第25話 決意
プライドシティ 学生街 サピエンティア地区 サイバレンシア大学病院
ピンク色のサイドテールとブレザーの制服が特徴の少女が、
病院の受付で名前を言った。ロボットの看護師は了承した。
彼女の名前は、キャシー・アリンガム。今回、昏睡状態に
なった親友のアリー・クロイツがいる病院に見舞いに来た。
アリーがいる部屋の廊下で、彼女は信じられない光景を見た。
中肉中背で、紺色のトレーナーを着た茶髪の男性。
そして隣にいる金髪碧眼で、派手な色のパーカーを
着た女性が、ゴブリンの医者に対してこう言った。
「あの・・・入院費なんですど、もう少し安くなりませんか?」
「いえ、そういうことは私に言われても・・・困ります。」
「うちも金ないんですよぉ~。自宅療養とか、今から出来ます?」
「あのですね。お母さん、娘さんは重篤なんですよ?」
「そう言われても、うちだってこれ以上病院に金払えないんだよ!!」
アリーの母親の怒鳴り声が院内に響き渡る。そして隣の男も言った。
「そうですよ!! 僕達はねぇ、働いてないから貯金もないんです!!
あなた医者でしょ? ヒトを救うのが本職じゃないんですか!?
僕らの暮らしがなくなったら、娘救っても養えないでしょ!!」
アリーの父親は、真顔でゴブリンの医者に主張し始めた。
アリーの両親は、娘の入院によって自分達の生活が壊されると
医者に訴えていた。娘の心配よりも自分達のことが心配だった。
キャシーは、それまでアリーの両親も、自分の両親と同じで、
子供のことを愛していると思っていた。子供のことを第一に
考えてくれる、キャシーの親はそうだった。だからアリーも
同じだと、勝手に思い込んでいたことに、彼女は気づいた。
そしてアリーの妹や弟は、そんな両親のことは気にせず、
タブレット端末で動画を見ていた。誰も姉の生死について、
危機感がない家族だった。キャシーは、ショックを受けた。
気づくと、キャシーは階段を下りていた。あまりに違う家族の
在り方を見て、彼女はアリーに会うことを諦めてしまった。
そんな中、キャシーはあることを思いついた。ジンの会社が
提供している『ブロードゴシップ』で、自分が投稿した情報は
今いくらになっているのかと、手に持った小型端末で調べた。
4万1528ダナー。とてもじゃないが、アリーを救えそうにない。
キャシーは目を閉じ、どうすればアリーを救える大金を稼げるか、
考え始めた。そして、ボウリング場で聞いたオークの話を思い出した。
VIPが集まる場所で、一日奉仕すれば1億ダナー稼げると。VIPが集まる、
そういう場所を知ってそうな人物。キャシーの脳内に一人浮かんだ。
「そうだ・・・六面相さんなら、きっと分かるはず!!」
キャシーはLAINというメッセージアプリを開き、六面相に
連絡を入れた。彼女は六面相が助けてくれると思っていた。
プライドシティ ビジネス街 メガフロンティアタワー 33階 駐車フロア
ジンは、ナジュリが用意した灰色のグラビランナーから降りた。ドアを閉めた
音が、反響音となってコンクリートの空間に響く。等間隔に並ぶ豪華な装飾が
施されたグラビランナーには、見覚えがあった。ここは、かつてマシュアと共に
Mero社の元CEOに会いに行く時、訪れた場所だった。ジンが歩いていると、
ミシェルが量子通信で話しかけてきた。VIPルームへの潜入作戦についてだ。
「聞こえる? ジンくん。」
「ああ。聞こえるぞ、ミシェル。どうした?」
「今回、また特務官との共同作戦なんだね。」
「仕方ないな。あんまりナジュリとは関わりたくないんだけどな。
何しろ、全部主導権を取られちまう。常にオレが後手に回る。」
「でも、あの人のおかげで今の立場があるし。そうそう、ジンくん。
このビルの60階は『シティ・ポスト』が管理しているスタジオが
あるの。だから、あまり騒ぎを起こさないでね。」
「世界一のメディアのお膝元で、あのコレクター事件が起きたけどな。」
ジンが駐車場内を見ていると、今までとは明らかに違う光景だと気づいた。
クーロンの会社が管理する防衛用ヒューマノイドがいない。どこにも。
あのギラギラした赤い単眼と黒い巨体が、ジンの脳裏に浮かぶ。
違和感を覚えたジンは、ミシェルと量子通信を通じて話す。
「ミシェル。AerospaceXの防衛用ヒューマノイドが見当たらない。」
「ああ。それはそうだよ。あんな事件が起きたからね。
あの後、防衛用ヒューマノイドは回収されたんだよ。」
「誰も警備ロボットを置こうとしなかったのか?」
「うん、代わりに企業は傭兵や安全保障会社を
常に身の回りに置くようになっ___」
バッフォオオン
突然、轟音が駐車場内で鳴り響いた。ジンが着ているジャケットの
バックシームに穴が開いた。狼のペインティングが施された背中から
火花が散る。ジンの視界の右上に『バッテリー残量』が表示された。
不意打ちを受けたジンは、真っ先に走り出し、近くの柱の陰に隠れた。
状況を確認するために、柱から敵の姿を確認しようとする。見えない。
ジンが辺りを見回すと、天井に設置された監視カメラが凍っていた。
それだけではない、徐々にフロア全体が凍結し始めた。
駐車場の床から、突然小さな結晶が発生し、地面を凍らせる。
この極寒環境では、電子機器を動かすバッテリー消費量が増大する。
状況が不利になると思ったジンは、ミシェルと最後の会話を行った。
「敵に襲われた。そして駐車場が凍り始めている。ミシェル、
すまないが、バッテリーを節約するために通信を一度切る。」
「!! 今からデフコ(電動バイク)に乗ってそっちに行く!!
