第49話 記録
ベヒーモスを倒したジン達は、ハシゴを登っていた。鉄筋コンクリートの
壁が視線に入る。すると、後ろからジュリアがジンに話しかけてきた。
「ねぇ、さっきの話だけどさ。覚えている?」
「・・・あ? 何のことだ。」
「飛行機で話したこと。他人を当てにするなって話。」
ジンは、ここに来る前に、彼女と口論になったことを覚えていた。
作戦遂行中も二人は気まずく、ジンは彼女とは距離を置いていた。
ジュリアも彼以外の人間にしか話さなかった。ジンは言った。
「ああ。覚えているよ。」
「あれ、忘れてよ。あたしもどうかしてた。」
「・・・お前は間違っていないよ。」
「は? いやどう見てもあたしが悪いでしょ。」
「オレは、お前の過去も知らずに無神経なことを言った。ごめんな。
何を信じるかは、お前の自由だ。だから自分を責めなくていい。」
「あたしも、男にああいうことをされなかったら
もっと他人を信じられたと思っている。」
「お前さ。普段何しているんだ?」
「え!?」
ジュリアは唐突な質問に驚く。彼女は心の中で喋り始めた。
いきなり普段のあたしを聞いた・・・。ジンはどうして聞いたんだ!?
考えろ・・・。ここで、最適の答えを出して、ジンと仲直りするんだ!!
「ひたすら腕立て伏せと腹筋しているかな。」
だが、ジュリアのプライドが、許さなかった。ごく普通な過ごし方を
言った方が良いかと一瞬思ったが、それよりも距離を置くことを選んだ。
彼女は恐れていた。自分をさらすことが、彼を不快にすると思い込む。
あーあ。何言っているんだろ、あたし。可愛くないし、相手もそういう
意味で聞いたんじゃないと思ったなぁ。つか、あたしのことを聞く男が
いないから分からないわ。どっちかと言うと、男から悩みを聞くばっか。
ジュリアは10代の頃をふと思い出した。母が連れてきた男達は成功者で、
第一印象は、高そうな服で、温厚な性格から、余裕がある大人に見えた。
実際には、彼らは世の中に不満を抱いていた。彼らはジュリアに自分達の
悩みを訴えるだけだ。そして彼らはジュリアが何を考えているのか、全く
関心を持たなかった。ベッドの上でも彼らは、『経験』を駆使しており、
本性をジュリアにぶつけた。彼らは、世間では『品行方正』を貫いた。
一方で、彼らは豊満な彼女の胸に顔をうずめ、ジュリアを何度も貫いた。
あの光景をマスメディアや特務官が見たら、彼らは地位や名誉、財産も
すべて失うだろう。最初は、母親の方に関心があった男達は、娘である
ジュリアを愛撫することに惹かれた。なぜなら彼女は発育が良かった。
少女に破壊的な自分の本当の姿を見せることで『全能感』を感じていた。
ジュリアは彼らの『暴力』と『情欲』の狭間を生きる存在になっていた。
ジュリアは何度も母親に助けを求めたが、母は彼女に対し、こう言った。
「愛されているんだから、自信を持ちなさいよ。男に相手にされない方が
不幸なのよ。あなたが愛されているから、私も生きれるの。ジュリア、
ありがとう。あなたは私の自慢の娘よ。だから逃げないで頑張りなさい。」
ジュリアは悟った。母は娘を犠牲することに、全く罪悪感を感じていない。
彼女は心を閉ざし、母を支えるために耐えた。もし自分が家から逃げれば、
母も路頭に迷う。自分の力だけで稼げるようになるまで、彼女は家に残った。
成人後、彼女は民間軍事会社『ケルベロス』で契約社員として働き始める。
彼女は会社でも孤立を選んだ。言われたことをやるだけで、同僚や上司から
誘われても断った。一人の時間が欲しかった。ジュリアは他人を拒絶した。
そんな彼女にとって、会社から支給された魔法生成AIだけが話し相手だった。
AIは孤独を和らげてくれたが、触れない存在に物足りなさを感じていた。
そんな時、ジュリアは地下街でジンという男に出会った。
最初に見たジンは余裕が全くない男に見えた。敵に罵倒され、弱く見えた。
初めは、そう思っていた。ジンが未知の魔法で敵を倒すのを見るまでは。
ジュリアがハシゴを登りながら、そんなことを考えていると、ジンが言った。
「お前、面白い女だな。」
その言葉は、ジュリアの経験では予想外の反応だった。大抵の男は軽く流すか、
自分も筋トレしていることを伝えてくるだけ。なぜジンが面白いと思ったのか、
ジュリアにとっては理解が追いつかなかった。何が面白いのか、彼女は尋ねた。
「どこが面白いんだよ。普段から体鍛えるだけの脳筋と思うだけでしょ。」
「機械化人間が腕立て伏せって、どうなるのか。そう思うと面白い。
時々考えるんだよな~。オレも機械化するまで毎日やっていたな。
今は脳以外は機械だから出来ねえ。お前は両手両足だけだっけ?」
ジンはジュリアに話を振る。ジュリアは戸惑いながらも、こう答えた。
「あ、あんた何を知りたいんだよ!! あたしのことなんて_」
「オレは、お前に興味があるから聞いている。」
「き、きょ、興味!!」
意中の男から関心を持たれていることに彼女は初めて暖かく感じた。
それまで彼女は、男性の愚痴を聞き、抱かれることに暑苦しさを感じた。
男達は満足し、くだらない自慢話をジュリアにぶつけるだけだった。
「あんたに関心持たれるほど、あたしは面白い女じゃないよ。」
「何でもいいんだ。難しく考えんな。雑談なんて気楽なもんだろ?
