第48話 魔物
ジン達が侵入した部屋は、宇宙空間を思わせる静寂に包まれていた。
中央に横たわるのは、肩と背中に打ち込まれた鋼鉄の装甲プレートが、
銀色の光を放ち、有機物と機械の境界に生きるベヒーモスの姿だった。
部屋の四隅には円筒形の水槽が置かれていた。謎の液体が視界に映る。
ジンが天井を見つめる。縦横無尽にケーブルと細い導管が駆け回り、
ベヒーモスが眠る床を見下ろすように、壁の上半分には強化ガラスが
嵌め込まれた部屋が見える。天井部分にはLEDベースライトが灯っており、
人影は見えない。ジンは、ベヒーモスを上から観察する観測室と考察した。
無数の鋼鉄パイプとケーブルに、そして寝息を立てる、藍色の巨大な魔物を、
上の観測室が静かに監視しているようだった。ジンは3人に静かに言った。
「ここはやり過ごそう。戦闘は避けて、向こうに見える扉まで行くぞ。」
ジンの提案を聞いた3人は、無言でうなずく。血気盛んなジュリアもジンに
賛成した。ゼンやナージャも、いま魔物と戦うことに乗り気ではなかった。
ジン達は部屋を忍び歩きながら、ベヒーモスをやり過ごそうとした。
彼らはその魔物の嗅覚の鋭さを知らなかった。彼らがジャングルを移動した際に
踏んでしまった野生動物のフン、腐葉土、更に機械化人間であるジンのオイルの
匂いが、床で静かに寝ていたベヒーモスの鼻を刺激した。怪物の鼻孔が広がる。
ヒトの数億倍とも言われるベヒーモスの嗅覚は「外の世界」の情報を瞬時に
解析した。装甲プレートの下の肉が、わずかに脈動を始める。前足にある爪が
ガリッと音を立てた。すると、閉じられていたはずの瞼の奥で、真っ赤な瞳が
移動するジン達の動きを捉えた。室内で不快な匂いを放つ存在として認識した。
ヴォオオオオオオオッ!!
ベヒーモスは口を開けると、雄叫びを上げた。突然の音に3人は耳をふさぐ。
ジンは人工耳が自動で音量を下げたことで難を逃れた。彼らは立ち止まった。
ベヒーモスは、4人を睨んで威嚇した。完全に戦闘状態に移行してしまった。
全長10メートルのベヒーモスは、体を揺らしながら、4人に近づいていく。
この様子を見たゼンは、マスク越しに叫んだ。
「畜生!! やっぱこうなるのかよォ!!」
既に両手から燃え盛る炎を出し、戦う気満々のジュリアも叫んだ。
「ハッ!! こっちの方が手っ取り早いよ!! ゼン、覚悟を決めな!!
炎月殺法!!」
ジュリアは脳インプラントにある魔法生成AI『アグニ』にプロンプトし、
範囲攻撃が可能な火炎魔法をベヒーモスにぶつけた。アグニが喋った。
「座標確認。ヒルベルト空間に記述完了。目標、ベヒーモス。」
ジュリアは左手に集まった炎を横に打ち払い、炎は半月状に飛んで行った。
炎はベヒーモスの前足と腹部に激突し、ベヒーモスは熱と痛みで暴れ出した。
ジュリアの攻撃の後に、ナージャがセミオートマチック拳銃に似ている
武器でベヒーモスを撃ちながら横に移動した。ナージャが大声で言った。
「散開して距離を保って!! 金属じゃない所を狙うのよ!!」
「おう!!」
「分かりやしたァ!!」
ナージャの発言を聞いたジンとゼンは、お互いバラバラに動く。ジンは、まず
身体の強化を行うため、魔法生成AI『アミ』にプロンプトした。ジンは叫ぶ。
「変異自在!!」
ジンの鋼鉄の体が、見る見るうちに変異する。ジンの両肩と両足に突起物が
生成され、関節部分から稲光が走った。ジンの金髪が逆立ち、碧眼からも
青白い光が漏れた。ジンは周囲の電子を操り、突起物から雷を放出した。
それはクライドが得意とする電磁浮上だった。金属製の床の上を電流が走り、
ジンの両足の金属と反発し合い、彼は床の上に浮かぶことが出来るようになる。
そしてジンの体を『雷の鎧』が保護し、体から青白い火花を散らしていた。
次の瞬間、ジンは超高速で怪物の背後に回り、ジンは雷で強化された体で、
