第59話 超巨大空母の中で戦いの火蓋は切って落とされた
巨大な鉄の扉が左右にスライドすると、ジンの視界に映り込んだのは
国の栄華を象徴する舞踏会だった。この空母の上層部で開催している。
天井は緩やかなドーム状を描き、ホログラムの星空が投影されていた。
立食テーブルが等間隔に並び、銀の大皿の上に極上の肉料理や魚料理、
希少な材料を使ったデザートが山のように積み上げられ、威圧感がある。
フロアを埋め尽くす招待客は、資本主義社会で勝利した『特権階級』だった。
人々はグラスの中の酒を飲んで談笑している。すぐ下にある武器庫には何発も
ミサイルがあり、一つの国を滅ぼせる軍事力を持つ空母なのを誰も気にせず、
呑気な態度で過ごしていた。彼らはロズノフに呼ばれた資金提供者だった。
ジンの足元から、微かな振動が伝わってくる。それはエンジンの震えではない。
この巨大な鉄の孤島を海面に繋ぎ止めている、核融合炉による『鼓動』だった。
「・・・どこかにロズノフと王がいる筈だ。」
ジンは眼球カメラに投影されたフロアマップを更新した。この華やかな
舞台の裏側、超巨大空母のどこかに、この海上国家の『支配者』である、
ロズノフと、世界最強の国王マキシマス8世が対談する部屋がある筈だと
ジンは考えていた。すると純白のドレスを着たクライドが話しかけてきた。
「先ほど連絡があった。王とロズノフは提督室にいる。我々はそこを目指す。」
「この格好で提督室を目指すのか?」
「ああ、それは心配するな。途中でロニとゼンと合流する。私の部下が
既に調理スタッフとして潜り込んでいるから、彼らが先導するだろう。」
「ジュリアはどこにいるんだ?」
「もう既に彼女は船内の奥深くに移動している。クーロンの会社が
用意した光学迷彩装置を使ってな。彼女には、ここに格納された
四足歩行戦車『ドレッドスレイヤー』の破壊を依頼したんだよ。」
「なんだそれ?」
「ミドロワに宣戦布告をするために開発された、ロズノフの玩具だよ。
機関銃や戦車砲、誘導ミサイルなどを有する。雷の魔法も使えるな。」
「ミドロワに宣戦布告? クーロンの話だと睨み合いの冷戦になる筈だろ?」
「ジン、戦争が起こったら、民衆はどんな行動をすると思う?」
「そりゃ、皆は荷物まとめて家から安全な場所に逃げるだろ?」
「ロズノフの『量子情報生命体』は生物の意識を奪う。人々が建物から
外に出たところを襲う気だ。そのためにワザと戦争を起こそうとする。」
「ハァ!? おびき寄せるための戦争かよ!!」
「まず避難民から意識を奪う。倒れている人々を見た別の避難民は、
ガス攻撃で倒れたと思うだろう。助けようと、回復魔法を使う者も
駆け寄ってくる。まるで、巣を攻撃された蜂が大量に出てくるのを
待ち構えるように『量子状態の神』という網が外に張られている。」
「ふざけやがって。そんなクソみてえな理由で、戦争だとォ!!