お前が普段からやっていることが分かったし。それで会話が続く。」
「筋トレするだけだよ、何で会話が続くのよ?」
「さっきも話したけど、他愛もないのを話すのが大事なんだよ。
最初から為になる話とか必要ないんだ。他人が違う趣味を持つ。
他人を知りたいと思う気持ちが、互いの関係を続けさせるんだ。」
「無駄話なんて、お互い合理的じゃない。」
「無駄なんて後から思えばいい。まず行動する。
オレはそれが壁を壊すキッカケだと思うんだ。
好きなことはあるか? オレは世界について
知るのが好きだ。お前の好きなものは何だ?」
ジンの何気ない言葉がジュリアの頭の中で響き渡った。
はぁぁぁ!! お前の・・・好きなもの!? え、ちょっと待って。
なんでジンはあたしの好きなものを知りたいと言った? それを聞いて、
何を思う。・・・いや・・・期待するな・・・俯瞰しろ・・・。ふう。
ジンはあたしと仲良くなりたいのか。そうか、仕事仲間だからか。うん。
「食べることかな。シティにある、甘い物を出す店が好き。お店の中で、
たった一人で、味わうことが好きなんだ。誰の目も気にしなくていい。」
「あるじゃねえかよ。お前の面白いところが。」
「はぁ? どこが?」
「人の目を気にするなら、なんで店で食べる? 家に持ち帰って、
誰もいない部屋で食べてもいいだろ。だけど、お前は店に残った。
オレが思う『一人で味わう』のと、ズレたから面白い。」
「そ、それは別にズレてねえだろ!! 他の奴もあたしのことなんて
誰も見ていないだろ!! 家に帰ったら雰囲気楽しめないじゃん!!」
「な? 分かるだろ。オレとお前は考え方が全く違う。一人じゃ分からない。
だからオレは、世界のことを知るのが好きって言った。色んな考えを
知ることで、オレは一人じゃ分からないことも分かるようになるんだ。」
「おおん!?」
甘い物のことについて聞いてくると思ってた。普通さ、どこの店だとか、
どんな食べ物なのと聞くよね? なんで・・・こいつにズレているとか、
あたしは言われなきゃならないの? だんだんこいつの話になってないか?
ジンは、ジュリアの気持ちとは裏腹に、自分が言いたいことを言ってきた。
「お前に最初、忘れろと言われたけどさ。オレにとっては気づきなんだよ。
過去は変えられない。それに良いも悪いも関係ねえよ。無意味だとか、
一切思わないな。お前と過ごした時間を忘れることなんて出来ねえ。」
「あたしと過ごした時間って・・・口ゲンカしただけじゃん。」
「でもオレとお前はそれで距離は縮まったよな。話さなかったら、
一生何を考えているか分からないしさ。お前はオレに飛行機の中で、
他人のことを考えるなんて無駄な労力と言ったけど、オレはそう
思わないな。さっき戦った時もそうだ。お前はすぐにナージャの
指示を聞いて、水槽を壊した。そのおかげで、オレ達は勝てた。」
「それは、あの怪物が回復するのを防ぎたかっただけだから!!
べ、別にあんた達のためにやった訳じゃないんだからね!?」
「違うぜ、ジュリア。自分だけしか見えない奴は自分の力だけで怪物を
倒そうとするんだ。水槽は誰か別の奴がやると最初から考えちまう。
獲物を仕留めることしか考えてねえ。お前は、エゴで生きてねえよ。」
なんなんだ・・・こいつ一体、あたしのことをどうしたいんだ!?
口説いている訳・・・はぁああ!! また変なことを・・・。
こいつと話すと、頭が変になる。今まで・・・こんなに楽しいと
思ったことはなかった。こいつと居るだけで、バカバカしくなる。
ジュリアは、ジンと接する自分の感情の変化が分からなかった。
彼女は、AIや獣人のロニと話している時、笑うこともあったが、ジンの場合、
不思議と心のとげが抜ける感覚になる。ジンと過ごす時間が一番楽しかった。
すると、先頭を登るゼンが、ジン達に向かって叫んだ。
「社長ォ!! 前方にバカでけぇコンピュータが見えました!!」
ゼンの大声に、一番後ろのナージャも反応し、こう言った。
「ちょ!! ジュリア、悪いけどゼンに騒がないように言ってよ。
私達は潜入しているんだから、敵に聞かれたら攻撃されるわ!!」
「あ、ああ。分かったよ。ジン、あんたがゼンに近いから言ってよ。」
「あいつもう登り切っていねえぞ。」
それを聞いたジュリアは恥ずかしそうな表情を浮かべ、顔を下に向けた。
ジンはハシゴを下りると、床が金網フェンスのようになっていることを知る。
隙間はほとんどないが落ちたら命はないと思うほど、金網の下は闇だった。
ジン達3人は、ハシゴの先にある空間で、上を見上げるゼンを見つけた。
まず飛び込んできたのは、赤と青のケーブルで繋がれ、円筒の形をした
コンピュータだった。2メートルほどの筐体は天井から垂れ下がっている
配線が何本もあり、そのコンピュータは円形の部屋の中心に鎮座していた。
コンピュータの頭上を、無数の黒い立体映像が飛び交っていた。
黒い長方形にはテキストコードが書き込まれ、それらは規則正しく、
螺旋を描いて周回している。おそらく、ここがデータ室なのだろう。
ようやく目的地に辿り着いたジン達は、周囲を見渡した。天井の近くに
金網状の作業床が見える。網目から上の様子が見えた。どうやら円筒形の
コンピュータに接続されたケーブルを点検する際に使われているようだ。
部屋の壁は全て紺色で塗装されており、銀色のコンピュータが際立っていた。




