第54話 時の魔女と記憶
次の日、ジンとゼンは、プライドシティにある自宅に戻っていた。
昨日クライド達と今後について話し合った後、帰り際にゼンと繫華街で
ラーメンに似た料理を出す屋台に立ち寄った。ジンは機械化人間なので、
食事が全く出来なかった。彼はゼンの喜ぶ顔を見ながら過ごしていた。
ミシェルが台所に立ち、朝食の用意を始めた。パチパチと小気味よい音が
響き始めた。彼女はプライパンを火にかけて、厚切りのベーコンを並べる。
じわじわと脂が溶け出し、食欲をそそる塩気が湯気となって立ち上った。脇の
空いたスペースには、ハーブを練り込んだ太いソーセージを転がす。表面が
こんがりと色づくのを待つ間、彼女は手際よくマッシュルームを四等分にし、
半分に切ったトマトと一緒にフライパンの端へ滑り込ませ、野菜を炒め始めた。
別の手鍋で煮豆のソースを温める。ポコポコとソースが跳ねると、小さい鍋から
ケチャップに似た甘い香りが、部屋に広がっていった。最後に、中央に卵を割り
落とす。透明な白身が雪のように白くなった。黄身を崩さないよう慎重にフライ
返しを差し込み、こんがりと焼けたトーストが待つ大皿へ、熱々の具材を丁寧に
盛る。料理に精を出すミシェルをよそに、白いソファに座るジンはふと思った。
ああ・・・。そう言えば、母さんが作っていたよ・・・な。あれ!?
何でだ!? 母さんの顔が思い出せねぇ!! オレは・・・・・・。
オレは一体誰から生まれたんだ・・・。
――その瞬間、電子回路の奥底で、聞き覚えのある声がノイズのように弾けた。
・・・よぉ。やっと話せたなァ!! 偽者!!
それは、地球から転生した仁が融合する前の、ジン・ゼッカード本人だった。
ゼッカードはジンと融合した後、一度だけ体を取り戻し、ロニと戦っていた。
ジンは、突然脳内に現れたジン・ゼッカードの亡霊に話しかけることにした。
お前か。どうして俺の記憶がなくなってる!?
オレ様と同化したテメェの記憶なんて消えるに決まっているだろ!!
なんだと!! 消えるに決まってるだァ!? どういうことだ!!
テメェはバカか? 上書きさ。オレ様の過去の記憶も消えた!!
だがァ!! テメェもその影響を受けている。どうやら異世界人の
テメェは、オレ様と一体化することが決まったようだな。ハハハ!!
ふざけんじゃねェ!! 元に戻せ、もう一人の俺!!
それはもう出来ねェ。今後、テメェとオレ様は『一切記憶できなくなる』。
脳のメモリが限界を迎えた。一週間前のこと、テメェは思い出せるか?
・・・!! 何も・・・何も・・・思い出せねえェエエ!!
転生者のジンは、両手で頭を抱えた。地下街で戦ったハンクやコレクターの
ことも全く思い出せない。しかも、どうやって死んで異世界転生したのかも
ジンは思い出せなかった。なぜここに来たか、それも分からなくなっていた。
そんな様子のジンをゼッカードは笑いながら、話し始めた。
ハハッ!! 死にはしねえェんだ!! 過去にこだわるのは辞めなァ!!
うるせェ!! 過去があるから今がある!! 自分が歩んだ道が思い出に
なるから人間は生きれるんだろォ!! それで歴史が作られたんだァ!!
全部自分の成長の証だろ!! 昔を否定したら全否定だろうがァ!!
ハハッ!! そんなの関係ねぇ!! オレ様は結果なんて気にしねェ!!
好きなように生きるのさァ!! 歴史だァ? そんなもんに興味はねェ!!
過去にこだわるから成長できねェ!! 現実は進み続けるだろうがァ!!
