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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
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市場を盗む者たち その2

黒い帳簿を抱えた男は、周囲を一度だけ見回すと、そのまま倉庫の奥へ消えていった。


オタクミたちは積まれた木箱の陰へ身を寄せる。


「追う?」


セラが小さな声で尋ねた。


アーグは首を横に振る。


「今はまだ動くな。」


「どうして?」


「焦ると、負ける。」


彼は倉庫全体を見渡した。


人夫は荷物を運び続けている。

御者は荷馬車を入れ替えている。

帳簿係は数字を書き続けている。


誰一人として慌てていない。


「見ろ。」


アーグが視線だけで示した。


倉庫の入口には、十人ほどの人夫がいる。


荷車を押している者。

縄を結び直している者。

木箱を積んでいる者。


その誰もが、帳簿の男へ視線を向けない。


「普通なら責任者が来れば、一度は顔を見る。」


アーグが静かに言う。


「だが誰も見ない。」


オタクミは目を凝らした。


確かにそうだった。

誰も反応しない。


まるで最初から存在しない人物のようだった。


「つまり。日常なんだ。」


アーグは頷いた。


「ここでは命令を出す者より、自分の仕事を止めないことが優先される。

余計な興味を持たない。余計なことを聞かない。

誰が上司かすら気にしない。それがカルテルの教育だ。」


オタクミは思わず唸った。


「徹底してるな……。」


「徹底しているから潰れない。」


ゴルドスも低く呟く。


「兵ではない。歯車だな。

一人折れても、代わりはいくらでもいる。」


オタクミは胸の奥が重くなるのを感じた。


昨日までの自分なら、きっと一人倒せば終わりだと思っていた。


だが違う。


ここには「倒す相手」がいない。

仕組みだけが存在している。


その時だった。


一台の荷車が、倉庫から出てきた。


先ほど見た木箱とは違う。


今度は酒樽が積まれている。


その後ろから布。


さらに別の荷車には乾物。


「……偽物じゃない。」


オタクミが呟く。


「当たり前だ。」


アーグは静かに答える。


「カルテルは偽物だけを運んではいない。」


「え?」


「生活物資も扱う。武具も扱う。

薬草も扱う。つまり…」


オタクミは息を呑んだ。


「全部……?」


「全部だ。」


アーグは頷く。


「偽物だけでは市場は支配できない。

生活そのものを握る。だから逆らえない。」


その一言に、セラが小さく舌打ちした。


「最低ね。」


「最低だから勝ってきた。」


アーグは感情を交えずに返した。


「敵は悪人ではない。悪い仕組みだ。」


オタクミは倉庫を見つめ続ける。


すると、あることに気付いた。


「待て。」


「どうした。」


「この倉庫……。」


オタクミは目を細める。


「正規品も入ってる!」


「そうだ。」


「……え?」


「本物も扱う。」


アーグは淡々と言った。


「全部締め出したら市場は不自然になる。

だから少量だけ本物も流す。比較対象として残すためだ。」


「そんなことまで……。」


「本物があるから偽物は安心して買われる。

人は選択肢があると思うと疑わない。」


オタクミは思わず頭を抱えた。


「そこまで計算してるのかよ……。」


昨日、自分が買い占めた正規店。


あの店も。

もしかすると。

カルテルにとっては——


「生かされているだけ……?」


その言葉に、アーグはゆっくり頷いた。


「そうだ。

完全に潰さない。希望だけは残す。

その方が支配しやすい。」


オタクミは何も言えなかった。


怒りではない。

恐怖だった。


敵は屋台ではない。

倉庫でもない。


市場そのものを設計している誰か。

その存在が、初めて現実味を帯びてきた。


その時。


「失礼。」


背後から穏やかな声がした。


四人の肩が同時に震える。


振り返ると、一人の老人が立っていた。

人夫の服を着ている。

白髪交じりの小柄な老人だった。


「ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ。」


柔らかな笑顔。

物腰も丁寧だ。


だが、アーグの瞳が細くなる。


「すぐに出る。」


短く返す。


老人はにこやかに笑った。


「ええ、その方がよろしい。

最近は物騒ですから。」


そう言って立ち去る。


その姿が見えなくなった瞬間。


アーグが小さく息を吐いた。


「……帰るぞ。」


「え?」


「もう十分だ。」


「でも!」


「十分すぎる。」


アーグは足を速めた。


四人は倉庫街を離れる。

大通りまで戻ったところで、ようやく立ち止まった。


オタクミが口を開く。


「なんだったんだ?」


アーグは静かに答える。


「さっきの老人。人夫じゃない。」


「え?」


「手が綺麗だった。

荷物を運ぶ人間の手じゃない。帳簿係でもない。」


「じゃあ……。」


「監視役だ。」


空気が凍る。


「最初から。

俺たちが尾行していることに気付いていた。」


オタクミは背中へ冷たい汗が流れるのを感じた。


「じゃあ俺たち……。」


「泳がされていた。」


アーグは短く言った。


「今日見たものは、おそらく見せても問題ない範囲だけだ。

本当に隠したい場所は、一つも見せていない。」


ゴルドスが低く唸る。


「なるほど。

こちらが探っているつもりで、向こうは品定めをしていたわけか。」


アーグは静かに頷いた。


「そういう相手だ。」


オタクミは倉庫街を振り返る。


遠くに見える石造りの建物。

そのどこかで。


誰かが、自分たちを見ている。


そんな気がしてならなかった。


そして、その予感は——決して外れてはいなかった。

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