第56話 意図しさと刹那さと
翌日、ジンは地下鉄に乗っていた。座席は鉄のロングシートで、広告がない。
座席を見回すと、ドワーフやゴブリンのスーツ姿が目に入る。その隣はエルフや
コボルトの女性が座っている。つり革を握っている学生は立体映像を視聴する。
様々な種族が共存し、仕事や学問に精を出す。いつも通りのシティの光景だ。
ジンは、ベンジャミンと口論したことも忘れ、記憶が曖昧になっていた。
それでも覚えていることがある。昨日、ジンはAerospaceXでナジュリを
叩いてしまったことだ。彼女は、心強い味方になると思ったが、クーロンに
ナジュリが発砲しそうだと思ったので、暴力で止めてしまった。女性に対し、
ひど過ぎるとジンは反省した。ジンは心の中でナジュリについて考えていた。
ナジュリに、どう謝ったらいいんだ。あいつに色々と世話になった反面、捜査の
手伝いをさせられて、こき使われている感覚が強かった。だからケルベロスには
後ろ盾になってもらって、中立を守ろうとしたけどクーロンに完全にやられた。
ナジュリを怒らせ、うちの社員に迷惑をかけてしまった。どうすりゃ良い!!
ジンが項垂れていると、以前助けた少女であるキャシー・アリンガムから連絡が
入っていた。彼は視界に立体映像を出現させ、表示されている内容を確認した。
『いま病院に着きました。アリーの退院手続きが終わりましたら連絡しますね。』
ロズノフによるブレインデータ強奪事件。その被害者のアリー・クロイツは、
今は亡きナージャが『量子の檻』からブレインデータを転送したことで、
意識を取り戻し、現在は順調に回復している。VRゲームをプレイ中に倒れ、
それ以降のことは覚えていなかった。ジンは、アリーとは初対面だった。
電車が止まった。目的地のサピエンティア駅に到着すると、ジンはキャシーと
アリーが待っている公園『エバーフォレスト・パーク』に向かうことになった。
駅の階段を登っていると、ポスターに見覚えのある顔が見えた。銀の角刈り頭、
碧眼が特徴のアンソニー・ロズノフであった。彼が経営する投資ファンドの宣伝
ポスターが貼られていた。ジンは不愉快になりながら二人が待つ公園に行った。
プライドシティ 学生街 サピエンティア地区 エバーフォレスト・パーク
エバー・フォレストパークは、剣と魔法の世界だった名残りを見せていた。
足下に広がるのは、中世の職人が一枚ずつ焼き上げたという、赤レンガの
舗道だった。広場の中央に、公園の象徴である巨大な噴水が鎮座していた。
噴水を囲むように配置されるのは、どっしりとした重厚な造りである
ベンチだ。周囲を囲む巨木は産業革命以前からこの地を見守ってきた。
ジンは公園を歩いていると、普段見慣れている高層ビルとアスファルトの
光景と全く違うことに衝撃を受けた。ここは、異世界らしさを感じる場所で、
ここを一歩でも出たら、科学技術と資本主義の集積地なのだと彼は思った。
すると、向こうから二人の女性が見えてきた。一人はピンク髪の制服姿の少女。
もう一人は、車椅子の少女だった。ピンク髪の少女は手を振りながら言った。
「ジン社長!! お久しぶりです!! あたし、キャシーです!!」
「おう、久しぶり。そっちの子が、アリーか?」
ジンは車椅子に座る金髪のボブカットの少女を見た。
アリーと思われる少女はか細い声でジンに話しかけた。
「あ。・・・ありがとうございました・・・。」
「元気になって良かったぜ。」
「キャシーから聞きました。あなたのおかげで、こうして話せるって・・・。」
「オレは何もしていない。君の世話をした病院のおかげだよ。家の人は?」
「あ・・・うちの親・・・多分家でゲームをしていると思います。」
その言葉を聞いた瞬間、ジンはアリーの家族が特殊なのだと気づいた。
ジンはとっさに別の話題を変えようとアリーとキャシーに向かって言った。
「飯おごるよ。今から退院祝いをやろうぜ!!」
「え・・・いいんですか・・・?」
「本当ですか!? うちら三人で!?」
「ああ、約束だ。オレは飯食えないけど、二人は何か食べたいものは─」
その瞬間、ジンの視界に糸のように細い青白い閃光が走った。量子通信に連絡が