ジンの様子がおかしいと気づいたミシェルは、ジンに駆け寄ってきた。
「ジンくん、どうしたの!? 何か故障──」
突然ジンの目の前にいるミシェルが制止した。ミシェルだけじゃなく、
立体映像で収支報告書を作成しているゼンも、凍ったように動かない。
奇妙なことになった。ジンがそう思った刹那、彼は手を握っていた。
それは、ナジュリの手だった。
彼女は引っ張るようにジンを連れ出した。彼は辺りを見た。そこは既に
マンションの外だった。目の前には、真っ赤なグラビランナーが見えた。
ナジュリがジンの手を握ったまま戸惑うジンに向かって言った。
「すまないな。急に君を連れ出すことになった。クーロンが呼んでいる。
グラビランナーに乗ってくれ。私の時空操作は私の手を握った者と
私の不干渉領域を共有できる。手を離したら、解除するからな。」
ジンは正直よく分からなかったが、ナジュリに言われたまま車に乗った。
グラビランナーは離陸した。空飛ぶ車『グラビランナー』に乗りながら、
ジンはナジュリの顔を見る。彼はナジュリから事情を聞くことになった。
「昨日のことだ。私の暗号鍵を知るクーロンから突然連絡が入ってな。
今からクーロンが話したいと言っているんだ。それで君の家に来た。」
「クーロンが? なんでオレが呼ばれるんだ?」
「分からない。ふむ。なんでだろうな・・・。」
二人の時間が止まった。気まずい沈黙が流れる中、ナジュリは話題を変えた。
「そ、そうだ!! ジン、六面相の件で、お前に謝りたくてな。ジン、今度
私が知っている店に行かないか? そこの酒は旨いぞ。暇な日はいつだ?」
「ナジュリ。オレは機械化人間だ。人間と違って飲み食い出来ねえ。」
金髪のポニーテールで碧眼、赤い制服が特徴のナジュリは服と同じく、
顔が真っ赤になる。ジンは食事が出来ると思い込み、彼女はデートを
楽しみにしていた。ナジュリは、見つめているジンに向かって言った。
「ごめんなさい・・・ッ!!」
ナジュリは、突然頭を下げてジンに謝罪した。ジンは慌ててナジュリに言った。
「い、いや!! そこまで謝る必要ないぞ!! どうした、話聞くぞ?」
「私は、お前のことを何も見ていなかった。私の悪い癖だ。他人に多様性が
大事だと言っておきながら、機械化人間を全く考慮しないことをやった。」
「・・・オレを倒した時に、色々と調べられたと思ったぜ。オレは脳以外、
全部機械だ。だから、人間として考えるけど、人間のように食べられない。
それでもオレはありのままの自分で生きたいと思う。転生したら機械かよと
嘆いたことはない。最初はこの世界が嫌だったけどな。逃げたいと思った。」
「・・・前世の方が、ここよりも良かったか?」
「ぶっちゃけると前世も色々と大変だったけど、こっちよりも生きやすい。
ここは面白いところもあるけど、地球の科学や資本主義の考えを取り入れた
結果、病んでいるなと思う。ただ、この世界に来て、良かったこともある。」
「!! それは何だ!? 是非聞きたいぞ!!」
「過酷な環境にめげないことで、成長できたよ。もし前世の世界のまま、
オレが居た国に残ったら、オレはもしかしたら挫折したかもしれない。」
ジンは、日本という国すら思い出せなかった。忘却が進行しており、彼は
先ほどから言っている『前世』もナジュリから言われるまで、忘れていた。
前世の意味は覚えているが、なんで来たのか、彼は全く思い出せなかった。
「過酷な環境か・・・。私もそうかもな。」
「へぇ、ナジュリもそうなのか?」
「私は6歳で、当時誰にも出来なかった時空操作魔法を確立させた。学会は私を
天才と言った。そして小学校を辞めさせられ、親は私を大学に行かせたんだ。」
「え!? それキツイだろ!! 大学で友達とか出来たのか?」