ここの客は高みの見物ってか!! こいつらも腐っている!!」
「いやロズノフは『全員』を救済する気だ。客は自分達も吸収される
対象とは想像しないだろう。では、ジン。手筈通りに演じてくれ。」
突然クライドは持っていたグラスを落とすと、うつ伏せに倒れた。
それを見たジンは、すぐに演技を始め、周囲に向かって大声で叫んだ。
「誰か!! 医務室まで運んでくれ!! オレの妻が大変なんだァ!!」
いきなり騒ぐジンに周りの人々はざわついた。やがて一体の配膳用
ロボットがジン達に近づいた。そのロボットは流暢に話を始めた。
「お客様、今医療班をお呼びしますので、どうか落ち着いてください。」
「落ち着くだァ!? てめえ、こんな状況で落ち着く訳ねえだろォ!!」
ジンは理不尽なクレームをロボットに向かって言った。すぐロボットは
プログラム通りに対応しようと、量子通信網に繋ごうとした、その瞬間。
クライドの瞳が赤く光り、ロボットの電波から侵入し、ジャックした。
クライドの電子操作魔法によって、ロボットは掌握され、ロボット経由で
船内のネットワークを乗っ取った。これで船の監視カメラやロボットなど、
あらゆる電子機器の機能停止が可能になった。クライドは、ジンに言った。
「先に君は医者を呼ぶ振りをして、この部屋から出ろ。私は後から合流する。」
「分かった。オレはゼン達を探せばいいんだな。クライド、頑張れよ。」
ジンは、妻役のクライドを、隣にいた招待客の男に預けようと、声をかけた。
「スマン、あんた。オレの妻を見てくれないか。ロボットが故障した。
オレは外に行って医者を探してくるから、悪いけど妻を抱えてくれ。」
「ハァ? ちょっお前ガチで言ってんのか!?」
「じゃ、頼んだぜ!!」
金髪で髭が生えた男性は、白髪ロングの美女を預けられた。ジンは走り出し、
周りの人々は非常識なジンに対して侮蔑の目を向け、預かった男に同情した。
ジンは廊下を走りながら、心の中で思った。
今日のクライドは、やけに落ち着いていたな。ジャングルで口論になったが、
今はオレに対しても温厚だ。てっきりミドロワ憎しで犠牲者を出す作戦を
やるのかと身構えていたけど、違ったみたいで安心した。オレの考え過ぎか。
だがジンの思惑は外れた。クライドはジンから離れることで、単独行動を
狙っていた。彼は『王の暗殺計画』を実行するためにジン達を油断させ、
利用した。クライドは、招待客の男に抱えられながら、心の声で喋った。
「これで私は自然に一人になれた。今なら誰にも邪魔されずに王のもとへ
行ける。父上、母上、ソニア。見てくれ。私は必ず王を殺してみせる。」
クライドはジン達を欺き、裏で暗躍し始めた。
海上都市国家『ロズノア』 第二甲板 艦内通路
天井には無数のパイプや電線が走り、床は滑り止めの塗装が施されていた。
ロニのブーツの硬いかかとが、滑り止め加工がされた鉄板床を激しく叩く。
ゼンは、燃料と機械油の匂いを我慢しながら、先頭のロニの後を追った。
狭い通路で、二人は肩をぶつけ合うようにして進んだ。ゼンが話しかけた。
「ロニさん。この匂いをよく我慢できますね。」
「こんなもん屁に比べたら臭くねえ。弱点とは、意識に宿るもんだ。
お前が嫌だと意識しちまえば、てめえの現実もそうなっちまうんだ。
男なら気にしないで前進しろ。てめえの視野を変えていけば分かる。」
「は、はぁ。そうすっかね?」
「文句を言えば、現実ってのはお前の望み通りになるのか?」
「いや、それはないです・・・。」
「なら匂い如きで嫌がるな。それよりお前は敵と対峙した恐怖を
どう克服するか考えておけ。心理的リソースはそこに投入しろ。」
ゼンは上から目線で接するロニが苦手だった。ゼンがロニに何を言っても、
説教で話を終了させてくる。それ以上の会話に発展しない。ゼンがロニに
雑談をしてもロニの態度は冷たかった。二人の関係は、冷え切っていた。
「どうやら監視カメラも作動していないようだ。やるなぁ、クライド。」
ロニが廊下の角にあるカメラを見つけた。赤いランプが点滅し、地面に
