第58話 超越者は魔王に語りかける
ベージュのスーツに身を包んだ投資家の男性は酒を飲んでいた。銀色の
角刈り頭は一分の隙もなく整えられ、真っ青なネクタイが服と調和する。
名はアンソニー・ロズノフ。死なないことから『不滅』の異名を持つ。
彼は、テーブルの上で指を交差させ、目の前に座る人物に話しかけた。
「陛下。『働き蜂計画』は非効率的です。我々が求めているのは、
資本主義の終着点に取り残された『全種族』の救済なのですよ。」
対するは、世界最強の軍事力を誇るミドロワの老王マキシマス8世。
あらゆる魔法を使いこなし、『魔王』と他国の権力者から呼ばれた。
豪奢な毛皮のついた深紅のマントが、提督用の革張り椅子を覆い尽くしている。
白髪と、胸元まで伸びた豊かな髭。その重圧に耐えかねるように鈍く光る冠の
下で水色の瞳が凍てつくような光を放つ。王は穏やかな口調で、彼に言った。
「実に、実に、興味深きかな。・・・卿はなぜ『非効率』だと申した?」
ロズノフは感情を排した青い瞳で、テーブルに置かれたクリスタルグラスの酒を
眺めた。船の微かな振動で、液面が規則正しく波紋を描いた。彼は王に申した。
「今いる生物を機械化させるよりも、ロボットを大量生産させ、彼らに
参政権や主導権を譲渡するべきです。この星は機械によって管理し、
様々な問題を超人工知能に考えさせます。古き体制は終わりました。」
「ロズノフ。それは否だ。否。余はこう考えた。全種族を機械化し、
反逆者を無くす方が、安寧の世界を生む結果になると見なした。」
王が杖を床に突く。コツンと硬質な音が鳴り、部屋の静寂を切り裂く。
窓のないこの密室で、地球の運命を左右する「最悪の密談」が、静かに
熱を帯び始めていた。ロズノフは、続けて王に対して持論を展開した。
「生物の意識を吸収できる神を完成させました。量子状態の神です。
神の一部になった我々は不老不死となり、宇宙空間にある地球に
集団移住します。我々が、新たな地球人になる日が来るのですよ。」
「神か・・・実に、実に滑稽な『道化』だな。」
道化という発言に、ロズノフは眉をひそめる。王は続けて言った。
「余は転生者から初めて神という存在を知った。話を聞くと、
理不尽なことが起きても神に頼めば救われると言い、神の
試練だと前向きに考えると。実に、実に非合理的な思考だ。」
「陛下。神は理屈を超えた存在で、不可視だからこそ、力を持つのです。
不安を感じる生物の合理的な答えが神ですよ。私も漸く気づきました。」
「だから、余は、神の『代行者』を名乗ることにしたのだ。」
「・・・どういうことですかな?」
「余を、神として崇拝させる。『預言者』という組織を我が国に作り、
臣民に信じ込ませたのだ。『覇王である余は、現人神である』とな。
余が話すことは全て『神託』と教えた。・・・時の魔女にもな。」
「陛下。それは個人崇拝で神への侮辱ですな。」
「ロズノフ。余は、悟ったのだ。地球人は・・・神を『発明』した。
どうすれば多種族をまとめるか。ミドロワ人は武力でやっていた。
それは非効率なのだ。神と言う迷信を全種族に広め、思想の統一を
地球人は思いついたのだ。実に、実に、賢い『発想』と思わんか?」
王は、幼いナジュリを含む若者を『洗脳』するために教育を施した。
預言者は世界各地に出没し、ミドロワ王は神の依り代と吹き込んだ。
ヴァドール人の若者に王が国を支配する現状を『神の統治』と預言者は教えた。
王が現人神だからこそ、王国が存在するのだと洗脳された一部の者は納得した。
自分達は神によって動かされ、更に不幸なのは『信心』が足りないと教育した。
ロズノフは、王と話しても『神』に吸収される『至福』を理解できないのかと
感じた。ロズノフは、椅子から立ち上がると、ポケットに手を突っ込んだまま、
見上げる王を見た。まるで、出来の悪い子供を見限るようにロズノフは話した。
「やはり『猿の王』にこれ以上時間を使うのは、間違いだったな。」
「・・・ロズノフ。卿は我が王家と連なる一族の筈であろう。
いつから卿は、そのような物言いを申す立場になったのだ。」
「この世界に来てからです。私は、猿どもに神の一部になる契約を
持ってきました。猿どもは、本物の神の祝福を受ける運命なのだ。」
王も椅子から立ち上がると、杖を床に落とし、ロズノフに言った。
「転生者だったか。交渉は、決裂だな。あの男と同じ末路を辿るとはな。」
「猿。それは、スターク・ジョナスのことか?」
猿と呼ばれた王は、プライドシティの富裕層の間で広まる『都市伝説』を
語り出した。今から50年前、王宮で世界初のコンピュータを開発させた
転生者スターク・ジョナスが暗殺されたという噂がシティで広まっていた。
「然り。ジョナスを殺したのは・・・余だ。」
「なぜそんな選択をしたのかね? 王が転生者の戯言と言えば済む話なのだよ。
城で殺したら家臣に弱味を握られる。やはり、所詮猿かね。浅はかな行動だ。」
「戯け。奴は、合衆国という危険な国からの転生者だった。奴は油断できぬ、
良からぬことを企むかもしれん。ならば・・・こうやって消すまでだァ!!