入った合図だった。誰かがジンと話したがっている。ナジュリかもしれない。
「悪い、仕事の連絡かもしれない。あとでメールする。ごめんな二人とも。」
「あ、はい!! 楽しみに待ってます!!」
「・・・ありがとうございます。あ、高い物じゃなくても大丈夫です・・・。」
ジンは、二人の女子高生と別れを告げ、離れた場所で指をこめかみに当てた。
「誰だ? オレになんか用か?」
突然、聞いたことがない独特な口調で男の声が聞こえてきた。
「あんたがジン・ゼッカード社長やな? ウチはオハギ・スラグホーン。
特務省の者や。今話をしても大丈夫なん?」
次の瞬間、三毛猫の顔をしたヒトの姿がジンの視界の右上に表示された。
ジンは平静を保ち、真面目そうな顔をしている三毛猫の男に話しかけた。
「特務官か・・・どうしたんだ?」
「落ち着いて聞いてや。さっき特務官に・・・裏切り者が出よった。」
「!! 何だと、どういうことだァ!!」
オハギ・スラグホーンと名乗る猫の男はジンに先ほど何が起きたのか、
詳細を話し始めた。特務省で起きた事件は、1時間前にさかのぼる。
プライドシティ ワールドキャピタル地区 特務省 会議室
巨大な立体映像の中、パラメディオが所有する島が火柱を上げている。
繰り返される衝撃映像が、出席した特務官の険しい表情を断続的に
照らし出していた。一人の特務官が机の上に足を置きながら話した。
「まったく★ 派手に暴れたね。屑鉄のジンとケルベロスは。」
黒髪と白いタキシード。左は青い瞳、右は赤い瞳が特徴のベンジャミンだった。
ベンジャミンの隣に座っている、アフロヘアと褐色肌の特徴のジョーが言った。
「原因は島の研究所からの出火か。おい、ベン。パラメディオは何か言ったか?」
「連中はだんまりさ。何しろ、僕らに黙って建造した施設だからね。やましい
目的があって実験していたんだろ。愚民どもはそうやって悪事を働くのさ。」
ベンジャミンが笑いながら言うと、対面に座るツインテールの少女は欠伸した。
栗色のツインテールと青緑色の軍服を着用し、ベンジャミンと同じオッドアイの
女性。右目は赤、左目は黄緑。セイコ・マクネアリーは眠そうに目をこすった。
その隣に座る、ベレー帽と眼鏡が特徴のフェイフェンがベンジャミンに叫ぶ。
「貴様ッ!! さっきから、足を我々に向けるんじゃあ、ない!!」
「フェイさん、まーた癇癪起こしましたか★」
フェイフェンは席から離れて、ニヤニヤ笑っているベンに近寄った。
彼女は憎悪に満ちた目で、頭の後ろで手を組むベンジャミンを睨む。
それを見た、白髪の老人が鶴の一声のように、こう言い放った。
「お前さん達は、残りの人生をどう生きる?」
突然の言葉に、周りの職員は何事かと、老人を見つめた。
フェイフェンと同じ色の軍服を着用しており、白髪と白い髭が特徴の男性は
テーブルの上に手を組んだ。エドワード・ラ・グッドマン。数々の難事件を
担当し、椅子に座ったまま事件を解決していたことから『安楽椅子探偵』の
異名を持つ。グッドマンは、淡々とした口調で他の職員に向かって話した。
「ワシはもう、今年で80歳になる。ワシはもう年金をもらえる年齢になった。
じゃが、この前の健康診断で分かっての。あと1年で、ワシはこの世を去る。」
唐突にグッドマンは、死が近いことを皆に伝え始めた。彼は話し続けた。
「よいか? あの島で起きたように、突然『死』というものは訪れるんじゃ。
何の前触れもなくな。それまでに自分の人生に悔いがないように生きる。
じゃが、そんなことを言ったところで、現実は思い通りに動かんものじゃ。
それが普通なんじゃ。現在を一生懸命生きる。それしかないんじゃよ。」
グッドマンの話を聞いたジョーはその通りだと思って言った。
「エドの言う通りだぜ。おい、ベン!! そしてフェイ!! この仕事をやる
以上はお互い命を張るんだ。いがみ合うのは、辞めようじゃねえか。俺はもう、
仲間の争いを見たくない。それよりも、事件を解決する仲間と笑う日々を
見たい!! 訓練学校で一緒だっただろ!! 思い出せ、俺達の絆を!!」
目頭が熱くなったジョーとは対照的に、フェイフェンは嘲笑した。
「仲間!? 御冗談を。私は学生時代から、常に自分しか見ていませんよ。
