第21話 幻想
プライドシティの学生街に、最新医療を受けられる大学病院がある。
その名はサイバレンシア大学病院。サイバレンシア大学医学部学生の
臨床教育、卒業後の研修医の研鑽の場として、50年前に創設された。
コレクターによって意識不明の重体になったジュリア・スミスは
この病院に移送された。ここにも、今回のコレクター事件の黒幕と
思われるパラメディオの医療機器が置かれていた。そんな環境の中、
一人のマシンスレイヤーが旧知の仲であるジュリアの見舞いに来た。
ヒョウのような顔で、両手両足を機械化し、黒いタンクトップと
黒いレザーパンツ、黒い半長靴が特徴の獣人。名をロニエルと言う。
ロニエルは、部屋の天井を見つめるジュリアに向かって話し始めた。
「まさか俺が仕留める前に、お前達がコレクターと戦っていたとはな。」
ジュリアはロニエルの顔を見ないまま、天井に向かって語り出した。
「ロニ、まだ一匹狼の傭兵をやっているの?」
「まぁな。俺は、他人と過ごすよりも一人の方が向いているからな。
この仕事をしていても、一人なら仲間の死体を見なくて済む。
ガキの頃、俺の仲間は戦争に巻き込まれてな。一人、また一人と
俺の仲間は動かない人形みたいになった。そんな仲間の死体を
俺は企業に売る仕事もした。臓器移植をやりたい連中に売った。」
「・・・あたしよりも荒んだ環境だったのね。」
「同情はいらねえ。俺と取引した奴らも、それぞれ理由があったんだろう。
その時の俺は、もう他の奴らが金で出来た集合体にしか見えなかった。」
ふと、ジュリアはロニエルに聞いてみたいと思ったのか、こう言い放った。
「ねぇ、あたし達って死んだらどこに行くと思う?」
死後の世界について聞かれたロニエルは、一瞬考えてからジュリアに答えた。
「宇宙だろうな。宇宙空間に漂う量子になると思う。」
「へぇ・・・じゃあ、あんたはエネルギーになると思ってんだね。」
「ああ。それなら、魔法を使った奴の役には、立つのかもしれねえ。」
「あたしは違う。死んでも他の奴らに使われるのは、ゴメンだね。」
「なんでそんなことを俺に聞くんだ? まだ死に急ぐのは早えぞ?」
「思うんだ。地球人は死んだら、この星に来るじゃない。じゃあ、
あたし達は死んだら、どこかの星に行くのかな。」
「転生者か・・・この星に来ちまうということは、相当運が悪いな。」
「また第二の人生をやるって、どんな気持ちなのかな。辛くないのかな。」
「最新の研究で分かったことだが、転生者は皆、『無神論者』らしい。
神の存在を否定し、天国もないと思って亡くなったら、ここに来たと。
もしかすると、ここは地獄なのかもな。お前は、転生したいのか?」
ロニエルの唐突な質問に対し、ジュリアは自分の本心をロニエルにぶつけた。
「うん。昔アニメを見てさ。貴族令嬢に生まれ変わったら、いい男と一緒に
人生をやり直せたらなと思う。アニメの男達は皆、優しそうだった。」
「俺が貴族の女になったら、まず銃がどうなっているのか調べるだろうな。」
「ロニが女の子? 絶対あり得ないって。長時間も銃のメンテしている奴が、
お嬢様として転生したら、異世界の男達は引いちゃうよ。」
「案外、仲良くなるかもしれねえぜ? ガンオイルと火薬の匂いが好きな女が
珍しいってな。好きになるってのは、自分と違う存在に惹かれるのさ。」
「それはロニの世界観でしょ。・・・・・・ウケる。」
ジュリアはだんだん活気を取り戻し、豹顔のロニエルに向かって話した。
「あのさ。この世界に脳がない生物がいるって、知っている?」
「ん? 頭が良くない奴らのことか?」
「チゲーよ。無脊椎動物、つまりスライムだよ。」
「スライム? あの、透明で団子みたいな連中か。昔、戦場で見たな。」
「あれってさ、脳みそないのに眠るんだってさ。」
「どうやって、脳みそない奴が寝るんだ?」
「細胞だよ。神経細胞を直すために寝るんだってさ。それで思ったの。
あいつらって、あたし達と同じでさ、もしかして夢も見るのかな?」
「・・・・・・」
ロニエルは頭の中で、スライムが夢を見ている光景を思い浮かべた。
真面目なロニを見たジュリアは笑いながら、彼女は続けてこう言った。
「死について考えるとさ、意識はどこにあるんだろうって考えるの。
もしもスライムが夢も見れるなら、脳みそなくても意識があるって。
・・・コレクターも、脳みそを持っていなかった。ナノマシンで
自分の体を動かしていた。だから、あいつはスライムなんだよ。」
「コレクターって、どんな奴だったんだ?」
「エスカって名前を名乗っていたな。脳みそ集めているのも、
ヒトを救うためとか言ってさ。ヒトは獲物を狩るためじゃなく、
もらうために嘘をつくとか、ヒトのことが好きだったのかもね。」
「ずいぶん人間臭い奴だな。」
「・・・正直、この仕事をいつまでやれるのか、自信なくなった。
あたしはあいつに勝てなかった。最後まで、戦い抜けなかった。」
突然ジュリアの瞳から水が溢れ出す。ジュリアの口に入ると、
その液体はしょっぱかった。それはナトリウムを含んでいた。
「よせ。自分を責めるな。お前だって_____」
突然ロニエルの動きが止まった。量子通信で誰から連絡が入ったようだ。