向かって首を垂れていた。だが、ゼンはロニの発言を疑い、反論した。
「いや罠じゃないですか!? 俺ァ、油断させるための演出だと思います。」
「んな訳ねえ。見ろ、あのカメラの動きを。」
ゼンの視線の先で、うなだれていたカメラが、唐突にガクン、ガクンと
不規則に震えた。何かに操られているような、あるいは内部システムが
激しく衝突しているみたいだ。監視カメラは、落ち着かない様子だった。
「・・・確かに、あれは異常ですね。」
「こんなもん見ればすぐ分かるだろ。分からないようじゃダメだな。」
ロニの冷たい一言が、ゼンの中で激しい嫌悪を抱かせた。馬鹿にされたとゼンは
受け取り、ロニに対して心を閉ざした。一方、ロニはまったく気にしなかった。
ロニが鋼鉄のハッチを開けると、静まり返った広間が視界の中に
飛び込んでくる。長いテーブルに白いクロスが掛けられ、ナイフや
フォークが整然と並んでいる。どうやら食事をする部屋のようだ。
「透明人間が生活してるみてえだな。ゼン。」
ロニは冗談を言ったが、ゼンは答えなかった。
ロニはゼンが不機嫌なのが、先ほどの失言かと思ったが、彼は謝らなかった。
彼もプライドが高く、監視カメラの件でゼンの無知に呆れていたからである。
実は、ゼンが部屋に入った瞬間、鼻腔を突いた『匂い』に、ゼンは思考を
止めていた。それは場にそぐわないほど濃厚な百合の花の香りだった。
海上都市国家『ロズノア』 第四甲板 格納庫
その頃、光学迷彩で潜入しているジュリアは、格納庫の扉を開けた。
その場所は巨大な配管と鈍く光る鋼鉄の支柱が支配する空間だった。
本来、空母の第四甲板は船員の居住区である。空母の国・ロズノアはAIを
搭載したロボットの国であり、第四甲板は居住区から格納庫に変更された。
上陸時は格納庫に海水が入り、内部にある舟艇によって戦車が運ばれる。
ジュリアは広大な格納庫を歩き始めた。彼女の『標的』は堂々と鎮座していた。
赤黒い装甲は、乾いた血を塗り重ねたような、不気味な光沢を放っている。
流線型の重装甲ボディに、昆虫を彷彿とさせる四本の脚部。その不釣合いな
デザインは、兵器としての効率性、節足動物を模している俊敏性を現した。
ジュリアは、周囲を見回す。整備用ロボットが倒れている。どうやらクライドの
ハッキングは成功したようだ。ジュリアは光学迷彩を解除し、大声で言った。
「あーッ!! なんでジンと離れ離れなの!! せっかく告ろうと、
色々と考えていたのに!! 社長の奴、なんでジンの妻役なのよ!?
絶対ジンのことを狙っていただろ!! アイツ本気ふざけんなよ!!」
ジュリアは、苛立って頭をかきむしった。もう一度ジンに出会ったら、
思いを伝えようとしていた。だがクライドから戦車の破壊を命じられた。
しかもジンを夫役に任命し、二人だけ華やかな場所で作戦を展開することを
知ったジュリアは、目尻を吊り上げ、怒髪天を衝き、クライドに嫉妬していた。
その刹那、敵が動かなくなったと安心していた彼女の後ろで何かが動いた。
金属の摩擦音が静寂を切り裂いた。ジュリアは振り返った。
ドレッドスレイヤーの頭にある光学レンズが、青く点滅し始めた。
沈黙していた巨大戦車が、一段と低い地響きのような唸りを上げた。
四つの脚が獲物を引き裂くための確かな一歩を踏み出す。轟音と共に、
鋼鉄の床を力強く踏みしめた。突然の出来事に対し、ジュリアは叫んだ。
「ハァァァァ!? なんで動いてるのよォ!!」
すると、電子操作魔法で沈黙していた筈の四足歩行戦車から、謎の女性の
声が聞こえてきた。声質は艶っぽく、穏やかな印象を与えるものだった。
「あらあら・・・やっぱり・・・来たんですね。ようこそ、最終防衛要塞へ。」
ジュリアは、たった一人で巨大戦車『ドレッドスレイヤー』と戦うことになる。
彼女は、魔法生成AI『アグニ』にプロンプトを送ると、戦闘準備に取り掛かる。
次話は4月16日の木曜日の21時に投稿します。ご愛読、ありがとうございました。




