転売魔経済学
市場の喧騒を背に、オタクミたちは大通りをゆっくりと歩いていた。
今までなら、オタクミの目は商品ばかりを追っていた。
透明度。
印刷。
素材。
品質。
だが今日は違う。
屋台の配置。
客の流れ。
店主同士のやり取り。
補充の頻度。
荷車が来る時間。
自然と視線が「市場全体」へ向いていた。
「……見える景色が違う!」
オタクミがぽつりと呟く。
アーグは隣を歩きながら頷いた。
「昨日、お前は商品の価値を考えていた。
今日は市場の動きを見ている。
それが第一歩だ。」
オタクミは昨日の出来事を思い返していた。
泣いていた子供。
本物と偽物。
そして資料庫でリアたちが見ているはずの、「誰にも届かなかった創作」。
「作品も、商品も……」
オタクミは静かに言う。
「最後は人に届くかどうかなんだな。」
「そうだ。」
アーグは即答した。
「だが、お前はまだ一つ勘違いしている。」
「え?」
「市場を支配しているのは物流ではない。」
「物流を利用する”仕組み”だ。」
オタクミは眉をひそめた。
「どういうこと?」
アーグは一軒の偽物屋台を指差す。
「見ろ。」
ちょうど屋台の主人が新しい木箱を開けていた。
売れた分だけ補充している。
「補充が早いな。」
「そうだ。」
「だから売り切れない。」
オタクミは頷いた。
そこまでは昨日も見た光景だ。
だがアーグは続ける。
「一本、いくらで売っていると思う。」
「昨日見た値札なら……五十ゴールドくらいか。」
「そうだ。」
「では原価はいくらだ。」
「……三十?」
アーグは首を横に振った。
「八十だ。」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「いや、待て。」
「原価八十で五十で売ったら三十ゴールド損してるじゃねぇか。」
「その通りだ。」
「馬鹿なのか?」
「違う。」
アーグは屋台を見つめたまま答えた。
「市場を買っている。」
「……。」
「利益ではない。」
「市場占有率を買っている。」
オタクミは黙った。
アーグは説明を続ける。
「まず赤字で市場へ流す。正規店は価格競争で負ける。
利益が出ない。閉店する。
そして本物が市場から消える。」
オタクミは昨日、自分が買い占めた正規店を思い出した。
客は来ない。
説明は聞いてくれる。
だが買わない。
「そのあとだ。」
アーグの声が低くなる。
「競争相手が消えたら?」
オタクミの背筋が冷えた。
「……値段を上げる。」
「そうだ。」
「その頃には客は偽物しか知らない。
選択肢もない。だから、いくらでも支配できる。」
オタクミは思わず屋台を見た。
昨日まで怒りしか湧かなかった景色が、まったく違って見える。
「カルテルは……
儲けてるんじゃない。市場そのものを奪ってるのか!」
「ようやく見えたか。」
アーグは静かに笑った。
「転売魔は商品を盗む組織ではない。
市場を盗む組織だ。」
その一言が、オタクミの胸へ深く刺さった。
その時だった。
「ようやく理解したか、オタクミ殿」
低い声が聞こえた。
オタクミたちの背後に立つレジナルドが、腕を組んで深く頷いた。
「昨日は感情でしか動けなかったが、今日は敵を見始めている。少しは将らしくなったではないか」
レジナルドの言葉に、セラが小さく笑う。
「昨日なら屋台を壊して終わってたわね。」
「……否定できねぇ。でも今日は違う!」
オタクミは屋台ではなく、その奥を見つめていた。
「壊すべきなのは屋台じゃない。仕組みだ!」
ゴルドスは満足そうに低く笑った。
「それでこそ創る者でござる!」
その時だった。
市場の奥から一台の大型荷馬車が入ってきた。
幌付きの荷馬車。
積まれた木箱には見覚えがある。
昨日も見た木箱だった。
「来た。」
アーグの目が鋭くなる。
屋台の主人たちが一斉に集まり始めた。
荷馬車は順番に止まり、木箱を降ろしていく。
代金を受け取る。
また次へ。
「全部同じ木箱だ。」
オタクミが呟く。
「同じ焼き印……。」
木箱の側面には、白い花を思わせる小さな紋章。
昨日見たものと同じだった。
「供給元は一つ。」
アーグが言う。
「追うぞ!」
四人は距離を保ったまま荷馬車の後を追い始めた。
市場を抜け。
商人街を抜け。
やがて王都北部。
巨大な倉庫街へとたどり着く。
何十棟もの石造りの倉庫。
荷馬車が絶えず出入りし、人夫たちが木箱を運び続けている。
市場とは比べものにならない規模だった。
「……これ全部。」
オタクミは圧倒される。
「王都の流通か。」
「物流は血管だ。」
アーグは静かに答える。
「だが心臓は別にある。」
荷馬車は一つの巨大倉庫へ入っていく。
鉄門。
見張り。
厳重な警備。
そして門柱に刻まれた、あの白い花の紋章。
オタクミは拳を握る。
「ここが……。」
「まだ断定するな。」
アーグが制した。
「証拠がない。証拠を集める。
市場は数字で動く。数字は嘘をつかない。」
オタクミは深く息を吸った。
昨日までなら飛び込んでいた。
倉庫を壊し、敵を殴って終わりだった。
だが今は違う。
敵は人ではない。
仕組みだ。
その仕組みを知らなければ、何度勝っても市場は変わらない。
「調べよう。」
オタクミは静かに言った。
「カルテルが、どうやって市場を盗んでいるのか。」
その言葉に、アーグは初めて満足そうに頷いた。
四人は倉庫街を見つめる。
まだ彼らは知らない。
この巨大な流通網のさらに奥で、そのすべてを盤面のように操る男が、静かにこちらを見始めていることを。