ロニエルは立ち上がり、泣いているジュリアに向かって言った。
「すまん、急に仕事が入った。俺はもう帰らないといけない。
去る前に言うが、死を考えるってことは、お前は生きようと
決めていることだ。本当の死は、くしゃみのように突然来る。
思いつめるんじゃねえ。まだやるべきことを探せ。」
ジュリアは泣いた。戦いに負けるのは、自分が相手よりも弱いと
今まで考えていたが、そうじゃなかった。戦意を捨てたからだ。
物理的なものじゃなく、精神的なものだったとジュリアは感じた。
プライドシティ ビジネス街 ワールド・キャピタル地区 とあるビルの40階
低層部は商業用ロボットが接客する店が並び、上層部は賃貸オフィスで
構成されるビルの一室で、グリーンバックという動画撮影で使われる
緑色の布を背景に、黄色い野球帽と水色の髪が特徴の青年が語っていた。
「今日もウォッチしてくれて、ありがとぉ~!! おいらハッピー!!」
すると、彼のライブ画面のコメント欄に『ちわー。』と書き込まれた。
たった一人で、彼は正面の動画撮影用カメラに向かって話しかけていた。
彼はネットライバーであり、量子通信網でライブ配信を生業としていた。
「怪人六面相、17歳です!!」
今度はコメント欄に『ないない。』と書き込まれ、投げ銭も始まった。
見た目はごく普通の若者。怪人六面相を名乗り、ヴァドールの都市伝説や
シティの陰謀論を視聴者に教えていた。チャンネルの再生数は10億を超え、
凄まじい視聴率を誇っている。この世界では珍しく、企業に雇われて台本を
暗記して話すネットライバーではなかった。それが功を奏したのか、多くの
ヴァドール人は予定調和じゃない彼の配信に夢中になっていった。
「いやぁ~今年も来ましたね・・・地球は見つかるのか、ならないのか。
企業勢は毎年、地球発見元年って言っていますけど、おいらが考えるのは
地球というのは経済成長するためのネタなんですよね。資本主義って何かを
ビジネスにする必要があるんですよ。例えば宇宙に、おいらが居る太陽系と
よく似た惑星系があるとします。そしたら石油業界や宇宙太陽光なんかを
やっている人達は大喜びする訳ですよ。そこで同じビジネスができると
思っちゃうんですね。でもね、それが全て幻想だったどうですか?」
黄色い野球帽のフラットバイザーを手で上げると、水色の髪とピンク色の瞳が
目立つようになった。六面相は、にやけている顔でカメラに向かって語った。
「今回お話しするのは、夢のゲームです。皆さん、夢を見るじゃないですか?
あっ、スライムの方はごめんなさい。・・・実は、皆さんが見た夢をゲームに
する技術があるんすよね。その名もピグマリオネット。皆さん、普段VR空間に
ダイブして、その中でAIが開発したゲーム遊ぶじゃないですか。それの応用で、
脳波を量子データ変換して、デジタル空間を生成するんです。つまり夢をVR
ゲームにするんです。そうすればもう、寝ながらゲームが作り放題です!!」
六面相はドヤ顔になると、指でWのようなポーズを作り、また話し始めた。
「ですがァ!! これが罠です。夢のゲーム化技術、ピグマリオネットって
実はネット空間で誕生した機械生命体だったんですよ。そいつは自分の体を
持っていない。だから、夢を見ているおいら達の肉体を探していたんです。
物質世界で活動できるアバター欲しかったんですね。三次元だとロボットが
あるんですけど、おいら達と全く似ていないデザインじゃないですかぁ。」
コメント欄に『俺の体を使ってもいいぞ。ただし俺の余命は半年だが。』と
書き込まれると、六面相は反応した。彼は笑いながら拍手し、語り出した。
「yumazaf7974さん、またオフ会で会いましょうね!! ・・・さてと、
話を戻しますね。ある少女が、ピグマリオネットでゲームを生成したら、
次の日から女の子の性格が変わったんですよね。めちゃくちゃ賢くなって、
親も喜んだんです。で、ある日その子が学校に行っている間、お母さんが
立体映像を使って仕事していたら、急に画面が真っ暗になったんですよ。
それでお母さんが画面を覗いたら・・・文字が出てきたんですよね・・・。
『ダ レ カ タ ス ケ テ』って・・・うわぁああああ!!」
コメント欄に『タスケテー』と書き込まれ、同じコメントが繰り返された。
六面相は真剣な表情で腕を組み、キメ顔でカメラに向かって話しかけた。
「つまり女の子はピグマリオネットに体奪われたんですよ。当然親はその子を
捕まえて、娘を返してと言いました。その子は笑い出し、突然倒れました。
今も植物状態なんですよね。ピグマリオネットは電波を利用して逃げました。
・・・はい。この話、嘘か真か。思う思わないは、あなた次第です!!」
深夜12時、六面相のライブ配信が終了し、その後広告動画が流れ始めた。
深夜1時頃、プライドシティのフォートランド地区にある、とある一軒家。
そこに住むクロイツ家の長女、アリー・クロイツは自分の部屋でVRゲームを
プレイ中に意識不明になった。両親は特務省に連絡し、現場には救急隊員も
搭乗した黒いグラビランナーが駆け付けた。担架で運ばれるアリーの顔は、
何かを見た恐怖で歪んでいた。その様子を見たアリーの両親は号泣した。