周りの者は私からすれば、地位を奪いに来る『ライバル』でしかない。
ナジュリ様以外、私からすれば競争相手です。あなたもそうでしょ?」
「!! 本気で言っているのかよ、フェイ!! 卒業式でお前は絆の力を
俺達にも熱弁したじゃねえか!! この困難を乗り越えた者達で正義を
守ろうと誓っただろうが!! あのスピーチは一体、何──」
「ただの台本ですが、何か?」
「なん・・・だとぉッ!!」
「ヤングブラッド2佐。あなた、何か勘違いしていませんか? 社会に出れば、
友情なんて消えますよ。出世競争で残るには、いかに周りのライバル達に
『安心』を与えるかです。あの臭いスピーチも私があなた方を安心させる、
ただの『道化』なんですよ。自分よりも他者を思いやる、そう油断を
してくれた方が、私には好都合なだけでした。警戒されて、私の道を
妨害されては厄介ですので。私は早く出世し、指導者になるのです。」
フェイフェンは笑いながら、ジョーに言った。笑う彼女に対し、
ジョーはショックで黙り込む。今度はオハギがフェイフェンに言った。
「君が謝恩会や新人の歓迎会で、めっちゃ丁寧に接していたのは、それかいな。」
「新人に安心を与えるのが『私の戦略』ですよ。そういう立ち回りが、
私をナジュリ様の後継者にさせる『票集め』になるんですよ、3佐!!」
「下衆やなぁ。ほんま、ガッカリしたわ。」
「別に構いません。もう昇進も決まりましたし、私は今後現場じゃなくて、
この部屋から指揮を執るんですよ。ですので、あなた方に嫌われても、
何も問題はないんですよ。まぁ、人形作りしか能がないあなたは出世する
道は限られていますけど。天下り先の企業は、もう見つけましたか?」
フェイフェンは手を広げながら、オハギに言い放った。するとグッドマンが
立ち上がると、ゆっくりと歩き始めた。フェイフェンは無言で彼を見つめた。
グッドマンは、入口の近い位置まで移動した。テーブルの中心に浮かぶ映像の
球体を隔てて、彼は部下達を見る。その一歩も引かない構えは、これから彼が
語る言葉が『説得』ではなく、『決意表明』であることを無言で物語っていた。
「我々は何のために戦う。魔法を極めるため? 老後を楽に過ごせる金のため?
違う。我々は犯罪者の悪行から弱い立場の者を守るために戦ってきたのだ!!
・・・正義を見誤ってはならん。保身のために正義を行使すれば市民は見限る。
市民は我々を見ているのだ。ワシが若い頃は、弱者を守るために戦った!!」
するとフェイフェンは笑いながらグッドマンに言った。
「ハハハッ!! 弱き者のため!? そう言って若者から機会を奪い、
若者の税金で生き続ける老人が、社会にとって一番の『悪』です!!
あなたがいつまでも『上』にいるから『下』の我々が困るんです!!
一番弱者を搾取しているのは、『長生き』する老人なんですよ!!」
「じゃからの。・・・ワシは今からお前さん達を殺すことにした。
最終審判!!!!」
一瞬の出来事だった。グッドマンの体から黒い閃光が放出され、その場にいた
職員達の脳が『死』を迎えた。フェイフェンは白目をむいて死亡し、ジョーは
テーブルの上に顔をぶつけた。セイコは見つめたまま、死んだ。会議室に居た、
若き特務官が、グッドマンの『即死魔法』で死亡した。オハギは驚いた顔で
グッドマンの暴走が理解できなかった。グッドマンは死なないオハギに言った。
「お前・・・高性能偽体で出席してたか。・・・まぁ、どうでもよいかのう。
ベンの奴は、量子化しよった。もう死んだのも同然か。自己量子化からの
復活は歴史上誰も成し遂げたことはないしの。では、先にこっちから─」
「!!」
「死地迅雷」
その刹那、グッドマンは一瞬でオハギの近くに移動した。雷の魔法で雷速で
移動し、戸惑うオハギの頭の上に手を置いた。グッドマンは魔法名を言った。
「邪黒雷鳴波」
オハギに超高圧電流が流れ、電子部品が体から飛び出していった。オハギは
普段から高性能偽体という、精巧なロボットを遠隔操作して出勤していた。
『安楽』のグッドマンは裏切った。オハギは、訳が分からないまま倒れた。
その後グッドマンは事情を話した。彼の発言は会議室で録音されていた。
次話は、今週の土曜日の21時に投稿します。