すぐに駐車場から脱出して!! 戦っちゃダメェ!!」
「ああ、頼む!! じゃあな、ミシェル!!」
ジンは通話を終えると、再び柱から敵の姿を確認しようとした。
シャーッと急速に滑る音が聞こえてくる。音はジンの近くで止まった。
今度はジンの近くの柱から声が聞こえてきた。それは男の声だった。
「まさか、お前とここで殺し合うことになるとは・・・な。」
あの声じゃない。オレがこのビルの最上階で聞いた声とは違う。
何者だ? ・・・ロズノフか、それとも六面相の手先か!?
ジンは着ていたジャケットを床に置き、急いで右腕を触り始めた。
見る見るうちに腕は自動小銃に変形する。M4カービンとなった
右腕を確認すると、ジンはジャケットを声の持ち主が潜む場所の
近くに投げつけた。ジャケットが宙を舞うと、突然滑る音がした。
重厚な発砲音と共に、ジンが投げたジャケットに再び穴が開く。
ジンは柱から覗き込むと、声の正体をその目で捉えることができた。
それは、薄い灰色の豹ような顔をした機械化人間だった。
男の右手には太い銃身が特徴の拳銃が見え、男の靴底からは
鋭い金属製の刃が見える。男は横移動で、ジンの革ジャンを
攻撃した。スケート靴と化した靴によって別の柱へ移動した。
そして、再び柱の向こうから声が聞こえた。ジンは耳を傾ける。
「お前を消せと依頼が来てな。悪いが、勝つために動く。」
「誰の命令だ!! 答えろ!!」
「それは生き抜いてから言え。勝者だけが、望みを叶える。
それがこの世界の理だぜ、ジン・ゼッカード!!」
すると、豹顔の男は左手から氷の結晶体を作り出すと、こう叫んだ。
「朝寒峡湾」
豹顔の放った氷の結晶体は空中で弾けると、辺り一面を凍らせた。
飛び散った氷の粒が柱や床に付着すると、侵食するように氷結する。
ジンは前転し、駐車しているグラビランナーの側面に逃げ込んだ。
再び豹顔の男がジンの近くまで移動する。ジンは、音を頼りに男の
方に銃口を向けた。右手から射撃音と共にライフル弾が発射される。
ダダダダッ!!!
漆黒の自動小銃と化した腕から薬莢が、ジンの足元に落ちていく。
しかし豹顔の男はジンの動きを読んでいたのか、足を曲げて飛んでいた。
そして豹顔の男は左手を上げ、天井を見上げて一言、言い放った。
「絶対零度連結」
男の左手の掌から氷で構成される鎖が発生し、氷の鎖は天井に
付着した。更に瞬間凍結が起こり、天井も凍り始めて、氷の鎖を持つ
豹顔の男は、見上げるジンの方向から別の方向へと、高速移動する。
その様子を見たジンは、豹顔の男に向かってこう言った。
「ユキヒョウの忍者かよ、お前は!!」
「ん? ユキヒョウ・・・聞いたことねえ言葉だな。」
「・・・氷の魔法を使うのか。ならこっちも本気出すぞォ!!」
ジンは左手を豹顔の男に向けると、左の掌に光の粒が集まり始めた。
そしてジンは魔法生成AIのアミに、プロンプトを入力するように、こう言った。
「爆風波紋!!」
光の粒が圧縮され、ジンが握る。次の瞬間、ジンは手を広げると光の砲弾が
出現し、豹顔の男へ超スピードで飛んだ。男の近くで光の砲弾は爆発した。
豹顔の男がぶら下がっていた天井が崩れ落ち、左手を出すジンの目の前には
瓦礫の山が現れた。男の姿は見えない。ジンは、確かめるように言った。
「やったかァ!?」
バフォォオオオオン
身に覚えのある射撃音が聞こえた。ジンのマスクからマグナム弾が飛び出し、
ジンはうつ伏せに倒れた。訳が分からないジンに対し、後ろから男の声がした。
「時間をかけ過ぎだ。戦場では、魔法の選択がカギとなる。
お前はまだ素人だな。まるで基礎がなっちゃいねぇ。」
豹顔の男、ロニエル・アシュトン。ロニエルはジンが掌に光の粒を
集めている間、密かにジンの後ろに回れるように、天井を凍らせていた。
そしてジンが爆裂魔法を放った瞬間、素早く天井にできた氷の道を移動し、
ジンの背後に回った。弧を描くように氷の鎖は猛スピードで移動し、彼は
氷の鎖を解除し、爆音と共に地面に降りた。彼は銃を向け、ジンに発砲した。
ロニエルはうつ伏せの状態になっているジンに近づくと、再び銃口を向ける。
ジンのバッテリー残量はどんどん減り、ジンの脳裏にある言葉が浮かんだ。
『終』
最早戦闘を継続するのを諦めていると、聞いたことがない声が聞こえた。
『なっちゃいねえなぁ。それがテメェの限界かァ!?』
誰だ・・・この声・・・初めて・・・聞く・・・ぞ・・・。
『オレ様が本当の殺し合いっての教えてやるからよォ・・・よく見ときなァ!!』
突如、ジンの両目が赤く光り始め、一瞬でジンの体がロニエルの前から消えた。
何事かとロニエルが地面を見つめると、首に何かが巻き付いた。
それは、ジンの腕だった。ロニエルはジンに、裸絞を食らっていた。
踏ん張るロニエルの傍で、赤い瞳になったジンは笑いながら言った。




