第15話 齟齬
プライドシティ ワールド・キャピタル地区 メガフロンティアタワー 60階
撮影機器と集音器に囲まれたスタジオで、二人の男達が白い革製の椅子に
座っている。未来の政治体制について議論が白熱し、既に同時接続者数は
100万人を超えた。報道動画チャンネルである『シティ・トゥデイ』の収録
スタジオには、思想学者のベルンハルト・ガルマシュタイン博士と、シティ
随一の投資家であるアンソニー・ロズノフが対談していた。マッシュルーム
カットで眼鏡が特徴のガルマシュタインは、ロズノフが言った言葉に反応した。
「ロズノフさん、あなたは投票行動を軽視しているんですか!?」
ガルマシュタインは鋭い眼光で睨んだ。そして、銀色の角刈り頭と碧眼、
群青色のスーツを着ているロズノフは、ニヤリと笑いながらこう言った。
「政治が文民の特権であるという時代は終わりました。我々はもっと多様に
物事を考えるべきです。宇宙に我々以外の知的生命体がいた場合、彼らに
権利があると考えるのと同じく、人工生命体にもある筈だ、とね・・・。」
スタジオのスタッフや量子通信網配信を視聴していた者達は騒然としていた。
そしてロズノフの発言を聞いたガルマシュタインは、彼に向って反論した。
「人工知能を政治への参加者にするのは反対です。AIは生物社会に
属しておらず、デジタル空間に所属している。もしAIに主導権を
渡したら、政策もデジタルに住むAIのみを反映するようになる。」
「それはヒト目線の矮小な思想ですな。AIがAI以外の生命体の社会を
考えないという根拠はない。現に、AIは我々の暮らしを学習している。
共存社会主義はすべての種族が共生し、テクノロジーとの共存を訴える。
あなたが掲げる思想には新種族であるAIを考慮していないのですか?」
「AIやロボットは種族ではありません。あくまでグラビランナーと
同じで社会を支える道具に過ぎません。道具が自由意志を持つ。
これほど滑稽な話はありませんよ、ロズノフさん。」
「道具というレッテルを貼ることで、生物以外は考慮していない。
それは共存社会主義ではなくて、種族主義ではないのですかな?」
「その発言は論理的に破綻していますよ、ロズノフさん。道具と
生物を混同し、あなたはAIの政治参加による混乱を考えていない。
そこまでAIに国家を運営させたい、あなたの論拠は何ですか?」
「可能性ですよ、ガルマシュタイン博士。」
「可能性?」
「今から数十年後の未来、間違いなく生物は行き詰まる。自らの肉体を
機械化したところで、生物と違って機械の体に最適化されたAIとの差は
埋めることはできない。ならばAIだけの国家を用意するべきだ。」
「道具の国を、なぜ我々が用意しなければならないのですか!?」
「投資ですよ。発展途上国に投資し、その国と関係を作るのと同じです。
ミドロワ王国は、そうやって様々な国々を経済植民地にしました。
シティのグローバル企業は現地の国民を雇用し、彼らの技術発展を
手伝いました。そうやって様々な国々はシティの技術やサービスに
依存することで、今もミドロワと長きに渡る同盟を結んでいます。
AIの新興国を建国し、そこと同盟関係を世界中が結ぶのです。」
「それは同じ生物だから可能な国際関係です。それに、ゼルマニアのように
貿易赤字によってミドロワへ反感を持つ国も生まれた歴史がある。」
「それをAIなら利害関係なしで解決できますよ。」
「あなたはAIを過大評価している。社会はそこまで単純ではない!!」
ロズノフの尊大な態度とAIへの擁護を聞いたガルマシュタインは激昂した。
しかし、ロズノフは黙るどころか、ニヤリと笑ってこう言った。
「AIは生物社会に所属していないという貴方の発言ですが、それならば
AIこそが客観的に我々を導いてくれると思いませんかな?」
「!!」
「ミドロワの議院内閣制を見てください。与野党の過半数は世襲議員で
構成され、派閥も思想ではなく、家同士の付き合いで動いています。
国民が投票し、今の社会を変えたいと望んでも、彼らは無視します。
つまり投票行動を国民の代表である国会議員が軽視しているのです。」
「私もミドロワの世襲政治を問題視しています。ミドロワ人の一般人は
政治家になる道を閉ざされ、政治家や貴族の血統を持つ若者だけが
立候補する。これでは格差社会に苦しむ人々に寄り添える筈がない。」
「なら、AIで政治家を代替すればいいと思いませんかな? 政治を俯瞰し、
しがらみに影響されない。抜本的な改革もAIなら迅速に実行できます。
現在のシティの株主政治も変えられますよ。」
「いいえ。それは違います。資本主義そのものを変えない限りは無理です。
だからこそ、社会主義による計画経済と労働者による政治が必要なのです。
