↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
6

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
99/122

市場を盗む者たち その1

倉庫街は、市場とはまるで別の世界だった。


商人が客へ笑顔を向ける姿はない。


代わりに響くのは、荷車の軋む音、木箱を積み上げる鈍い衝撃音、そして人夫たちの怒号だった。


「右三番倉庫! 急げ!」


「積み忘れがあるぞ!」


「次の便は十分後だ!」


荷馬車は途切れることなく出入りし、まるで巨大な生き物が呼吸をしているようだった。


オタクミはその光景を見渡し、小さく息を吐く。


「……市場っていうより、工場だな。」


「工場とも少し違う。」


アーグは倉庫群を見つめたまま言う。


「ここは”循環”を作る場所だ。商品はここを通ることで初めて市場へ流れる。」


「循環か……。」


昨日までなら、ここまで考えもしなかった。

オタクミは自分でも、その変化を少し不思議に思っていた。


ふと、腰に差したゴルドスが低く笑う。


「ようやく商品の向こう側を見るようになったな。」


「昨日、リアたちも似たようなことを考えてたんだろうな。」


オタクミは独り言のように呟いた。


「作品が届かなければ意味がないって。」


ゴルドスは静かに答えた。


「創る者は作品を生み出す。

届ける者は道を作る。

どちらが欠けても、文化は育たん。」


その言葉に、オタクミはゆっくり頷いた。


「……俺、今まで”作れば何とかなる”って思ってた。

創ることばかり見ていた。

でも違う。

届ける仕組みまで含めて、創作なんだ。」


アーグは横目だけでオタクミを見ると、珍しく口元をわずかに緩めた。


「少しは商人らしくなってきたな。」


その時だった。

一台の荷馬車が、先ほど見た倉庫から出てきた。

木箱を満載に積み込んでいる。


「また動く。」


アーグは自然に歩き始めた。


「距離を空けろ。」


「追跡ってやつか。」


「そうだ。ただし、尾行だと悟られるな。」


セラが肩をすくめる。


「堂々と歩けばいいのよ。」


「堂々と尾行する奴があるか。」


「昨日の木箱の陰よりはマシでしょ。」


「それは言うな。」


思わず四人に小さな笑いが生まれた。


しかし、その笑いも長くは続かなかった。

荷馬車は市場へは向かわず、倉庫街の奥へと進んでいく。


途中、二つ、三つと倉庫へ立ち寄り、木箱を積み替えていた。


オタクミは首を傾げる。


「変だな。」


「何がだ?」


アーグが尋ねる。


「市場へ運ぶだけなら、そのまま行けばいい。」


「なんで途中で何回も積み替えるんだ?」


アーグは満足そうに頷いた。


「いいところに気付いた。」


彼は少し立ち止まり、倉庫街全体を見渡した。


「じゃあ逆に聞こう。」


「もしお前が正規品を売る側なら、どう運ぶ?」


オタクミは少し考えた。


「工房から問屋。

問屋から店。

それで終わりだ。」


「そう。」


アーグは指を一本立てた。


「ではカルテルは?」


「……。

工房。

中継倉庫。

仕分け倉庫。

保管倉庫。

配送倉庫。

屋台。」


オタクミは思わず眉をひそめた。


「増えてる。無駄じゃないのか?」


「普通ならな。」


アーグは静かに続けた。


「だが、これには意味がある。」


彼は目の前を通る荷馬車を指差した。


「あの御者。

自分が最終的にどこの屋台へ運ばれるか知らない。」


「え?」


「積み替える人夫も知らない。

倉庫番も知らない。

全員、自分の仕事しか知らない。」


オタクミは息を飲んだ。


「つまり……。

誰一人、全体を把握できない。」


アーグが言い切った。


「だから情報が漏れない。」


その一言で、オタクミは鳥肌が立った。


「物流じゃない……。情報管理だ。」


「その通り。」


アーグは静かに頷いた。


「カルテルが本当に売っているものは商品じゃない。

情報だ。」


「情報……?」


「誰がどこへ運ぶか。

誰が何を売るか。

どの店へ、いつ補充するか。

それを全員に教えない。

だから誰も裏切れない。」


オタクミは思わず笑ってしまった。


「何だよそれ。めちゃくちゃ会社じゃねぇか。」


「会社より厄介だ。」


アーグは真顔だった。


「恐怖で統制されている。」


空気が少し重くなる。


その時、セラが小さく口を開いた。


「……誰かいる。」


全員の視線が前へ向く。

倉庫の影。

荷車の陰から、一人の男がこちらを見ていた。


いや。

見ていたような気がした。


次の瞬間には姿が消えている。


「見られたか?」


オタクミが小声で言う。


アーグは首を横に振った。


「いや。

見られたかどうか分からない。それが一番厄介だ。」


ゴルドスも低く唸る。


「気配を消す訓練を受けている。

ただの荷運びではあるまい。」


四人は自然を装って歩き続ける。


しかし、さっきまでとは違っていた。


誰もが周囲を意識している。

誰が味方で。

誰が敵なのか。


この倉庫街では見分けがつかない。

オタクミは改めて周囲を見渡した。


荷車を押す男。

帳簿を書く老人。

荷物を運ぶ少年。


全員が普通に働いているようにしか見えない。

だが、その中の誰かがカルテルの一員なのかもしれない。


あるいは——


全員なのかもしれない。


「……嫌な場所だな。」


思わず本音が漏れた。


アーグは静かに頷く。


「だからカルテルは強い。

人ではなく、仕組みで隠れる。

一人倒しても意味がない。

全体像を掴まなければ、何も変わらないんだ。」


その時だった。


荷馬車が最後に止まった倉庫の扉が、ゆっくりと開いた。

中から現れたのは、黒い帳簿を抱えた初老の男だった。


男は木箱を一つも見ない。

帳簿だけを確認し、御者へ何かを指示する。

御者は何度も頭を下げると、すぐに馬車を走らせていった。


オタクミはその様子をじっと見つめる。


「商品じゃなくて……帳簿を見てる。」


アーグの表情が変わった。


「見つけた。」


「何を?」


「現場責任者じゃない。

もっと上だ。

カルテルは商品で市場を支配しているんじゃない。」


アーグは黒い帳簿を見つめながら、小さく呟いた。


「数字で市場を支配している。」


その言葉に、オタクミの視線も帳簿へ吸い寄せられた。


敵は偽物ではない。

敵は、その数字を書き換えている者たちなのだ。

その事実を、彼は初めて実感した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。