「私は、そこで孤独になった。途方に暮れた私を救ったのが、預言者だった。
彼は『神の言葉』を預かっていると主張した。最初は信じなかったが、彼は
未来は神の導きで決まると話した。私は未知の存在である神に興味を持った。」
「お、おう・・・。話し相手がいたんだな。」
「彼から多様性について学び、神を信じる人々を見下すことは良くないと
学んだ。神が、生物を多種多様にしたおかげで皆違って当たり前なんだと
教わった。だから私が6歳で大学に入ったのも普通なんだと思い始めた。」
ジンは気づいた。ナジュリがズレているのは、6歳で大学に入学し、
謎の男しか話し相手がいなかったからだ。もし順当に学校を卒業し、
友達を作っていたら、違ったのかも知れない。同時に、昔の記憶を
鮮明に覚えている彼女を羨ましく感じた。彼がそう考えていると、
赤いグラビランナーは、AerospaceXのビルの屋上へと着陸した。
プライドシティ ワールド・キャピタル地区 AerospaceX本社ビル 最上階
ジン達はクーロンが待つ応接室に案内された。部屋のドアの近くにいる
防衛用ロボットが、最新型にバージョンアップされている。紺色の鎧に
自動小銃を持つ機械は人間の兵士と思うほどの大きさに改造されていた。
流線型の防護外殻が、漆黒のバイザーに陰影を落とし、三角の排熱スリットが
機械から熱を逃がしている。更に関節部の人工筋肉が俊敏さを物語っていた。
部屋は前回訪れた真っ白な空間ではなく、深い琥珀色の家具が置かれていた。
天井から下がるクリスタルのシャンデリアが、ジン達が居る部屋を静かに、
そして重々しく見守っている。ジン達は黒革のソファに深く腰を下ろした。
するとセンターパートの金髪と茶色い瞳、黒い髭が特徴のクーロンが現れた。
ジン達に手を振り、同じ黒いソファに座った。開口一番、クーロンが提案した。
「明後日、ミドロワ王とロズノフが海上都市国家『ロズノア』で会合するぜ!!
俺達はそこに乗り込み、王とロズノフを倒す。地球侵略を止めるんだ!!」
それを聞いたジンは驚いた。一方、ナジュリはクーロンの主張に反論した。
「待て。陛下が地球侵略を考える? ありえん。陛下は地球から転生してきた
人々が、生活に困らないようにしておられる。不敬罪だぞ、クーロン!!」
「本当にそう思うのか、夕闇? お前はMRBのスパイとして6歳から洗脳教育を
受けているからな。親から隔離され、愛国心と諜報技術を叩きこまれたよな?」
「・・・なんのことだ。いい加減な嘘をつくな、クーロン!!」
「俺の目は太陽の黒点が見えるんだぜ。もういい加減、ジンに隠すのも
辞めたらどうだ? ジン。俺はキュメロス島に居たのも知ってるぞ?」
「!!」
「初めて話した時に言ったよな? 俺の仲間は、アーデルマイトと伝えたよな。
そいつは、AIbirthの社長でな。悪いが、お前のことをAIが報告してくれた。」
「テメェ!! オレのAIを改造したのか!?」
「それは違うぜ。魔法生成AIを管理しているのはAIbirthだ。だからユーザーが
何をやったのかも記録される。お前に盗聴器やバックドアを仕掛けなくても、
隠密観測でAIを通し、お前が何をしたかは分かるのさ。まぁ、そのAIは
全く気づいていないから許してやれ。そいつは俺達に映像データとログを
渡した直後に、自動的にメモリから行動記録が消える。記憶できないんだ。」
『記憶できない』という言葉に、ジンはハッとした。つまり魔法生成AIの
アミも、自分と同じように行動が記録されず、何をやったのか覚えていない。
ジンとアミは一心同体なだけじゃなく、記憶が消える問題を抱えていた。
クーロンは、ジンに『王の魔法』が何なのかを教えた。ジンは、王が
凄まじい力の持ち主と知る。一方、ナジュリは話を黙って聞いていた。




