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届く道

王都に夕暮れが訪れていた。

赤く染まった石畳を、オタクミたちは静かに歩いていた。


誰も口を開かない。


噴水で出会ったあの子供の姿が、それぞれの胸に残っていた。


右手には、本物。


左手には、割れた偽物。


どちらも同じように大切そうに抱きしめていた、小さな手。


その光景だけが、何度も脳裏に浮かぶ。


「……なあ。」


長い沈黙を破ったのはオタクミだった。


「アーグ。」


「何だ。」


「俺、今まで何を見てたと思う。」


アーグは少しだけ横目で見た。


「商品だろう。」


「そうだ。」


オタクミは苦く笑った。


「商品しか見てなかった。」


風が吹き抜ける。


市場の喧騒が遠くから聞こえてくる。


「本物は綺麗だ。偽物は汚い。品質が違う。

だから本物が勝つべきだって。ずっとそう思ってた。」


誰も否定しない。


オタクミは続けた。


「でも昨日、あの子は違った。

品質なんか見てなかった。偽物だって宝物だった。

……俺は何も分かってなかった。」


セラが静かに口を開く。


「ようやく気付いたのね。」


「まだ途中だけどな。」


オタクミは笑わなかった。


「熱意だけで何とかなると思ってた。

本物を作れば勝てる。本物を見せれば勝てる。

でも、そんな単純な話じゃなかった。」


アーグが頷いた。


「市場は感情だけでは動かない。

需要。供給。価格。情報。

全てが絡み合って動いている。

昨日のお前は、その一つしか見ていなかった。」


オタクミは深く息を吐いた。


「……市場を見たい。」


その一言に、アーグの表情がわずかに変わった。


「ほう。」


「今まで俺は商品しか見てなかった。

だから負ける。

市場そのものを知らなきゃ、カルテルには勝てねえ。」


アーグは小さく笑った。


「ようやく商人らしいことを言ったな。」



その頃。


王城。


文化管理局資料庫。


リアたちもまた、静かな帰路についていた。


薄暗い資料庫で見た、途中で終わった無数の作品。


誰にも届かなかった願い。


完成しなかった創作。


その全てが胸に残っている。


リアは歩きながら、自分のスケッチブックを抱き締めた。


「ロザリア様。」


「何でしょう。」


「今日見た作品……。」


「はい。」


「全部、途中で終わっていました。」


ロザリアは静かに頷く。


「ええ。」


「完成していれば。」


リアは続ける。


「誰かに届いた作品も、あったのでしょうか。」


ロザリアは少しだけ考えた。


「分かりません。」


「ですが。」


「届く前に終わったものは、確かにありました。」


その時。


腰元から声がした。


「似ているな。」


ゴルドスだった。


鞘のまま揺れながら、静かに言う。


「何がですか?」


リアが尋ねる。


「市場も創作もだ。」


全員の視線がゴルドスへ集まる。


「創作は、描けば届くわけではない。

市場も、良い物を作れば届くわけではない。

間には必ず『誰かへ届く道』がある。」


ゴルドスは少しだけ笑った。


「異世界でも同じだった。良い作品が埋もれ。

つまらぬ作品が売れることなど、珍しくもなかった。」


リアは思い出す。


資料庫に眠る未完成作品。


誰にも届かなかった願い。


「あの資料庫は。」


ゴルドスが続ける。


「作品が死んだ場所ではない。

届く道を失った場所だ。」


リアは立ち止まった。


届く道。


その言葉が胸に引っ掛かった。



その夜。


王城の会議室。


オタクミたち全員が集まっていた。


昼間とは違う。


静かな空気だった。


オタクミは机の上へ王都の地図を広げる。


アーグが少し驚く。


「地図?」


「ああ。」


オタクミは頷いた。


「今までの俺なら。

正規店を増やそうとか。もっと良い物を作ろうとか。

そう考えてた。でも違う。」


リアも静かに席へ着く。


資料庫の出来事を思い返していた。


ゴルドスがぽつりと呟く。


「届く道。」


オタクミはその言葉に反応した。


「届く道?」


「資料庫で話していた。」


ゴルドスが説明する。


「どれだけ願いを込めても。

道がなければ届かぬ。」


その一言で、会議室が静かになる。


オタクミは地図へ目を落とした。


「……そうか。」


ゆっくり呟く。


「俺、ずっとゴールだけ見てた。」


リアが首を傾げる。


「ゴール?」


「商品。」


オタクミは地図を指でなぞった。


「でもその前に。

誰が運ぶ。どこへ運ぶ。どうやって並ぶ。

誰が値段を決める。誰が仕入れる。

全部ある。」


アーグは腕を組んだ。


「ようやくそこへ辿り着いたか。」


オタクミは王都の地図へ印を付け始める。


「市場を見る。商品じゃない。流れを見る。」


一本の線を引く。


「この偽物。

どこから来る?」


もう一本。


「誰が運んでる?」


さらに一本。


「誰が屋台へ流してる?」


部屋の中が静まり返る。


レジナルドが低く呟いた。


「供給網か。」


「そうだ!」


オタクミは頷いた。


「敵は屋台じゃない。

偽物でもない。

その後ろにいる奴らだ!!」


アーグの眼鏡が僅かに光る。


「プライス・カルテル。」


その名前だけで空気が重くなる。


オタクミは拳を握った。


昨日までのような激情ではない。


もっと静かな熱だった。


「市場を知らなきゃ勝てない。

だったら。」


地図の中央を指差す。


「明日から市場をまた全部歩く。

一軒残らず見る!

売れ筋。値段。仕入れ。客の流れ。

全部だ!!」


セラが小さく笑う。


「ようやく頭を使う気になったわね。」


「昨日までの俺じゃ。」


オタクミは苦笑した。


「屋台を壊しに行ってた。でも違う。

壊す相手を間違えるところだった!」


アーグは静かに頷いた。


「なら最初の授業だ。

市場は嘘をつかない。見れば必ず答えがある。

だが。」


その声が少し低くなる。


「答えを見つけられるかどうかは、お前次第だぞ。」


オタクミは地図を見つめた。


その上には、まだ何も書かれていない。


明日から、この白地図が少しずつ埋まっていく。


偽物がどこから来るのか。


誰が流し。


誰が儲け。


誰が市場を支配しているのか。


熱意だけでは見えなかった世界が、ようやく彼の視界に入り始めていた。

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