電離気爆!!」
放電音と共に紫色の電弧が発生し、ロズノフの目の前に青白いプラズマが
出現した──ロズノフの体は弾けた光球と共に蒸発した。プラズマが膨張し、
真空爆発で殺す。それはロズノフの部下であるゲズマが得意とする術だった。
激しい爆発音が後から起き、テーブルや食器の破片が王に飛び散る。だが全て
反射され、ベクトルを変換させられた物質は、ロズノフが居た方向に向かった。
クーロンが言っていたことは真実だった。王の半径1mに『見えない障壁』が
常時展開されており、それは『あらゆる物質やエネルギーを反射する』効果が
付与されていた。王は熱でガラス化した地面に残るロズノフの足に言った。
「ジョナスは賢い男だ。だが、無礼な男だった。余に核を捨てろと申した。
こんなにも面白い力を捨てる? 何様だ!! 余は、万物の王である!!」
50年前、元地球人の転生者ジョナスは、膝をついて王に懇願した。彼は言った。
「陛下・・・核は、エネルギーに使うべきです。核の力を兵器に転用すれば、
貴方は暴力の螺旋に振り回されます!! 私が生まれた合衆国は核爆弾を
二度も使いました。それが時が経ち、過ちだと思う者達が増え始めました。
どうか私の国が犯した間違いを繰り返さないで下さい。未来をお考え下さい。」
「黙れ。貴様、下民の分際で余に命令するのか。余は、この力を思う存分使う。
合衆国というのか。ならば、地球に辿り着いた暁には、まず合衆国に核を
放つとしよう。魔族と同じ計算ができる道具を作れる国。滅ぼさなければな。」
「!! お辞めください。貴方は・・・合衆国を消すと言うのか!?」
「然り。そのような国は放置すればミドロワとも肩を並べる『脅威』になる
可能性がある。余の敵が核の炎で滅びる。これほど愉悦を感じることはない。
ジョナス。おかげで合衆国という『実験場』が見つかった。では、死ね。」
スキンヘッドと丸い眼鏡が特徴のジョナスは、青白い光球を見つめた。
その表情は悲しみに満ちていた。そして、彼は王の前で『消滅』した。
彼は青い光の球に飲み込まれた。地球で死んだ彼は、再び殺された。
王は過去を思い出し、笑った。ロズノフも同じ最期だな、王はそう思った。
その刹那──王の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。王は振り返る。
「万物はお前如き猿では制御できないのだよ。」
ロズノフは無傷で立っていた。ポケットに手を突っ込んだ状態で。
王は即座に両手をかざし、頭の中で量子演算を行い、魔法名を唱えた。
「氷河起源!!」
その手から放たれたのは、美しくも残酷な結晶だった。降り注ぐ滝のように
王の手から放出し、大気中の水分が瞬時に凍結した。ダイヤモンドダストが
ロズノフを包み込む。絶対零度による熱という名の魂を奪い去られた体は
ただの静かな彫像へと成り果てた。だが、別の場所からロズノフが言った。
「支配など、無価値だよ。神の前では、無価値。だが愚か者は敵を求め、
怯える日々を過ごす。私は、そんな哀れな猿に救済を与えるのだよ。猿、
神の中にお前が居るのだ。神の外に居るのではないのだよ。驕るなよ?」
だが王はロズノフの言葉を無視し、手から青い炎と紫色の放電現象を
発生させて、魔法名を唱えながら、ロズノフに向かって投げつけた。
「終焉熱波!! 邪黒雷鳴波!!」
回りながら進む青白い炎柱と、唸るように走る紫の雷撃がロズノフを貫いた。
ロズノフは跡形もなく消滅した。王は、室内を見回す。数秒後、ロズノフが王の
前に現れた。無傷のまま、ロズノフは背広から銀色の拳銃を取り出し、言った。
「会話すら出来ないのかね。猿、これが合衆国の国民が夢中になる『商品』だ。」
ロズノフは拳銃を右手で持ち、狙いを定めた。それを見た王は笑って言った。
「フハハハハハハ!! そんなもの、余の前では無駄!! 撃ってみるが良い!!