ベヒーモスの後ろ足にパンチを繰り出す。雷の速さが加算され、拳の連打が
止まらない。ジンのパンチから電撃が加わり、ジンはラッシュしながら言った。
「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔!! 邪魔ァッ!!」
痙攣するベヒーモスの咆哮が響き渡った。更にゼンが叫ぶ。
「鬼神流・・・数殺殴!!」
ゼンは三本の指に光子を集め、極小のレーザービームを纏い、貫手による
連続攻撃をベヒーモスの側面に行った。ゼンは鬼気迫る表情で両手を素早く
抜き、再びベヒーモスの体に突き刺す。ベヒーモスから大量の血が噴き出す。
二人の男による連撃に、藍色の巨体は小刻みに動き、口から泡を吹き始めた。
彼らの猛攻に耐えられなかったベヒーモスは、部屋の隅に置かれた透明な水槽に
突進した。ベヒーモスの質量によって壊された水槽から液体とガラスの破片が
飛び散った。透明な液体を浴びたベヒーモスの体から、緑色の発光体が現れる。
それを見たナージャは、目を大きく見開いて、こう叫んだ。
「嘘でしょ! あれは回復魔法を受けた時に出る効果!! ベヒーモスの
傷が・・・治っていく!? みんな!! 先に水槽を破壊して!!」
ベヒーモスの火傷や穴が塞がれると、雄叫びを上げ、ジン達の方を向く。
一番最初に、ナージャの指示に反応したのは、ジュリアだった。
ジュリアは魔法生成AIアグニにプロンプトし、ジャンプした。
ベヒーモスを見下ろしながら、ジュリアは手に光球を生成する。
「散弾砲火!!」
ジュリアは、燃える光球をベヒーモスに向けて投げた。光の球は空中で破裂し、
そこから赤い色の光の粒子が拡散した。地上にいるベヒーモスと円筒形の水槽に
光の粒が降り注ぐ。粒が当たった場所は爆発を起こし、水槽を全て破壊した。
ジュリアの散弾砲火を受けたベヒーモスの金属プレートが爆発で壊され、
ベヒーモスを守る装甲は、大きな爆発音と共に剥がれ落ちた。煙に紛れ、
電磁浮上で高速移動するジンが、ベヒーモスの腹部の隙間に潜り込んだ。
ベヒーモスが下を見た刹那、ジンは思いっきりベヒーモスを蹴り飛ばした。
雷速で蹴られたベヒーモスは宙に浮き、天井に向かって飛んだ。数秒後、
天井に激突した藍色の怪物は、背中にパイプや導管の破片が突き刺さり、
血を出しながら重力に引かれて落ちる。そこをジンとゼンが待ち構える。
「音速闇刃!!」
ジンは手を後ろに回し、すぐ手を前に出した。黒いブーメランのように
回転する二つの風刃がベヒーモスに向かった。ゼンも合掌のポーズを取り、
手を離した瞬間、ゼンの掌から特大レーザー光が照射された。ゼンが叫ぶ。
「鬼神流奥義!! 阿魔手羅守の五光!!!」
ゼンから照射されたレーザー光でベヒーモスの体が崩れていった。そして、
脆くなったベヒーモスの顔に、回りながら突き進む二つの黒い風の刃が
刺さり、回転スピードによって、ベヒーモスの身は三枚に下ろされた。
ジンとゼンが背中合わせに並んで立つ。空から黒い煤のような粉が降った。
パラメディオによって開発された生物兵器は、二人によって消し炭にされた。
透明な液体と血液が辺り一面を満たしていた。ナージャが二人に言う。
「あんた達、いつ連携できるようになったの?」
ジンとゼンは、チラッとお互いに顔を合わせ、二人同時にナージャに言った。
「以心伝心だァッ!!」
二人のドヤ顔を見たジュリアは、冷めた態度で二人に言った。
「あ、そ。じゃ、さっさとブレインデータが保管されている部屋探すわよ。」
ジュリアに賛同するナージャも先に進むことを決めた。ベヒーモスの部屋から
出ようとする二人とは対照的に、ジンとゼンはガッカリした様子になった。
キュメロス島 パラメディオ量子科学技術研究所 2F モニタールーム