資本家や王侯貴族に搾取されている労働者と学生達が立ち上がる。民衆が
体制を変えることで、平等な国が初めて建国されるのです!!」
「ガルマシュタイン博士。本音が出ましたね。あなたは社会主義の国を
作りたい。私も増え続ける資本の分配システムには賛成なのですよ。
一緒ですよ。ただし、AI主導による管理体制です。そうでなければ、
いつまでも政党の都合で政策を出し、国家も衰退するでしょうな。」
「機械による管理社会など、それは種族の主権を無視した悪魔の思想だ!!」
「国家が衰退すれば、一番ひどい目に遭うのは労働者ですよ。増税で
苦しんだ国民は命を絶つか、国を捨てるでしょうな。そして魔物が
弱体化した国から領土や資源を奪う日が来る。国を持続的に成長させ、
生物と違って責任のある政治を行えるのはAIしかない時代なのです。」
「機械に全ての生物の未来を託す。それこそ無責任な政治だと思いませんか!!」
「責務を果たさせなかった生物の政治が今の現状ですよ。ヒトが
AIを恐れるのは、権利ではなく、権力を奪われるからです。
エゴを捨てなさい。我々は全知が導く世界に行くべきと___」
プライドシティ 繁華街 オリエント地区
時刻は夜20時を過ぎていた。ジンとゼンの二人は夜の街を歩いていた。
ジンは黒い革ジャンを羽織り、ポケットに手を突っ込んで歩いていた。
雑居ビルの森を抜けると、日本式建築の城門がジンの視界に入った。
木製の鏡柱、白く塗られた壁が石垣の上で構成されている。門の瓦は
灰色に塗装されている。門の奥には広大な屋敷と松の木が見えた。
すべてが鉄筋コンクリートの建造物に埋め尽くされたシティの中に
この場所だけは自然が残っているような光景だった。
ジンはゼンと共に、まっすぐ屋敷の方に向かった。ジンの眼球カメラが
自動的に周囲の解析を始め、松の木は遺伝子操作で人工的に作られた
植物だと判明し、この街には手を加えられていない存在はないと知る。
しばらくして、屋敷の外で待機する特務官と一緒に行動するミシェルから
連絡が入り、量子通信状態になったジンはミシェルと話し始めた。
「ジンくん、今はどんな状況?」
「静かだな。虫の鳴き声もしない。無音の庭を歩いている感覚だ。」
「この街で昆虫を見つけるのは難しいかもね。殺虫剤が定期的にドローンで
散布されているし。・・・ゼンはどんな感じ?」
「いつも通り、しかめっ面で周囲を警戒している。」
「でも意外だったね。ヒロヤ会長の警護は特務官が全部やると思った。」
「ジョーが言うには、特務官が経政連の議員個人を警護するのは
禁止みたいだな。憲法第6条に特務省の私物化を禁じるとか。」
「経政連の議会場を警備するだけなんだね。ボディガードだと思っていた。」
「建前上、議員は平等な立場だからな。特にナジュリが警護するとなったら
議員の中で差が生まれる。あいつは時のアルゴリズムを改変できるしな。」
ジンとミシェルが話していると、ゼンが急に話しかけてきた。
「社長、そろそろヒロヤ会長が到着するようです。その前に、
今回の身辺警護に参加している安全保障会社の社員と事前会議を
やるみたいですので、俺らも集合場所に行きましょう。」
「そうか、分かった。じゃあな、ミシェル。作戦開始時にまた会おう。」
「うん。ジンくん。無理しないでね・・・・・・」
ジンとゼンは屋敷の中にある廊下に着くと、見覚えのある人物が現れた。
赤い髪と褐色肌、茶色い瞳で迷彩色のコートを着たジュリア・スミスだ。
ジンの青い瞳と黒い布マスクを見たジュリアは、いきなり声を出した。
「はぅあ!! あ、あ、あんた何でここに居るのよ!?」
「そっちこそな。今回の警護に『ケルベロス』も居るとは思わなかったぜ。」
「会長の依頼だよ!! 『ワイルドパンク』っていう聞いたこともない会社が
警護するのが不安だから、あたし達が招集されたんだよ!!」
「そうだったのか・・・ちょうど良い。あんたに聞きたいことがある。
あの日の夜、なんでオレとベンジャミンを尾行した? 答えろ。」
「え!? あ、いや、そ、それは・・・・・・」
ジュリアはジンに問い詰められ、気が動転した。そして90度回転し、
両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。その様子を見たゼンが言った。
「あの・・・社長? この女の人、誰なんですか?」
ジンが答えようとすると、ジュリアの後ろにいた男達の一人が答えた。
「うちの契約社員だよ。名前はジュリア・スミス。そして俺はトレバー。
今回の作戦の指揮を執る『ケルベロス』の社員だ。宜しくな、お前ら。」
トレバーはジンに手を差し出し、握手を求めてきた。ヘルメットと
覆面を被ったトレバーを見ながら、ジンも差し出された手を握った。




