第24話 対話
午前10時、ジンはソファに座っていた。ゼンと電車内でのやり取りを
反省していた。ゼンの悪党はそういうもんという発言を聞き、ゼンの
忠告に対して反論したこと。自分が殺人を犯したことを伝えたなど。
やっぱりマズかったな。あいつ、出社した後も元気なかったし。
本当は頼れる存在としてあいつを導いてやらないといけなかった。
だけどオレが正義のヒーローかと問われたら、それは違う気がした。
オレは別に悪事を働く連中を見つけて、制裁を加えたいんじゃない。
降りかかる火の粉を払っているだけだ。オレは本物の勇者じゃない。
ジンが自問自答していると、隣にミシェルが座った。そして彼女は
ジンに寄りかかった。ミシェルの白い髪がジンの腕の上に乗った。
昨日、ジンがミシェルに頼まれた洗髪剤や化粧品を渡したら、
無邪気に喜んでいたのを思い出し、ジンはミシェルに言った。
「もしかして、昨日渡したシャンプーで洗った?」
「うん。ジンくんは、いつも他の人のことを考えるよね。」
「・・・ああ。」
「嬉しかった。前のジンくんは、それやらなかった。」
「昔のオレってどういう奴だった?」
「他人を傷つけても気にしなかったね。いつも自慢話していた。
それで私の話も聞いてくれなかった。途中から自分の話にして、
急に自分で話を終わらせるの。戦い以外に全く関心がなかった。」
「・・・ごめんな。」
「謝らなくていいよ。・・・ゼンのこと、考えていたんでしょ?」
「まぁな。昨日、ゼンと口論になってさ。それから会話がない。」
「大丈夫だよ。ゼンは寂しいのが苦手だから。そのうち元気に私達と
一緒にご飯行きませんかと言ってくれるよ。」
そう言うと、ミシェルはジンの手を握った。機械になっている左手に
ミシェルの温かさは伝わらないが、ジンには不思議なほど暖かった。
しばらくの間、ソファに座る二人の時間が止まった。
マンションの窓から入る陽の光がジンの足元を照らす。
すると、突然部屋のチャイムが鳴った。何度も音がするので、
メールを作成中のゼンが席を離れ、応対することになった。
何度もしつこく鳴るチャイムにいら立ったゼンは、モニター越しに
相手を見た。黒髪でオッドアイの男がニヤニヤ笑っている。
ゼンは無愛想な態度で、チャイムを押す謎の男に応答した。
「はい。『ワイルドパンク』です。ご用件は?」
「ふぅん★ おい、愚民。ジンを今すぐ下に呼んでこい。長官が
ジンに依頼したいと言っているから、わざわざ僕が来てやった★」
「・・・失礼ですが、どちら様ですか?」
「ベンジャミン・ベーコンだ。特務官の天才魔族だ!!」
「あ、はぁ。そっすか。」
「なんだその態度は!! いいからジンを下に降ろさせろよ、トンマァ!!」
「・・・チッ。お待ちください、今からそちらに向かわせるんで。」
ゼンは会話を終わらせると、ジンに向かって話した。
「社長、ベーコンって奴が下に来てほしいと言ってます。」
「・・・ベンか。分かった、今すぐ行く。ゼン、お前は待機してくれ。」
「・・・・・・あの、社長。」
「ん? どうした?」
「昨晩は大変申し訳ありませんでしたァ!!」
いきなりゼンはジンに向かって頭を下げた。そしてジンにこう言った。
「俺ァ、社長のことを自分の尺度で考えていましたァ!!
昨日の取引に反感を持ち、申し訳ありませんでしたァ!!」
「それは違うぞ、ゼン。お前だって自由に発言していいんだ。
だが、会社の舵取りを決めるのはオレだ。全部お前の言い分を
聞くことは出来ない。だから黒桜會のことはオレに任してくれ。」
「分かりやしたァ!!」
「ベンに会ってくる。ミシェルのことは頼む。」
「お気をつけて!! 社長の留守は俺が預かります!!」
ソファから二人のやり取りを見たミシェルは、優しく微笑んだ。
プライドシティ 住宅街 フォートランド地区
エントランスの扉を抜けると、ジンの目の前に身に覚えのある顔が見えた。
黒髪と白いタキシード姿のベンジャミンは両手を上げ、ジンに話しかけた。
「遅い遅い遅い遅いぃいい!! 早さがまるでない!?」
「うるせえな。もう保護観察は終わっただろ。何の用だ?」
「ああ!? あいつ、お前に説明していなかったのか!!