その頃、研究所の2階にあるモニタールームに侵入した『ケルベロス』は、
国の命令でパラメディオが改造した魔物を公共事業に利用していたことを
知る。再開発を予定している場所に魔物を解き放つと、住民は難民になる。
企業に討伐させ、魔物が消えたら、土地を開発していた。強制立ち退きを
実現するため、ここで魔物を量産した。本当の魔物は国だった。そして国と
企業が結託し、魔物討伐ビジネスが横行する。しかも世界各国の建設会社が
これで利益を得ているのを知った。この循環を知ったクライドは激怒した。
「よもや・・・ここまで腐っていたかァ!! 祖国はァ!!!」
クライドは、かつて王が社会のために働けと、その言葉を思い出した。
王が言う社会には、最初から民はいなかった。王が望む社会を作るため、
無関係な一般人が国に翻弄される。クライドの父や恋人も同じ手口で、
消された。それを思い出したクライドは部下に向かって、こう命令した。
「この研究所にあるデータを根こそぎ奪え!! すべて押収するんだ!!」
クライドの声が響き渡る。ケルベロスの社員もうなずいた。次の瞬間。
モニタールームの扉が吹き飛ばされ、物々しい外見の黒騎士が言った。
「雅道剣・・・嵐!!」
一瞬の出来事であった。クライドの部下であるケルベロスの戦闘員達は
見るも無残に細切れにされ、そしてクライドはとっさに腕で剣を止めた。
黒騎士が握る剣から血が流れていた。厳めしい黒騎士が話しかける。
「蛆虫どもが。姑息な手で秘伝を盗みに来たか。逝ねいッ!!」
クライドは違和感に気づく。さっきから、電子操作魔法が発動しない。なぜか、
この部屋で演算しても、量子に干渉できない。クライドは、知らなかった。
黒い甲冑が特徴の騎士は、背部の噴出口から特殊なガスを
ばら撒いていた。それは、魔素細菌を殺菌する効果があった。
魔法は、魔素細菌が蔓延している場所でしか、物質や現象を操作することは
不可能である。計算式を食べる細菌がないと、魔法生成のエネルギー資源も
得ることが出来ない。クライドは、分が悪いと感じ、部屋から脱出を試みる。
黒騎士の剣を掴んでいる右腕とは反対の腕で、クライドは服のポケットから、
電子妨害する手榴弾を出した。それは金属の薄片を飛散させ、電子機器の
機能を一時停止させる。一方で、機械化人間のクライドにも影響を与えた。
クライドは、口で手榴弾の安全ピンを抜くと、黒騎士に投げつけた。黒騎士は
避けるが、クライドはスライディングをして、黒騎士の下をくぐって逃げた。
黒騎士は振り向こうとするが、周囲に飛散する金属の薄片が機械化人間の
レーダーに反応し、カメラに四角いモザイクがかかった。ブロックノイズと
呼ばれる現象は、電波の不具合が原因である。クライドは、脱出に成功した。
キュメロス島 パラメディオ量子科学技術研究所 3F 所長室
そのほんの数分前、黒騎士からの連絡を受けたロズノフは、女性執事に言う。
「どうやら鼠が入り込んだようだな。ザッキー、ゲズマを呼べ。」
「ロズノフ様、申し訳ありません。森でゲズマを発見した兵からの連絡で、
ゲズマは倒されたようです・・・。」
「なに? ・・・ゲズマを倒す侵入者とは・・・面白い。」
ロズノフは椅子から立ち、ザッキーと呼ばれる女性執事に命令した。
「カイザーと博士の身の安全を確保しろ。私は、データ保管庫に向かう。」
「かしこまりました。ロズノフ様、あなたの国でお待ちしております。」
二十代に見え、亜麻色のルーズサイドテールの髪型と青い瞳が特徴の執事は、
戦地に赴くロズノフを、見送った。彼女は手を組んでロズノフの無事を祈る。
ロズノフは背を向け、所長室から出て行った。彼は廊下を歩いていると、
今後のことを考えた。研究所はもう使えない。ロズノフは一時間後に
ここを爆破するため、2階のモニタールームに立ち寄ることを決めた。




