第57話 堕ちた賢者と時の魔女、覇者の密議の行方
特務省の会議室は、永遠の闇に思える静寂に包まれていた。グッドマンは、
椅子を見つけると、そこに腰掛けた。彼の即死魔法と雷速移動は、彼の脳に
負担をかけた。現役とはいえ、彼の体も限界を迎え、そして度重なる魔法の
行使による脳への毒素が蓄積され、残りの命が『1年』という結果になった。
彼は、自分の人生が何なのかを考えた。そしてある男と『契約』を結んだ。
グッドマンは、もう誰もいない部屋で独り言を言った。それが彼の『油断』と
なったことを彼自身は知る由もなかった。諜報機関MRBのスパイである、
ナジュリによって会議室の椅子に『盗聴器』が仕掛けられていたのである。
「ワシは、疲れたんじゃよ。何もかもな。弱者を守るために生きていたんじゃ。
じゃが、今のお前さん達と同じで『関心』や『感謝』すらされないんじゃ。」
「見ず知らずの市民に、酒の席で『税金泥棒』と罵られた。科学者や芸能人は
守るべき市民から憧れの対象だと言われ、法律違反や脱税で動くワシらは
権力者の犬と思われた。・・・そんな時じゃ。ワシはロズノフに会った。」
「彼奴は、見えないものに価値があると。ワシが研鑽し、魔法への好奇心にこそ、
価値があると言ってくれた。ワシはな、ワシを分かる奴に救われたんじゃ!!」
「誰も、本当のワシを見なかった。ワシが偉大な先人達の魔法を学び、魔法の
数式を応用し、魔素細菌に逆位相の法則があることを知ったのに!! 誰も
関心を持たん!! ナジュリにも話したのに、興味すら持たれんのじゃ!!」
彼は十代から魔法について研究し、魔素細菌に魔法で調整した波を照射すると
魔素細菌が黒く光り、波で打ち消し合うことが分かった。逆位相――二つの
波が山と谷で重なり、お互いを無に帰す現象。漆黒の魔素細菌が放つ波動が、
その理に従って消える。グッドマンはこれを利用し、即死魔法を発見する。
脳内の電気信号が発する微弱な電磁波に対し、黒く発光する魔素細菌の波を
ぶつけて、脳の電磁波、電気信号を打ち消す。すると、脳内でどうなるのか。
脳内の神経細胞同士のネットワークが途絶え、思考、記憶、感覚がすべて一瞬で
『無』になる。それはまるで、電池を抜かれた『壁掛け時計』のように止まる。
彼は、これで味方に死傷者を出すことがなく、敵を倒せると喜んだ。だが、
経政連とナジュリは否定した。まず経済活動を倫理観より重視する経政連は、
犯罪者すらも労働力として数えていた。彼らは現場で犯人の射殺は認めるが、
更生させて働かせたかった。またナジュリは、グッドマンの敵を即死させる
魔法は『非人道的』と批判した。グッドマンの効率性重視の考え方や研究を
ナジュリは断固拒否した。彼女は『多様性』の観点から即死魔法を反対した。
グッドマンは、ナジュリに拒絶されたことで、自分の人生を否定されたと
受け取った。彼の即死魔法は封印されて、彼は魔法より推理に知の欲求を
求め、自制心で不満を抑えた。だが、彼が年を取る度に制御が難しくなった。
「喋っていたら落ち着いてきた。さて、そろそろ残りの連中を殺るかのう。」
グッドマンは立ち上がり、省内で使えなかった即死魔法を思う存分使った。
省内では叫び声もなく、『安楽死』したように沈黙したまま、特務省で
命の灯が消え去った。その後、グッドマンは姿を消し、指名手配犯となる。
オハギから事件内容を聞いたジンは、オハギに言った。
「寿命があと1年なのと、自分の仲間に絶望し、居場所がなかったのか。」
その問いかけにオハギは目を閉じた。そして、ジンに言った。
「エドは、省内でも最高齢なんや。せやさかい皆、仕事以外では話さへん。
奥さんもおらんし、プライベートで交流を持つことを誰も思わんのや。」
「それじゃ孤立しちまうだろ。そこをロズノフに突かれたって訳か。
・・・無敵の人ってか。失うものが何もないと思っているかもな。」
「ジン、ええか? いま特務省は壊滅状態や。つまり無法地帯になっとる。
ほんで長官、いや、ナジュリさんは・・・鬱になって引きこもっとるんや。」
「!! あいつ、これを知っているのか!?」
「ワイが行ったら、膝を抱えて丸まっとったで。無言で、会議室に
残された録音データを渡したんや。ワイ、君に頼みがあるんや。
どうか長官に会うてくれへん? 長官も元気になると思てんねん。
君だけが頼りやで。今から場所を教えるから、行ったってくれ!!」
ナジュリに謝りたかったジンは、願ってもない申し出と思う反面、彼女の
精神状態が危険だと感じた。ジンは、オハギの誘導でモーテルに向かう。
プライドシティ 繁華街 オリエント地区 郊外 モーテル前
もう夜になっていた。ジンの頭上には、人工の星のような光を見せる
高層ビル群が、まるで下を歩くジンに向かって語りかけるようだった。
近代的なビルの足元で、アスファルトは唐突に終わりを告げると、
街灯ひとつもなく、住民に忘れ去られた荒野がジンに訴えていた。
その境界線に、一軒のモーテルがうずくまっていた。
二階建ての低く長い木造の建物は、ビルの放つ光に照らし出され、宿の壁は
ペンキの傷跡をさらけ出している。モーテル『ネクストライ』と掲げられた
ネオンサインは、アルファベットの半分が死に絶え、生き残った文字だけが、