地球人よ!! この世の理を支配できるのは覇王である余だけだ!!」
「それは、どうかね?」
ロズノフの指が、冷徹に引き金を引き絞った。放たれた銃声が響き渡る。
反射魔法を常時展開している王が鼻で笑った。核の放射能すら通さぬ王の
結界は、物理や魔法の全エネルギーを定義し、弾き返す。飛来する弾など、
蟻を踏み潰すほどの手間すらない筈であった。そう王は勝利を確信していた。
王の心臓を弾丸が貫いた。魔法生成AIは計算を辞めることなく、反射
魔法を展開していた。ところが衝撃も、着弾もない。反射魔法の膜は
何の歪みも見せない。絶対の自信に満ちていた王から血が噴き出した。
「な・・・ぜ・・・だ。反射を・・・通り・・・抜け・・・た?』
王が初めて驚愕に歪んだ。自慢の反射魔法は、今なお完璧に発動し続けている。
だが、防ぐべき『物質』そのものが存在しないような現象が発生した。彼を守り
続けた『尊厳』が、音もなく崩壊した。万物の王はたった一発の弾丸に倒れた。
ロズノフは、倒れている王に足を乗せた。彼の魔法について種明かしをした。
「資産の入れ替えと同じだよ。私は、多元宇宙の私に乗り換えたのだッ!!!」
ロズノフの魔法『世界自我』 。多元宇宙の『自身』及び『触れた物質』を
入れ替えられる。それは『死』という確定した結果を、量子力学で言われる
多世界解釈を適用し、別の宇宙に上書きする。様々な並行世界のロズノフが
この世界のロズノフに召喚される。別宇宙から召喚された『ロズノフ』は、
死亡したロズノフの『記憶』を引き継ぎ、この世界で無傷のまま登場する。
「私はいつでも、別宇宙の私に替えられるのだ。それは『商品』も同じなのだ。」
発動条件は彼が死ななくても、彼が好きな時に入れ替えられる。そして、
世界が分岐する多世界解釈は、ロズノフ以外に影響を与えることになる。
「私の近くにある『商品』は、私の魔法の影響を受ける。商品の弾薬なら、
条件は『合致』する。100%命中する世界線の弾丸に入れ替えるのだ。
その弾丸は、『この世界の物質や魔法』では、止められないッ!!」
例えば銃で相手を撃った時、何%で当たるか、『確率』が発生する。
ロズノフは『敵に当たった弾丸』に上書きし、発射する。発射された弾は
この世界では『必中』の効果を得る。更にその弾丸は他の世界の物質で、
この世界の物理の影響を受けない。王のAIは、飛んでくる魔法の弾丸を
観測出来なかった。『不可視で必中の弾丸』が王の反射を無効化した。
ロズノフは資産入替のように自分や商品を入れ替えていた。
ロズノフは、瀕死の王に3発の銃弾を放った。全ての弾丸は王の体を貫いた。
反射魔法は反応できず、王は絶命した。するとロズノフは、王の顔に触れた。
「心肺停止状態になると、脳から連絡すると既に調べたッ!!
ならば脳内の商品を『替える』だけェ!!」
ロズノフは、魔法『世界自我』を発動し、王の脳内の脳インプラントを
別宇宙の物に入れ替えた。彼によって王の死は隠蔽され、死体の発見は
遅れた。ジン達は王が生きていると思い込み、作戦を遂行することになる。
次話は、来週の水曜日の21時に投稿する予定です。




