の矜持をなァ!!」
ジュリアは右手首のハッチを開け、咆孔に光の粒子が集まり出した。
リミッターを解除し、魔法生成AIの演算速度を極限まで引き上げる。彼女の足の
裏から磁力が発生し、今から放つ荷電粒子砲の反動を抑えるために固定した。
他方で、ジュリアの焦熱魔法に平静を失ったザッキーは、動かないジュリアに
戦車の主砲をぶつけることを思いついた。二人同時に、必殺の名を叫びだした。
「超絶波動砲ォォオ!!!!」
「超速徹甲弾ォォオ!!!!」
ザッキーの徹甲弾は、音速を超えて、標的へと肉薄する。だが正面から衝突した
ジュリアの荷電粒子砲は、ザッキーの徹甲弾を蒸発させた。質量を失った存在と
化した徹甲弾を突き抜け、紺碧の槍はドレッドスレイヤーの砲門へと逆流する。
「アッ・・・アアッ!!」
彼女はゆっくりと青い光が迫るように感じた。ザッキーの顔が
恐怖で歪んだ刹那、彼女のボディスーツがドロドロに溶け出した。
ザッキーの白い肌があらわになり、裸になると崩れて塵と化した。
超音速の徹甲弾を上回る、亜光速まで加速した電荷を持つ素粒子の暴力。
ジュリアの荷電粒子砲は、分子結合を破壊する威力を誇り、絶大だった。
「ごめん・・・ジン。・・・あたしは・・・ここまで・・・。」
ジュリアの体から煙が上り、彼女は冷たい鉄の床の上で力尽きた。
次の瞬間、赤黒い戦車は内側から膨れ上がり、装甲の継ぎ目という継ぎ目から
閃光が爆ぜる。直後、弾薬の誘爆を待つまでもなく、ドレッドスレイヤーは、
爆発四散した。ジュリアが放った最終兵器は、目標を撃破した後も突き進み、
空母の壁に巨大な穴を開けた。爆音と地響きが起き、それは上層階に届いた。
「な、なんだぁああ!!」
「いやぁああああ!!」
「お、おい!! ロズノフ、一体何なんだ!!」
それまで雅な雰囲気を楽しんでいたロズノフの招待客は、突然発生した地震に
パニック状態になっていた。一方、ロズノフはグッドマンと行動していた。
グッドマンは即死魔法を発動させ、王のボディガードを瞬殺した。部屋の床に
多くの死体が転がる。彼は震動に反応すると、死体を見下ろすロズノフに聞く。
「なんじゃろな? 侵入者がエンジンルームでも爆発させたのかの?」
「・・・どうやら、ネットワークが乗っ取られたようだな。」
「・・・ただごとじゃないの。ならワシが仕事に行ってくる。」
「ああ。頼む。君のように『価値』のある部下は頼りになる。」
「あの嬢ちゃんも、頼りになるから最新の兵器に乗せたんじゃろ?」
ロズノフはニヤリと笑うと、こう答えた。
「あれは、『不十分』だから与えたよ。あれは、あまりに弱すぎる。肉体も、
知能もな。代行者の意味も知らぬ王と同じだ。本質が理解できないのだよ。」
ロズノフはザッキーに『憐み』を感じていた。それまで抱いた女性に一切
なかった『不幸』を感じ取った。彼女をヒトと思ったことは一度もなかった。
彼の目には能力が低いことを隠しながら生きる『動物』にしか見えなかった。
1時間前、ザッキーはロズノフとキスをした。彼女は、彼に愛情を求めた。
だが、彼はザッキーに対して『愛情』を持ったことは『一度も』なかった。
彼の中では『犬が口の中に舌を入れた』という感想しかなかったのである。
次話は、4月17日の金曜21時に投稿します。ご愛読ありがとうございました。