長官がお前とまたお話ししたいよォ!! 詳しい話はぁ、僕の
グラビランナーで話す★ 乗れよぉ、イキリサイボーグゥ!!」
「・・・・・・」
ベンジャミンの後ろをチラッと覗くと、紫色のグラビランナーが見えた。
車体には金色の装飾が施され、毒々しいほど鮮やかな紫色が目立っていた。
うわっ・・・趣味悪いな。この色、前世の駐車場でも見たことがあるぞ。
ジンとベンジャミンが乗り込むと、自動運転のグラビランナーは垂直上昇した。
突如、ベンジャミンの瞳が青白く光り出し、彼の口からナジュリの声が
聞こえてきた。以前見たことがあるが、それは不気味な光景だった。
「・・・私だ・・・ジン。聞こえるか?」
「ああ。久しぶりだな、ナジュリ。」
「早速だが、お前に仕事を頼みたい。」
「悪い、ナジュリ。今、別件でやらないといけないことが
あってな。すぐには難しいんだが、その後で構わないか?」
「ふむ。それは今、私に教えられるものか?」
「・・・教えてどうなる?」
「もし私達、特務官が協力できるものなら、
知りたいだけだ。そうすれば早く終わる。」
「・・・魔法のプロである、あんたに聞きたい。もし魔法で作った
空間に閉じ込められたら、あんたなら・・・どうやって出る?」
ジンの唐突な質問に、ナジュリは考える間もなく、即答した。
「エネルギーの裂け目を見つける。そもそも空間を維持するには、
常にベクトル演算が必要なのだ。そして重力の影響も受ける。
重力加速度と空間の維持エネルギーが互いに打ち消し合い、
合計ベクトルが0になる点がある筈だ。私ならそこを狙う。」
「なるほど。魔法も重力には逆らえないのか。」
「うむ。重力操作ができる者はこの世界でもごく僅かだ。
あとは、相手の精神を壊す、とかな。」
「・・・どうやって?」
「方法は色々あるが、魔法とは計算で導き出すものだ。つまり、
相手を計算出来なくさせればいい。正気を保てなければ、計算も
出来ない。戦意を喪失した者は、最早数えるのを諦めるだろう。」
ジンは、中庭でベンジャミンと戦った時のことを思い出した。
「・・・ベンと戦った時みたいな感じか。あいつのドラゴンも消えた。」
「そうだ。量子操作や空間創造は、常に計算し続ける必要がある。」
「・・・じゃあ、計算を続けられる人工知能にはその手は通じないか。」
「そうでもないぞ。魔法生成AIの弱点は電波障害もある。お前がコレクターに
使った電磁パルス攻撃もAIには利く。もし相手が魔族じゃなくて魔法生成AIを
使っているヒトならAIだけを破壊する方法や、そもそも電波が届かない場所は
魔法辞書にアクセス出来ないから、ヒトはそこで魔法を使うことが出来ない。」
「なるほど、重力の影響や電波遮断が肝か。」
ジンは怪人六面相との戦い方について、当初ベンジャミンの
量子ハッキングで敵の空間をいじれないかと考えていたが、
自分の物体錬成でも対処できそうだと思い始めた。
すると、ナジュリがジンに話しかけてきた。
「ただ、その方法は相手がお前と同じ空間にいることだぞ。
もしお前だけが異空間に閉じ込められ、魔法を発動した者に
触れることが出来ないなら、AIに電磁波攻撃は不可能だ。」
ジンは、高校の教師に注意された時を思い出した。
ナジュリと話していると、学校の先生のように感じる。
ジンはそんなことを思いながら、ナジュリにこう答えた。
「分かっているよ。ありがとな。ナジュリ。」
「では、私の頼みを優先してくれるな?」
「!! どういうことだ!!」
「私はお前の要望に応えた。今度は私の番だ。」
「ちょっと待て、先にお前が知りたいと言っただろ!!」
「うむ。そうだ。そしてお前は私の要望に応えた。
だから私は倍以上の解説をした。お前はどう返す?」
頓智のようなことを言うナジュリに、ジンは
辟易したが、しぶしぶナジュリの話を聞き始めた。
「深夜1時過ぎに、事件が起きた。グレートブリッジ高校の
女学生が昏睡状態になった。事件現場はお前の住む地区だ。」
「なに・・・オレの住んでいるところでか!?」
「うむ。フォートランド地区だ。被害者はVRゲーム生成AIの
『アバターヘブン』をプレイ中に、何者かに襲われたようだ。」
「・・・意識を失うまで暴行を受けたのか?」
「いや外傷はない。彼女のクラウド・ブレインデータが盗まれた。」
「クラウド・ブレインデータ?」
「この世界ではVR空間にダイブする際、クラウド上にブレインデータを
保存する必要がある。疑似的に仮想脳を作るんだ。現実に戻った後、
脳が意識障害を起こさないようにするためのバックアップだな。」
「・・・つまり、クラウドに保存した彼女の意識が盗まれたって訳か。」
「詳しい犯行手口は調査中だ。エド曰く、クラウド上にバックドアが
設置されていたと推理している。そして、同様の事件は数日前から
起きている。お前の協力が必要だ。情報提供者を募ることは可能か?」
ジンは、黒桜會のタイラーが言っていたことを思い出した。彼は、六面相が
VRゲーム生成AIにバックドアを仕掛けていることを知っていた。だとすると、
あの黒桜會の会長の娘も昏睡状態だったのか。そんなことを考えていると、
グラビランナーは特務省に着陸した。ジンはナジュリにしてやられた。




