オタクミ探偵団
朝の王都アストリアは、今日も忙しなく目を覚ましていた。
石畳を荷馬車が走り、焼きたてのパンの香りが通りを流れていく。商人たちは朝一番の客を呼び込み、店先では威勢のいい声が飛び交っていた。
その喧騒から少し離れた路地裏。
大きな木箱が積み上げられた物陰から、三つの頭だけが、ひょこりと覗いていた。
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも無言だった。
そして三人とも、紙袋に入ったあんパンをもぐもぐと食べていた。
どう見ても怪しい。
「……なあ。」
沈黙を破ったのはオタクミだった。
「なんで俺たち隠れてるんだ?」
隣で手帳を開いていたアーグは、あんパンを一口かじってから答えた。
「観察されていると分かれば、人は行動を変える。」
「だから?」
「市場は自然な状態で見なければ意味がない。」
「なるほど……。」
オタクミは妙に納得した。
「つまり今の俺たちは、市場調査員ってことか。」
「違う。」
「え?」
「傍から見れば、不審者三人組だ。」
「否定してくれよ!」
横で同じようにあんパンを食べていたセラが、小さくため息をついた。
「実際、かなり怪しいわよ。」
「じゃあなんでお前も一緒に隠れてるんだ!」
「護衛よ。」
「護衛なら堂々と立ってろ!」
「それじゃ観察にならないでしょ。」
「ぐっ……。」
正論だった。
三人は再び木箱の陰から市場を覗く。
端から見れば、完全に張り込み中の探偵である。
その時だった。
「あ。」
オタクミが声を漏らした。
昨日見た偽物アクスタの屋台だ。
今日も白く濁ったアクスタが山積みになっている。
「あれだ。」
アーグが静かに言う。
「始まる。」
「何が?」
「市場だ。」
オタクミは慌ててあんパンを紙袋へ戻そうとした。
「食いながらでいいのか?」
「食え。」
「え?」
「張り込みは腹が減る。」
「刑事ドラマか!」
セラが吹き出しそうになりながら口元を押さえた。
「少し黙って。」
「はい……。」
三人は再び屋台へ視線を向ける。
一人目。
若い女性が立ち止まる。
商品を見る。
値札を見る。
財布を開く。
硬貨を払う。
商品を受け取る。
終わり。
「……早い。」
思わずオタクミが呟く。
アーグは手帳へ数字を書き込んだ。
「五秒。」
「え?」
「購入まで五秒。」
「数えてたのか?」
「もちろんだ。」
また客が来る。
老人。
四秒。
次。
旅人風の男。
六秒。
次。
親子。
七秒。
アーグの手帳には淡々と数字だけが並んでいく。
オタクミも慌てて自分の手帳を取り出した。
「えっと……。」
「五秒。」
「子供あり。」
「女性。」
「笑顔。」
必死に書き込む。
アーグは横目だけで見た。
「昨日と何が違う。」
「え?」
「昨日のお前は商品だけ見ていた。」
オタクミは少し考えた。
昨日。
見ていたのは偽物の出来だった。
透明度。
印刷。
品質。
耐久性。
全部、商品だった。
しかし今日は違う。
「……客を見てる。」
「そうだ。」
アーグは小さく頷いた。
「市場を見るとは、人を見ることだ。」
その言葉が妙に胸へ残った。
昨日。
資料庫でリアたちは「届かなかった作品」を見ていた。
自分たちは市場を見ている。
違うようでいて、同じなのかもしれない。
作品も。
商品も。
最後は人へ届かなければ意味がない。
オタクミはそんなことをぼんやり考えていた。
その時。
「おい。」
低い声が降ってきた。
三人が同時に見上げる。
レジナルドだった。
私服姿の大男が腕を組み、木箱の陰を見下ろしている。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
三人ともあんパンを持ったまま固まった。
レジナルドは少し考えた。
「……新しい宗教か?」
「違うわよ!」
セラのツッコミが市場に響いた。
近くの商人が怪訝そうにこちらを見る。
「あ。」
「見られた。」
「だから怪しいって言ったでしょ。」
「アーグのせいだ!」
「私は最初から怪しいと言った。」
「いや止めろよ!」
「止めたわよ。」
「止めてない!」
レジナルドは少しだけ肩を震わせた。
笑っているらしい。
珍しい。
「張り込みなら、もっと自然にやれ。」
「騎士団長に張り込みのコツ教わるとは思わなかった……。」
オタクミは頭を抱えた。
ようやく三人は木箱の陰から出る。
その頃には屋台では次々と商品が売れていた。
アーグは静かに屋台を見つめる。
「見えてきたか。」
「何が?」
「商品はほとんど見られていない。」
「え?」
「客は品質で選んでいない。」
オタクミは屋台を見る。
確かに。
誰も透明度など見ていない。
水晶かどうかも確かめない。
値札だけ見ている。
「買う理由は品質じゃない。」
アーグが言った。
「そこにあるから買う。」
「安いから買う。」
「すぐ手に入るから買う。」
「それだけだ。」
オタクミは静かに屋台を見つめた。
昨日までなら。
「偽物だ。」
「許せない。」
そう叫んでいただろう。
しかし今日は違う。
客は悪くない。
屋台も、ただ売っているだけだ。
何かもっと大きなものが、この市場を動かしている。
「……敵は。」
オタクミが呟く。
アーグは視線を市場の奥へ向けた。
「まだ見えていない。」
「だから探す。」
「市場を動かしている本当の手を。」
その言葉に、オタクミは静かに頷いた。
感情だけでは勝てない。
昨日、子供から教わった。
リアたちは資料庫で「届かなかった願い」を見た。
自分は市場で「届く仕組み」を見始めている。
創作も、市場も。
どちらも最後は、人へ届くかどうかだった。
オタクミはもう一度、屋台を見た。
今度は商品ではなく、人の流れを見る。
客はどこから来て、どこへ帰るのか。
誰が補充し、誰が運ぶのか。
その先にいる者こそ、本当の敵なのだと。
アーグは手帳を閉じた。
「行こう。」
「次は市場ではない。」
「市場の裏側を見る。」
三人は人混みの中を歩き始めた。
市場の喧騒は変わらない。
だがオタクミの目だけは、昨日とはまったく違う景色を映し始めていた。