ジジッと音を立てて、毒々しいピンクの輝きを見せ、存在を主張していた。
荒野から吹きつける乾いた風が、宿屋の周囲に溜まった空き缶を響かせていた。
どの部屋の窓も、内側から厚手のカーテンや、ベニヤ板で厳重に塞がれ、
漏れ出す光は、わずかな隙間からこぼれる弱い火のように見えてきた。
モーテルは、夜を謳歌する資本主義の勝者から見放され、哀しみの
空間を醸し出した。ここに時の魔女と呼ばれ、華々しいオーラを放つ
ナジュリが居るとは思えないほど、モーテルは寂れた場所であった。
ジンは、オハギに言われた部屋に辿り着いた。ドアには『101』と書かれ、
金属製の装置が取り付けられていた。ジンは、眼球カメラで暗証番号を送信し、
部屋のロックを外した。部屋の隅でナジュリが顔をうずめて落ち込んでいる。
ジンは、彼女の隣に座った。語りかけるようにナジュリに言った。
「・・・昨日、お前を叩いて本当に悪かった。」
ナジュリは顔を上げず、屍のように微動だにしなかった。
「お前の部下から、事情を聞いた。・・・仲間のことを止められなかったのは、
本当に辛いよな。・・・オレも仲間が暴走し、止められなかったらそうなる。」
「・・・・・・」
「でも、オレはすぐに前を向かないといけないと思う。立ち止まっていては、
何も解決しない。時間の流れは残酷だ。世界はどんどん進んでいく。オレは、
明日、クーロンと一緒にロズノフと王に会いに行く。勝ち目がなくてもな。」
「・・・・・・」
「オレは意志で変えるしかないと思う。他の奴もそうだ。運命を切り開くには、
個人の判断で解決するしかない。何もしないで待っていても、何も変わらない。
オレは、神を見たことがない。神は、いるかもしれない。でも頼るのは迷惑に
なると考えたよ。神だって忙しいんだ。世界を救うのは、神頼みじゃダメだと
思うんだ。未来は神の導きじゃなくて、自分の行動で決まるんじゃないか?」
「・・・・・・」
「じゃあな。ナジュリ、ロズノアでお前を待っているからな。」
ジンは立ち上がり、ナジュリに別れを告げると部屋を出て行った。
次の日、ジンは飛行機に乗っていた。ワイルドパンク、ケルベロス社、獣人の
ロニが集結した。AerospaceXのジェット機の中で最後の作戦会議が行われた。
クライドがジン達の前に立体映像を出し、彼が作戦内容を説明した。
「今回の作戦名は『鎮魂時計』と名付ける。まず私達は、クーロンの手筈で
身分を偽り、VIPとしてロズノアに入国する。既に私の電子操作魔法で君達の
個人情報は改ざんされている。最初は潜入し、ロズノアを徹底的に調べるんだ。
その後、クーロンの合図で王とロズノフを分離させる。王は私が相手しよう。
ロズノフは、ワイルドパンクとロニの担当だ。ジュリアとケルベロス社員は
脱出経路を押さえるんだ。そして、ロズノフの手下が現れたら速やかに倒せ。」
すると豹顔の獣人であるロニが腕を組みながら言った。
「ロズノアは無人兵器の吹き溜まりと聞いたぜ。物量で攻める奴にどう勝つ?」
「むしろ機械なら私の電子操作で何とでもなる。問題は、ロズノフの手下だ。」
クライドは再び手を掲げた。空間に無数の光の粒子が集合した。一箇所に
吸い寄せられるように青白い光を発しながら、1体の男性像へと結実した。
クライドは電子操作魔法を発動させ、脳に思い浮かべた人物を具現化した。
それは髭を生やした高齢の男性だった。老人はタクティカルベストや
軍靴を身に着けている。数多くの死線をくぐり抜けた猛者のようだ。
「誰だ? そいつは?」
ロニは青く輝くホログラムを見た。その老人は今まで会ったことがなかった。
クライドは、老人を見ているジン達に言った。
「この男の名は、エドワード・ラ・グッドマン。昨日、特務省を一人で
壊滅させた指名手配犯だ。唯一の生存者であるスラグホーン氏によると、
即死魔法と雷の魔法を使ったようだ。他にも様々な魔法を使える。奴が、
ロズノフの仲間の中で最も手強い。そいつとは戦闘を避けることを志せ。」
ジン達は、それはフラグだろと一瞬思ったが、クライドはそのまま会議を
続行した。やがて飛行機は巨大空母ロズノアの甲板に着陸した。そこには、
様々なグラビランナーやジェット機が着艦しており、その中で黒い飛行機が
目立っていた。金の装飾を施され、ミドロワの文字が機体に刻まれていた。
ジンは金髪をオールバックにセットし、紺色のタキシードと赤いネクタイを
着用し、クライドと一緒に飛行機から降りた。二人は夫婦として振る舞った。
海上都市国家『ロズノア』 第三甲板 提督室
重厚な防音扉が音もなく閉まる。そこは、巨大空母の心臓部に作られた、海上の
宮殿――「提督室」である。壁一面を覆う磨き抜かれた赤褐色の木材が目立つ。
足元の分厚い絨毯は靴の音も飲んだ。部屋の中央、約十人は座れるであろう
長大な黒檀のテーブルを挟んで、二人の『侵略者』が対峙していた。これから、
覇権国ミドロワと新興国ロズノアの盟主による『決戦』が始まろうとしていた。
次話は、明日の日曜日の午前10時30分に投稿します。
追記:カクヨムに投稿した際に、誤字脱字に気づき、修正しました。
自分の都合で修正ばかりで、本当に面目ありません・・・。




